2013年2月14日木曜日

能登線建設現場事務所に着任

昭和36年7月中旬、能登線の終着駅宇出津に降り立ち、現場事務所から差し回されるジープを待った。到着したジープは進駐軍の払い下げウイリスジープ(映画コンバットでお馴染みの)を改良した銀色塗装のワゴン車だった。自分の全財産である手荷物の布団袋1個、柳ごうり1個を駅手荷物引渡窓口から受け取り、迎えのジープに積み込み事務所に向かった。宇出津の街を通り過ぎるとすぐ峠を越え、かつて幼児の時に1度だけ海水浴に訪れたことのある田の浦海岸に出た。
自分にとって、この先は未知の地域であった。
眺望絶佳の田の浦海岸
羽根、小浦、真脇の集落まで風光明媚な海岸線が続いていた。道路に並行して路盤工事が終わった能登線建設中の現場が続いた。
真脇を過ぎると峠にさしかかり、やがて1車線しかない狭くて長いトンネルをくぐり抜けると小木町に入った。小木港は遠洋漁業の発進基地として賑わっていた。家並みに挟まれた狭い道路を走行して港に出るとすぐにトンネルが3本続く。九十九湾の入江にある2箇所の造船所を過ぎるとかなり長い市之瀬トンネルにさしかかり、桑名商店という雑貨店の前の国鉄バス市之瀬停留所を通り過ぎると間もなく現場事務所があった。
事務所は上部中央の入江の奥に位置していた
現場事務所から九十九湾の眺め
日本国有鉄道岐阜工事局小木工事区という看板が掲げられた事務所の玄関に入り、昭和38年10月までの能登線建設工事の業務に就いた。

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