2015年7月30日木曜日

金沢城河北門・橋爪門・玉泉院丸公園の散策

ブラタモリで金沢城の石垣が紹介されて自分の眼で確かめに行った。
玉泉院丸公園は外国人を含め観光客が意外に多かった。
園内通路は立ち入り禁止
素晴らしい眺め
短冊積み石垣という
石積みの方法は常識を覆した縦長。藩主のこだわりがみてとれる。粋だねぇ。
城内につながる通路 木陰が涼しげ
この通路の趣きが深い。おすすめコースだ。
藩主が舟遊びをした舟を再現 さすが100万石大名だ
埋蔵文化財発掘調査中
仮囲いの中では鼠多門整備計画に先だって、埋蔵文化財の発掘調査が行われている。
案内看板
整備構想
復元計画検討中
金沢城の石垣は多種多様な積み方がされていることから石積みの博物館であると云われる。
平成16年から金沢城石垣の実態調査が進められた。石垣1個づつ測量して平面図、横断図、展開図が作成された。
平成18年、玉泉院丸公園築造計画に先だって、その周辺の石垣調査が行われた。

尾山神社に面した石垣(現在)
次の写真はその調査中の状況である。1個1個外して石積み状況が図面化された。
平成18年、その石垣をはずして調査した
平成18年はこのほか河北門整備計画に先だって埋蔵文化財発掘調査が実施された。
河北門建設予定地調査

調査地全景
完成した河北門の雄姿
河北門内部の軸組
そして、今年3月完成した橋爪門へ。
装飾金具が素晴らしい
築城技術の粋がある
江戸時代にタイムスリップしたかのよう
明治初期までわが国の主な都市人口で金沢が5位。徳川にとっては金沢はいつまでも脅威だったに違いないと感じた散策であった。

2015年7月12日日曜日

千坂町連50周年記念誌表紙を飾る新幹線の写真撮影を実施

千坂町連は設立50周年を迎えた記念として記念誌を発刊することを決定し、現在、各町会長や諸団体長から提出された原稿を編集委員会で鋭意校正作業を進めている。
昨年、この記念誌表紙を、今年開業する新幹線が千坂校下を走行している写真とすることで意見が一致し、昨年秋に2か所の撮影ポイントを選定して、千坂の名産品「小坂レンコン」の花が咲く7月に撮影することとしていた。
その蓮根の花が咲いたという知らせを受け、昨日(7月11日)午前9時、編集委員4名が百坂山の中腹にある百坂町会長の作業小屋に集合して、写真撮影の準備を行った。あらかじめ、金沢駅発と金沢駅到着時刻表により、撮影箇所(法光寺・百坂地内)通過時間表を作成して円滑に撮影できるよう備えた。
カメラ2台で撮影することにして、作業小屋の薄い塩ビスレート葺きの屋根に2人が登った。
2人のカメラマンから下で待機しているふたりに、柿の木の枝がじゃまだから切ってくれと指示が出され、土地所有者の百坂町会長は何のためらいもなく二つ返事で枝を切り落とした。
カメラ1台はデジタル1眼フリーハンド撮影、もう1台はユニバーサルフイルム仕様のプロ専用カメラを三脚に固定した。
撮影条件
新幹線走行写真に
1.千坂の地理的特性である交通の要衝を強調
2.千坂の特産品「れんこん」の農地を入れる
3.海側方向を撮影するため、撮影時間は午前中に限定
この3点をクリアできる撮影に腐心した。
約1時間かけて撮影を行った。
デジカメデータの一部を紹介しますが、どの写真を採用するか編集委員会で最終決定が行われます。
背景に県庁を入れた
北陸自動車道、れんこん田を取り込んだ

左に千坂小、右に金沢東IC料金所
走行列車をアップすると全体の地形が不明となる
変貌著しい疋田地内方向、右に千坂小
撮影を終え下に降りて作業小屋の中を見学。まきストーブ、3台のチェンソー、その他用具がぎっしり。所有者に、「この山のお守りや畑仕事量から推定すると、年がら年中ここにいることになるが・・・・と聞いたところ、「全くその通り」と答えられました。
それに、元法光寺町会長と二人で蓮根田をドジョウ養殖地にして、7月からドジョウ養殖にも取り組まれている。
作業小屋隣にイス・テーブルを据え、新幹線を眺めながらみんなで蒲焼を食べようという話もあって楽しみである。