2019年6月27日木曜日

「時の人」になった知人

もう4,5年前のことだと思うが、ある人が私にこんな話を始めた。
「アメリカに5年、中国に10年仕事をした。今、3000本のアジサイの面倒を見ている・・・」と。何とスケールの大きいことだろうと驚いた。「檀家代表をしている関係で毎年アジサイの面倒を見ている」ともおっしゃった。

そして今朝の新聞記事を見て、「あれっ」と驚いた。その人の写真が掲載されていたのである。場所は本興寺の境内に所狭しと咲き誇るアジサイに囲まれていた。

木下昭二が残したアジサイを手入れする中谷聡秀(左)と奥出健三=金沢市薬師町で
写真の右が奥出健三さん、現在、千坂公民館長も務められている。
新聞の見出しは
【わがまちの偉人】 本興寺で3000株植樹 木下昭二 1928~2018年

毎年六月になると、本興寺(金沢市薬師町)で、約三千株のアジサイの花が咲き誇る。檀家(だんか)の木下昭二が還暦を過ぎてから、二十年かけて植え続け、今では「アジサイ寺」として有名になった。木下が丹精して育てた花が、今年も咲いた。 (寺田結)

木下は本興寺近くの農家だった。米作りのほか、花を栽培して切り花を売っていた。盆栽が趣味で、公民館でも教え、次男の中田良治(62)によると、「時間があれば花を触っていた」。
六十歳を過ぎ、米作りは続けたが、花の栽培はやめた。それから数年後、住職の中谷聡秀(68)からこんな相談があった。「どんな花がいいかなあ」。墓の下に眠る人に、花を見せてあげたいという。

境内に、まず数株を植えた。その後は、育った株の枝を切って土に挿し、根を出させる「挿し木」で新たな株を作った。

長年、花の栽培をしただけに、剪定(せんてい)はとても正確だった。しかも、適当に切っているように見えるほど、切るスピードは速かった。「愛情があったからできたんでしょう。あの人が手入れすると、花がよく咲くんです」と中谷は懐かしむ。


約五年間、木下の栽培を手伝い、今はアジサイの管理をする奥出健三(81)=同市法光寺町=は「自分にも他人にも厳しい人だった」と話す。雑草を刈り残し、叱られたことも。「きれいに咲かせることに、信念を持っていましたよ」

美しいアジサイの景色が評判を呼び、二〇〇七年ごろから県外の観光客も来るようになった。木下はワイシャツ姿で一日中、アジサイの説明をし続けた。「おっちゃーん」と慕う常連客の女性もいた。


木下は一六年ごろから、老人ホーム暮らしや入院生活を繰り返し、一八年二月に八十九歳で世を去った。今年も咲いたアジサイを見ながら中谷は言う。「どんな人も、きれいな花を見るときは穏やかな表情になるんですよ」。檀家と共に、この景色を守っていく。 =敬称略


先日卯辰山花菖蒲園のアジサイを見てきたが、そこは2500本植えられているという。
そこよりも500本多い3000本も植えられている。
記事にもあるように、県外からの観光客も多く訪れるようになったという。
石川テレビの取材もあったようだ。


81才だという奥出さんの元気な姿:石川テレビHP
本興寺は森本ICから約1.5kmほど東に進み、右折して500mの位置にある。
まだ一度も行っていないので、来年は必ず行ってみたい。

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