2019年12月5日木曜日

だちゃかんぞ

駅のコンコースからホームに行くには改札口を通らなければならない。今では切符を投入すると自動でゲートが開く仕組みになったのだが、金沢駅ではほんの2,3年前までは改札口に駅職員が立って切符に鋏を入れていた。
現役時代に業務で東京へかなり頻繁に出張したものだが、東京駅で感心したのは駅員が改札口に立って切符に鋏を入れる早さに目を見張ったものである。人が通らない時でも駅員は鋏を小気味よいリズムでカチカチ動かしていた。そうしないとリズムが狂うのだろう。
今では駅員の姿がなくなった
この改札口を「ラッチ」と呼んだ。駅設備の設計に関わった際にその単語を初めて聞いたのであるが、漢字で埒と書く。意味は柵で囲った所のことをいう。
「埒外」という漢字があるが、ラチガイと読む。のけ者にされたという意味がある。
さて、なぜこんな話をするかというと、金沢の方言に「だちゃかん」という言葉がある。
語源は埒なのだ。埒が開かないということが訛って「だちゃかん」になったという。

高校生の頃、親父から餅つきを手伝へと云われ、親父の動作をみようみまねで蒸籠から臼に入れた餅米を捏ねる作業から始めたが、これが以外と重労働で少しやっただけでくたばってしまった。すると親父が「だっちゃかんやっちゃな」とこき下ろした。もちろん反論の余地などあろうはずもなかった。

この「だっちゃかん」も埒があかんからきたものだ。金沢だけではなく奥能登でも広く通用していた。
十臼を搗く家庭は珍しくなかったが、今では自宅で餅を搗く風景は消滅した。もちっ子の普及が餅つきを追放してしまった。これはだちゃかんなぁ。


0 件のコメント: