2013年3月3日日曜日

西茶屋街で脅えた19歳の未成年者

保線用の機材にタイタンパーという機械がある。それは軌道道床を搗き固める作業に使用するものである。コンクリートを壊す場合にピックハンマーという用具があるが、その先端部分がしゃもじのような形をしていて、先端が振動することにより道床バラストを締め固める。
この機械が故障したので、金沢の金徳産業という所に行って修理を頼めと指示があった。
そもそもそんな機械は工事区に備え付けられているものではなく、請負業者の備品である。なぜ発注者が修理に行かなければならないのか今でもって理解ができない。が、上司の指示なので、宇出津からジープに積み込んで金沢に向かった。ジープの運転手は私より8歳年上で自衛隊を退職して運転手として雇用された27歳の人であった。
穴水、七尾を経由して羽咋から千里浜海岸を走ることにした。ここは道路ではないので運転させてと頼んでハンドルを握った。今とは違って行き交う車はまばら。凸凹道とは打って変わって舗装道路のように快適に走行できた。
金沢に到着して修理会社で機械を卸して翌日に持ち帰ることになり、当時殿町にあった職員宿泊所で1泊することになった。
夜のとばりが降りる頃、運転手がいいところに連れて行ってやるというのでその人について行った。着いたところが西茶屋街であった。なまめかしい雰囲気が漂い、どの茶屋の前にもお姉さんたちがずらりと並んで通りがかる人に「ねぇ、あがんまっし」と客引きしていた。未成年の自分としては、怖いところというイメージが強かった。お姉さんの一人が突然私の腕をつかんで「中に入ろう」と強く引っ張り込もうとした。あまりの恐怖心でその手を力を込めて振り切った。自動車運転手は親しげにお姉さんたちと談笑しているではないか。脅えた声でこんなところはいやだから帰ろうと云ったところ、不承々々帰ることに同意してくれた。
そこには今の自分には考えられない「うぶな自分の姿」があった。
わが青春時代のほろ苦い思い出である。

0 件のコメント: