2018年10月19日金曜日

「おら、ちきないぎ」

能登から大阪の娘の所に行った親戚のおばあさんが風呂屋で倒れ、どうされはった?と聞かれ発した言葉が「おら、ちきないぎ」。訳がわからないので何度聞いても「ちきないぎ」。
ちきないという言葉は能登でも穴水以北しか通じない。意味は「しんどい」とか「苦しい」。
生まれ育った地域で言葉を覚え話すのは「方言」である。この生まれ育った地域の方言は何年たっても中々消えない。町内でも70代の女性の津軽なまりが依然として消えない。

20年前、函館五稜郭の傍に聳えるタワーの展望台の売店で、函館地方の方言を並べたのれんがあったので函館方言に目を通したらえっ!と驚いた。何と、「はんかくさい」という文字があった。津軽出身の女性にこの話をしたら、「津軽でも使うよ」と。
この言葉を話す地域は、やはり穴水以北、それも漁師の集落の言葉である。
津軽や北海道で使われるようになったのは、北前船の行き来があったことに寄るのだろうと思う。


生まれ育った能登を離れて六十数年たったので、能登弁をしゃべってと云われても中々出てこないが、どういう訳か現地に行くとすらすら能登の方言が自然と湧いてくるから不思議である。
よく調べたと感心する
13歳から金沢に住んで自然と金沢弁になった。

金沢弁のお品書
18歳から岐阜市に住むことになったが、岐阜の言葉はほぼ関西なまりである。
しかし、「あー、えら」という言葉は何のこっちゃと思った。
広島に5年住んで広島弁も覚えた。
豊橋にも1年住んだが、「そーずら」が頻繁に使われる。

石川啄木は上野駅に行って東北訛りを懐かしんだという。
だが、テレビの影響で子供たちは方言を話さなくなったという。
方言は永遠に残ってほしいと願う者の一人なのだが・・・・




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