2020年11月8日日曜日

バブル時代の記憶(3)まち造りの基本構想

千葉県は海を浚渫した土砂で埋め立てを行ない幕張地区を造成した。この事業は埋め立てた土地はバブル到来で予想外の高額となった。幕張メッセで成功して継続事業として、京葉線の北側の山手で大規模開発を行なっていた。そこに訪れて先ず不思議に思ったのが、空き地と空き地を結ぶ橋のような構造物が目立った。あれは何なのかと聞いてみた。「ペデストリアンデッキです」と答えられた。エッ、何それと思ったのだが、ビルとビルを結ぶ歩道橋ということが分かった。

縦横無尽に設けられているペデストリアンデッキ
大規模のペデストリアンデッキ
当時はまだ完成したビルは1棟だけだった。そのビルで土地造成や街づくり計画の説明を聞いた。ここでも、「本当にそんな壮大な街ができるんか?」と思った。が、ストリートビューで景観を見ると素晴らしい街並みが出来ている。時はバブル期、金は如何にふんだんにあったのか伺い知ることができるではないか。
そんな経験を頭にしまい込み、名古屋千種、笹島ライブ21、岐阜香蘭、金沢駅西街区の計画に取り組むことになった。

旧国鉄用地を処分する業務は清算事業団に移行した。中部支社は名古屋鉄道病院の敷地内に設置された。平成2年度までは用地の更地化に必用な構造物や建物の撤去工事を担当した。金沢地区の駅西区画整理事業で機関区の煙突撤去費用の積算を担当した。
金沢駅西広場だが、ここは機関区等の業務機関が集積していた
金沢機関区 左側に撤去費用を算定した煙突がある
平成2年に開発計画関係部署に配属され、名古屋駅南方1kmに位置する笹島ヤード跡地の開発計画、岐阜駅西方500mの岐阜貨物駅跡地の岐阜香蘭地区区画整理事業、南福井貨物駅付近宿舎跡地開発計画、金沢駅西用地の開発と息つく間のない業務に取り組むことになった。
ささじまライブ21位置図
ささじまライブ21の現在の状況
千種区にあった国鉄自動車施設跡地の処分は、建物提案方式という処分方式が採用された。
時はバブルの最中、土地価格を見えなくする処分方式を考案したのである。
この土地にどんな建物を建設しますかと一般企業に提案してもらい、建物を事業団が建設し土地と併せて購入してもらうという方式だった。落札はもちろん土地価格が最も高い額を提示した企業となる。
タイホウグループ(パチンコ業界)の建物提案が採用された
この方式では、金沢駅西口左手のアパホテルも該当した。
金沢駅西口のアパホテル
東京地内で大規模画地の土地処分は「不動産変換ローン」という理解困難な方式が採用された。何せ、土地高騰の原因は国鉄用地といわれるのをベールで覆うことが必用だったのである。

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