中宮温泉 |
2024年4月27日土曜日
昨日から中宮温泉に行けるようになった
2024年4月26日金曜日
あれっ、こころ旅が中断した?何でだろう
13年目の初めてのリタイヤ |
2024年4月25日木曜日
千枚田最後の耕作者引退!
82歳田中さん「ここらが潮時や」
農機具壊れ、体力も衰え
〈1.1大震災〉
という新聞の見出しがあった。とうとう千枚田の耕作者がいなくなった。自分より1歳年上の田中さんである。
「白米千枚田」の田んぼの所有者で唯一の耕作農家、田中喜義さん(82)が米作りを断念したという。地震で農機具が壊れ、体力も衰えたため、守ってきた農地に足を入れることをやめる決断をした。大型連休が近づき、本来はあぜを塗って田植えの準備を始める頃だが、田中さんは無残にひび割れた棚田を見詰め「ここらが潮時や、寂しいが仕方ない」と語った。
他の農家の田んぼも引き受けて米を作ってきたが、近年は十数枚を維持するのが精いっぱいだったという。
千枚田で会費を払い、米作りを体験できる「オーナー制度」で、昨年からの継続会員は215組で、新規会員は62組。輪島市などでつくる景勝保存協議会によると、地震の影響でオーナーを辞退したのは1組にとどまった。
オーナー制度は市が借り上げた約500枚が対象で、田んぼ1枚を借りられる「オーナー会員」、田植えなどの作業のみ参加できる「トラスト会員」を毎年募集。地震の影響で今年は規模を縮小して作付けを行うため、返礼品などの特典は原則なしとする。
2024年4月24日水曜日
遠くに行ってしまった孫
H1705孫(次男) |
H20孫(次男) |
2024年4月23日火曜日
医者通い
最近になって医者通いが増えた。今日はかゆみが治らないので医科大の皮膚科へ行って、帰りに町内の薬局で薬をもらい先ほど帰宅した。かゆみ止めは従来の薬と新たに寝る前に飲む薬が増えた。やっかいなかゆみ症状である。
痛風の藥は毎回55日分貰っている。この整形外科医は高齢のため5月末で閉院になるという。次はどこにしようか迷う。
5月末閉院予定の整形外科医 |
また、血液サラサラ、高血圧の治療に内科医院に通っているが、ここは1カ月ごとである。医科大は皮膚科のほか、泌尿器科へは半年ごと。こんな状況なので、とても免許返納は考えられない。お陰様で肺炎2週間、腎がん2週間以外は長期の入院はない。男の平均寿命は81.05歳だという。これだと今年で寿命が尽きることになるが、適当に医者に通いながら余命を過ごしたいと思っている、
2024年4月22日月曜日
ちょんこ山
2024年4月21日日曜日
ゴキブリだんご
キッチンなどに現れる嫌われ者といえば、ゴキブリ。暗くてジメジメしたところを好むゴキブリにとって、キッチンは理想の居場所の一つ。冷蔵庫の裏やシンク下の隙間などは暗くてジメジメしており、ゴキブリにとって好条件のそろった場所となっている。
サロンの終わりに「金沢健康体操」をしているのだが、町会のノートパソコン2台とも情報の流出防止のためか、特殊な保存方法が導入され一般的な方法ではCDも利用できなくしてある。これは行き過ぎの防護だと感じる。事前の説明もなく余りにも独断だと憤りが湧いて
2024年4月20日土曜日
眼底浮腫が快方に
右眼を閉じると薄黒い模様のようなものが現れ、眼を開けるとその模様が浮かび上がり、しばらくすると消えたりした。原因は白内障治療のため行った検査で判明した。その手術が18日実施されたが、手術といっても眼球に注射するだけだった。支払い時に請求額を見て驚いたのだが、左眼の白内障手術とほぼ同額。院内の掲示物にこの治療のことが記されていた。解説によれば、注射液開発は活気的なものだと記されていた。
図に浮腫ができた箇所を赤丸で表示した。
この位置の網膜の外側に水が溜まって腫れた状態になっていた。手術は一昨日だったが、昨日から薄黒い模様のようなものは消えた。2024年4月19日金曜日
