2021年6月4日金曜日

教師の長時間労働問題

吾々世代(現在70代後半)が現役の頃、長時間労働はあたりまえ、サービス残業然りだった。しかし、これは直接上司が命令するわけではなかった。やらざるを得ない状況に追い込まれていたのである。「俺がやらなきゃ誰がやる」と。オイルショック時は2年間ほど土日なし休みなし、残業は深夜まで・・・が当たり前だった。残業手当は予算枠で月35h。むちゃくちゃな労働環境だった。労働組合?もちろん組合員だった。組合名?それは、かの「国労」に所属していた。国労組合員といえども、非現業職場というわけの分からない位置づけだったので、治外法権の職場だった。

昨日の早朝、たまたまスイッチオンしたら「持論、公論」という番組が始まった。教師の疲弊と人材危機と題し、早急な働き改革を・・・を取り上げた。この番組を見ていたら昔の職場を思い出した。

最初に「あふれる教師の悲鳴」を取り上げた。

何故こんなに長時間労働が必要なのか
これまで文科省が見て見ぬふりをしていた。それがSNS等で現状を訴える投稿があふるようになり、見て見ぬふりは通らなくなったのである。
また、教職員の給与体系は残業代込み々々となっているため、実態に見合う賃金の支払いがない。(だが、ネットで調べても残業代込みとなっている根拠は不明だった)

過酷な労働は「やる気のある教員」ほど労働時間は増える。これはどこの職場でも共通する。
この図式は数十年前の自分の職場にも該当する

管理職(教頭)に登用されると、朝6時出勤が普通だという。帰りは午後9時。これでは人間らしい生活とはほど遠い。近辺にそんな該当者がいるのだが、本人はもちろん、家族が可愛そうである。文科省よ、急いで改善すべし!といいたい。

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