2020年3月18日水曜日

マイカー遍歴(その3)

山陽新幹線建設のため、広島県の宮島の対岸である大野町に住んで2年半が経過する頃、建設された高架橋に試運転列車が行き交うまでになった。で、3月には出身母体である岐阜工事局へ原隊復帰が決まった。迷った次の車種選びはトヨタスターレットに決め、茶色の新車が事務所の駐車場に止まった。(借家には駐車場がなかった)

バンパーは鋼鉄メッキで頑丈、燃費5km/ℓのベレットを処分した
購入した実際の色は茶 
3月中旬、担当していた工区の設計変更等の事務処理で深夜勤務が続いていたが、引っ越し当日朝もまだ荷物の梱包していない段ボールがいくつかあった。荷物運搬用のトラックが到着しても段ボール箱の未梱包があり、油断していると1歳半の二女がその中に入って遊んでいたりしていた。

宇品港から大阪南港まで車ごとフェリーに乗った。船室はちょっと張り込んで操舵室の隣に位置した1等客室にした。大阪都市高速に入るとき、入り口がわからず2~3回行き過ぎた。吹田から名神に入り大垣で降りて国道22号線に乗って岐阜市に向かった。
岐南インター付近
昭和44年から6年経った岐阜市内の道路はどこを走っているのか検討が付かなかった。
岐大バイパスという言葉さえ初めて知った浦島太郎だった。そして岐阜県庁がとんでもない田舎に移転したことに驚いた。新居は完成した直後の国鉄アパートだったので、入居第1号となった。

5月の連休に能登まで家族全員で車で行った。母の実家である宇出津で悔しい思いをすることになった。狭い場所に駐車しようとバックしたところ、中々動かないので変だなぁと思って右側の窓を見たところ、何と電柱が車体に密着しているではないか。
運転席側ドアが大きく凹んだ。岐阜へ帰ってから悔しい思いで5万円の修理費を支払った。

そんな思い出があるスターレットも8年経過したころ、子ども達も成長して上が中学生になったのでもっと大きな車にしようと乗り換えることにした。
次の車は「トヨタコロナ5ドア」にした。
コロナ5ドア
コロナは低燃費、高速は18km/ℓ前後だった。

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