2021年6月16日水曜日

青春時代が一杯詰まっている旧駅舎の写真

懐かしい思い出が一杯詰まった旧岐阜駅の写真を見つけた。この駅に最初に降りたのは昭和35年11月、同級生二人と採用試験の面接を受けるために夜行列車に乗り、朝この駅で降りた。当時の金沢駅は管理局庁舎の1階で、地下にはステーションデパートがあった。旧岐阜駅は二階建て、二階はステーションデパートだった。規模を比較すると金沢駅がはるかに大きかった。

昭和37年撮影の岐阜駅
当時の岐阜駅前広場は広大で、噴水もあった。この駅から線路沿いに名古屋方(左方向)へ10分程歩くと二階建て木造庁舎が面接会場だった。玄関入り口が守衛室となっており、守衛二人が常時監視していた。面接を終えると10分ほど離れた独身寮に向かい、そこでクレペリン検査というものをやらされた。この試験は数字を何行も羅列した表に数字の間に合計値を記入し、ストップウオッチで計測しながら「はい次」と言われたら次の行へと、30分以上もやらされた。後で知ったのだが、運転考査という国鉄特有の試験だった。

さて、現在はどうなっているか3D写真で確かめた。
平成10年代には鉄道高架化が完了し駅も一変した
駅の後方に広い道路が見えるが、通勤に歩いた道路である。加納西小学校という表示もあるが、二人の娘が通った小学校である。この小学校に隣接して、12号棟もある宿舎群と独身寮があった「国鉄村」だったが、数年前に現地に立って「跡形もなく」一変していたのには驚くばかりだった。良き時代だったのかも知れない。

1 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

このような場に書き込みまして恐縮です。ご連絡の方法がなく、この欄は、管理者の方が承認しないと公開されない思いますので、このようなかたちをとらせていただきました。

私は名古屋の出版社で風媒社の林と申します。
さっそくですが、現在「岐阜の昭和30年代を歩く」という企画を進めておりまして、岐阜駅の昭和30年代の駅舎の写真を探していたところ、ブログを拝見しました。ここで公開しておられる昭和37年撮影の岐阜駅の写真を本のなかで使わせていただくことはできないでしょうか。一度ご検討いただければ幸いです。本ができましたら1冊謹呈させていただきます。私のメールアドレスは、hayashi@fubaisha.comです。勝手なお願いで恐縮ですが、お聞き届けくださいますと幸いです。どうぞよろしくお願いします。