2018年7月14日土曜日

海に突き出た長城終端

北京から海岸線に向け出発した関口知宏は、数駅の探訪をした後、万里の長城の東端山海関を訪ねた。ここへ来る観光客はかなり多い。それを目当てに海から長城を観光するモーターボートが数隻群がっている。波が荒く、ボートの乗り降りは相当危険な感じがする。

左端が西端の嘉峪関、東端が山海関
長城は山海関までの築城だけではなく、その北方にも複数のルートで築城されている。明王朝はモンゴルからの来襲を恐れ、何千年も経た長城を強化修復したという。だが、結果的にモンゴル一族の清王朝に乗っ取られてしまった。

ボートからの眺め
陸上からの眺めはこうなる
関口知宏はここを後にして北支に向かった。
探訪したうちでハルビンの印象が深かった。


というのは、子供の頃、囲炉裏を囲んで親父の戦争体験を聞いたものだが、このハルビンも関心を持って聞いた一つである。下関から海上を600km、大連から鉄道で600kmの位置にハルビンがあるのだが、能登から下関まで600km、トータル1800kmをお袋が親父を訪ねて行ったという。親父は海軍軍人なのに何故ハルビン駐屯をしたのか経緯はわからない。が、結婚して2,3年目で単身赴任していたのだが、身辺に余裕があったのかお袋を呼び寄せたのだ。それも乳飲み子だった姉を連れてだという。
そんなお袋の行動を実家の父母から「やっぱり夫婦なんだなぁ」と何度も言われたという。

ハルビンの鉄橋が写った写真を見せながら、この川は冬になったら凍結するので、スケートができると説明していた姿が昨日の出来事のように思い出される。


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