2015年8月5日水曜日

1,650人が中村勲氏の就任を祝う 第97代県議会議長就任祝賀会が開催さる

昨日(8月4日)午後6時30分から、ホテル金沢において中村勲石川県議会議長就任祝賀会が開催された。
会場前は入場を待つ参列者で超満員。新聞記事によると、1,650人がお祝いに駆けつけたようである。
既に会場内は超満員。人をかき分け最前列へ。すぐ目の前で「炎太鼓」の女性3人の勇ましい太鼓打ちが始まっていた。
炎太鼓熱演中
太鼓が終わると「ありがとう」の唄が流れる中、中村議長ご夫妻が入場された。
次にあでやかな日本舞踊が披露された。

後援会長のあいさつの後、谷本県知事の祝辞。
知事の祝辞では、「議長就任祝賀会でこれだけ多人数が参列するのは経験がない。議会質問で中村議員が質問されるときは傍聴席が常に満員。熱心な支持者が多いということは誠実な人柄がそうさせている・・・・・」と述べられた。
後援会長のあいさつ
知事の祝辞
国会議員、北國新聞社飛田会長等の祝辞が続いた
奥様に感謝のことばが述べられた
続いて来賓の方々が壇上に登り、9樽の鏡割りが行われた。
乾杯は山野之義金沢市長の発声で会場一杯に「カンパーイ」の声が響き渡った。

盛大な祝賀会が始まった
小坂・千坂地区関係者
千坂校下町連関係者



吾が千坂校下にあっては、中村勲氏が市議時代を通して今日まで、地域の代表としてお世話になっているところであり、今回の栄えある議長就任を心からお祝いするものであります。
今後益々のご活躍を期待したい。

2015年7月30日木曜日

金沢城河北門・橋爪門・玉泉院丸公園の散策

ブラタモリで金沢城の石垣が紹介されて自分の眼で確かめに行った。
玉泉院丸公園は外国人を含め観光客が意外に多かった。
園内通路は立ち入り禁止
素晴らしい眺め
短冊積み石垣という
石積みの方法は常識を覆した縦長。藩主のこだわりがみてとれる。粋だねぇ。
城内につながる通路 木陰が涼しげ
この通路の趣きが深い。おすすめコースだ。
藩主が舟遊びをした舟を再現 さすが100万石大名だ
埋蔵文化財発掘調査中
仮囲いの中では鼠多門整備計画に先だって、埋蔵文化財の発掘調査が行われている。
案内看板
整備構想
復元計画検討中
金沢城の石垣は多種多様な積み方がされていることから石積みの博物館であると云われる。
平成16年から金沢城石垣の実態調査が進められた。石垣1個づつ測量して平面図、横断図、展開図が作成された。
平成18年、玉泉院丸公園築造計画に先だって、その周辺の石垣調査が行われた。

尾山神社に面した石垣(現在)
次の写真はその調査中の状況である。1個1個外して石積み状況が図面化された。
平成18年、その石垣をはずして調査した
平成18年はこのほか河北門整備計画に先だって埋蔵文化財発掘調査が実施された。
河北門建設予定地調査

調査地全景
完成した河北門の雄姿
河北門内部の軸組
そして、今年3月完成した橋爪門へ。
装飾金具が素晴らしい
築城技術の粋がある
江戸時代にタイムスリップしたかのよう
明治初期までわが国の主な都市人口で金沢が5位。徳川にとっては金沢はいつまでも脅威だったに違いないと感じた散策であった。

2015年7月12日日曜日

千坂町連50周年記念誌表紙を飾る新幹線の写真撮影を実施

千坂町連は設立50周年を迎えた記念として記念誌を発刊することを決定し、現在、各町会長や諸団体長から提出された原稿を編集委員会で鋭意校正作業を進めている。
昨年、この記念誌表紙を、今年開業する新幹線が千坂校下を走行している写真とすることで意見が一致し、昨年秋に2か所の撮影ポイントを選定して、千坂の名産品「小坂レンコン」の花が咲く7月に撮影することとしていた。
その蓮根の花が咲いたという知らせを受け、昨日(7月11日)午前9時、編集委員4名が百坂山の中腹にある百坂町会長の作業小屋に集合して、写真撮影の準備を行った。あらかじめ、金沢駅発と金沢駅到着時刻表により、撮影箇所(法光寺・百坂地内)通過時間表を作成して円滑に撮影できるよう備えた。
カメラ2台で撮影することにして、作業小屋の薄い塩ビスレート葺きの屋根に2人が登った。
2人のカメラマンから下で待機しているふたりに、柿の木の枝がじゃまだから切ってくれと指示が出され、土地所有者の百坂町会長は何のためらいもなく二つ返事で枝を切り落とした。
カメラ1台はデジタル1眼フリーハンド撮影、もう1台はユニバーサルフイルム仕様のプロ専用カメラを三脚に固定した。
撮影条件
新幹線走行写真に
1.千坂の地理的特性である交通の要衝を強調
2.千坂の特産品「れんこん」の農地を入れる
3.海側方向を撮影するため、撮影時間は午前中に限定
この3点をクリアできる撮影に腐心した。
約1時間かけて撮影を行った。
デジカメデータの一部を紹介しますが、どの写真を採用するか編集委員会で最終決定が行われます。
背景に県庁を入れた
北陸自動車道、れんこん田を取り込んだ