輪島港復活の第一歩
漁船の底が海底と接触して故障する可能性があるため、約200隻ある船が漁に出られない状態が続いているという。
漁の再開に向けては、漁船を沖側にいったん移動させたあと、港内の海底を掘り下げる必要があるが、一部の船の移動先となる岸壁に仮設桟橋を設置する作業がこのほど終わったという。
2024年4月18日木曜日
白内障のほかに眼底異常が発見された
昨日は右目の手術をした。眼底の一部が腫れている状態が見つかって、その治療のための注射だった。注射をする前には検査室で十種類前後の検査をして、手術室に入った。
検査室は3部屋に分かれており こんな機器類が十数台並んでいる |
この眼科医の以前に通ったところは検査室に数台の機器類があったが検査室は一部屋のみだった。
支払いの際に4万3千円といわれ、聞き違いかと思い聞き直したら間違いなかった。注射液が最近つくられたもので、料金が高いのだと分かった。
右目にはガーゼがあてられ、粘着テープで貼り付けられた。左目の点眼液が3種類あって、今日から右目にも点眼するよう指示があった。来月中旬に右目の手術が予定されている。治療の終わった左目と右目を交互に開けると、左目に写る景色はバッチリ明るくてくっきり見える。いかに進んでいたか、もう少し早く手術すればよかったのかも。
2024年4月17日水曜日
この時期必ずやるべき仕事
4月に入ると垣根のレッドロビンが急成長する。隣の家との境界にそれがあるので、放置するわけにはいかない。フェンス越しに枝があちこちに伸び、迷惑を及ぼすことになる。今週初めに目の手術が予定されていたが、午後からの予定だったので午前中に実行した。実はその前日に天端を切りそろえ、わが家 に面する側面もカットしてあった。
この作業は天端の切りそろえが最も難しい。あらかじめガイドラインを設けてから、脚立に登っての作業となる。
プロのような仕上がりではないが・・・ |
作業は枝切ばさみと脚立をかづいて隣の敷地に入らせてもらって作業開始となる。こちらの面の天端切りそろえはわが家からの作業は困難なので、先ず天端きり揃えから開始となる。作業時間は2時間前後、そのあと散らばった枝を掃いて終了となる。
かくして一仕事が終了となる。アーしんど。年は取りたくないもんだ。
2024年4月16日火曜日
10分足らずの手術は3時間待ち
昨日(15日)、予約した2時に眼科医で受付を済ませ、手術を受ける者は10人、その8番目だといわれた。受付前の待ち合わせ室で白衣(手術着)に着替え、30分ほど待っていると別室に案内された。
手術にあたって、事前に各種検査を受けたが非常に検査機器類が充実している。
長時間(2時間半)待って、ようやく順番が回ってきた。この手術は不思議だった。水晶体から物体を取り除きレンズを挿入するという。その時間5分前後、出血ゼロ、痛みゼロ、ガーゼが当てられ手術が終わった。母が県中で白内障の手術をした際には、目の周辺は出血で染まっていた。入院は1週間、それが手術5分、その日退院・・・。大きな違いだった。
そして驚きは、1週間のうち3回が手術日という。1回10人だから毎週30人が手術していることになる。浅ノ川病院の勤務医だった先生が、眼科の患者をひっさらって開業されたという。今では金沢市内で最も著名な眼科医となられた。
今日も、明日も手術後のチェックのため通院しなければならない。1か月後は右目の予定となっている。
2024年4月15日月曜日
近辺ぶらり歩けば
ウオーキングもたまには自由気ままなルートとなる。2日前のルートは慶応幼稚園方向に歩き出した。交差点を左に曲がると一直線の広い歩道となるが、この歩道は高速道にぶつかるまで実に長い。住宅地を過ぎるとレンコン田となるが、この歩道に無人のレンコン販売所が設置されるが常設ではない。