左に千坂小、右に金沢東IC料金所
走行列車をアップすると全体の地形が不明となる
変貌著しい疋田地内方向、右に千坂小
撮影を終え下に降りて作業小屋の中を見学。まきストーブ、3台のチェンソー、その他用具がぎっしり。所有者に、「この山のお守りや畑仕事量から推定すると、年がら年中ここにいることになるが・・・・と聞いたところ、「全くその通り」と答えられました。
それに、元法光寺町会長と二人で蓮根田をドジョウ養殖地にして、7月からドジョウ養殖にも取り組まれている。
作業小屋隣にイス・テーブルを据え、新幹線を眺めながらみんなで蒲焼を食べようという話もあって楽しみである。





2015年5月7日木曜日

樹齢400年!深紅の「のとキリシマツツジ」に感嘆

連休の最終日である昨日、実家の見回りに出かけた。
目的地の5km手前を走行中、右手車窓約300mほどの民家にのとキリシマと思われる赤い満開の花が目に飛び込んできた。
よし、帰りに見に行こう!と思った。
そして帰り道。すでに10台ほど見物者の車が家の前にづらりと駐車していた。

入り口に案内板が
オープンガーデン協賛者の芦田家


樹齢400年、素晴らしい!の一語に尽きる

 
裏手からの眺め
両側の細く見える線に???


それは樹齢400年のキリシマツツジを冬期の雪から守るための上屋を引き出すレールだった
芦田家ご主人の思い入れが伝わった
即売所では買い求める客が列を作って並んでいた


グリーンとレッドの対照が見事!
見物者から「有料でも惜しくない」という声があった

 このほか能登町を中心に珠洲市にかけてオープンガーデンがたくさんあるそうです。
まだ間に合いますので、1日かけて見物されることをお勧めします。

2015年3月15日日曜日

北陸新幹線金沢開業のインパクト

昨日(3月14日)、計画から半世紀を経てようやく金沢まで新幹線がやってきた。
TVではどのチャンネルを回しても新幹線!新幹線!
早朝、金沢駅へ行ってその感激を味わおうと思ったが、所用ができたため断念。
岡山~博多間の山陽新幹線が開通して40年目の3月10日、各地で記念行事があったと聞く。
当時、北陸新幹線が今にも着工される動きが確かにあった。
広島での業務が終わったら北陸新幹線の担当だと勝手に目論んでいた。
昭和55年、金沢駅高架化工事が着工された。高架橋は既に決まっていた新幹線ルートに支障しないよう配線計画が行われた。
最初は金沢駅客貨分離(上り、下り仕訳け線群)に必要なヤード移転を行うため、高柳地区に貨物ヤード新設と、金沢駅~森本駅間に貨物専用線の施設整備が開始された。
昭和58年には東金沢~森本間の農耕地に新幹線中心杭が打ち込まれた。が、予算枠が毎年僅少額のため、倶利伽羅トンネルや富山駅の待合室などをボチボチと進められた。
新幹線と金沢駅高架化の各プロジェクトは、森代議士が新幹線、奥田代議士が高架化とすみ分けがきっちり行われていた。お互い手出し無用が厳守された。
昨日のテープカットに森氏は出席されたのか?1番の功労者であるが写真に姿を見つけることができない。
報道機関の記事から、待ちに待った喜びの熱気が伝わってくる。



一夜明けた今日(3月15日)は、朝から青空が広がった。
余りの陽気にカメラをぶら下げて新幹線の写真を撮りに出かけた。
知り合いの人から、撮影スポットを教えていただいていたのでそこを目指して歩いた。
徒歩15分、そこに着いた。そことは、北陵高校の通学路途中にある墓地公園。
眺望絶佳。だが、景色は森本駅以北。残念ながら地元の千坂地区の見通せる場所はなかった。
津幡方向は素晴らしい眺望
待つこと20分。来た!手前は北陸自動車道

金沢医科大の見える高架橋に「かがやき」が
はるか彼方に内灘大橋と風力発電機
そしてIR線となった森本駅に電車が。
富山行き?
千坂地区は交通の要衝である。
北陸自動車道を跨ぐ新幹線高架橋
千坂校下町会連合会発足50周年記念誌の表紙は、新幹線、IR線、北陸自動車道、国道8号線、それにハス田が写しこまれた写真を掲載予定となっているが、撮影時期はハスが茂る6月、撮影場所は下見で決めている百坂、法光寺地内を予定している。
1日遅れの新幹線開通の慶びを体感した「佳き日」であった。