レンコンダ田だが収穫を終え肥料を撒く準備中のようだ 今までこんな風景は見なかったような気がするが |
この辺でレンコン販売所が設置される かなり人気があるが常設ではない |
神社と慶応幼稚園の間に農道があるのでそこをあるいて田んぼ道にでた。ここは従来から千坂小学校のマラソン大会のルートになっている。車が走らないので安全なルートである。
この交差点でマラソン大会の応援をした レンコン田が広がっているがまだ未収穫地がある |
金沢東入り口(富山方面) |
8号線沿いのトレック駐車場 |
2024年4月14日日曜日
永遠に戻らない風景
昭和44年9月、新幹線岡山~博多間建設要員として広島に赴任したのだが、広島市内の事務所で2年半ほど経過したら宮島にほど近い大野町に設置された事務所に転勤することになった。そこの同僚たちと能登半島をドライブすることになり、緑剛崎や曽々木を見物した。その時のアルバムを見ていたら、もう2度と見ることができなくなった風景があった。
それは曽々木の窓岩で同僚と写した写真である。
窓岩は思ったより大きかった |
崩壊の写真を見てもどこが壊れてどこが残ったのか分からない |
2024年4月13日土曜日
旧住宅の大半が2分割住宅に変貌している
2024年4月12日金曜日
2年前に生家を購入してくれた移住者が被災
2024年4月11日木曜日
バイデン大統領に輪島塗カップとボールペン
コーヒーカップは無傷に残っていたものから選ばれた |
2024年4月10日水曜日
本日晴天なれど風強し
今朝の天気予報は沖縄から北海道まで「晴れ」である。こんなことは滅多にないことだろう。今日水曜日は町内グラウンドゴルフクラブの例会の日だった。で、8時半過ぎにグランドゴルフの会場である八幡公園へ向かった。町内の端から端に移動するので、所要時間は10分ほどかかる。8世帯の在所の前を通ると、道路端に大きな桜の木があるのだが、それが見事に咲き競っていた。
自分が会場に着いた時間は8時45分だったが、すでに8コース全てがセッテングが終わっており、2,3人が練習をしていた。9時前にはくじ引きをしてチーム編成するのだが、今日は10名で4,3,3の振り分けで3チームとなった、
風が強いがゲームに支障なし |
このグラウンドに8コースが設定されており、二まわりすると10時半前後に終了することになる。メンバーは女性が過半数を超えているから賑やかなプレーとなる。2組の夫婦も参加されている。「だら話」して大笑いしながらのプレーは楽しい時間である。世話人から6月2日に開催される校下グラウンド大会の選手の発表があり、「選手」として出場するよう要請があった。決して腕はいい方ではないが、少しでも向上するよう毎週の開催日には欠かさず出席しようと思う。
2024年4月9日火曜日
満開桜堪能!平日なのに人の群れ
2024年4月8日月曜日
圧巻的眺望は犀星の道沿いの桜並木
2024年4月7日日曜日
復興に希望の光
復興の象徴のように昨日、のと鉄道が全通した。これを機に復興の進行がますます加速されることを祈りたい。
「のと鉄道」は昨日(6日)、能登中島―穴水間が復旧し、全線で運行を再開し、穴水駅で記念の出発式が開かれた。約3カ月ぶりに出発する七尾行きの一番列車を、地元住民や関係者らが送り出し、復興への期待を込めた。
所作100点満点の1日駅長はかっこ良かった! |
出発式には、のと鉄道会長を務める馳浩知事や中田哲也社長ら社員、沿線自治体の首長、線路を保有するJR西日本の工事関係者らが出席。馳知事は「子どもたちの入学式、始業式に間に合うようにと思っていた。復旧復興の第一歩だと思っている」とあいさつ。中田社長は時折言葉を詰まらせながら「地域に大きな意味を持つ再開。私たちの絆、強さ、未来への希望の象徴となる」と力を込めた。
のと「さくら駅」到着 |