2018年11月3日土曜日

霊峰白山1300年の歴史

豪雨、台風、地震、今年は次々と間を置かず災害が各地を襲った。に比べ、北陸地方は意外と平穏に過ごせた。
先月、町内のシニアクラブで平泉寺白山神社に行くことができた。県内にも白山比咩神社があるのだが、福井県内の白山神社は敷地が広大で参道の規模が桁外れに大きい。

これだけの幅員が必要だった程、参詣者が多かったのだろうか
御前峰本社は最も奥にあった
絨毯のような苔
白山開闢1300年という。那谷寺も1300年、能登立国1300年、鳥取大山も1300年、日本文化が大いに花開いた年のように思う。710年に平城京が遷都され奈良時代となった。古事記ができたのは712年だという。藤原不比等らが「養老律令」を成立させたのが718年の1300年前である。日本文化の黎明期だったのだろう。粟津温泉の旅館法師もこの年にできたとある。

平泉寺白山神社は白山の信仰が全国に広まって建造されたものだろう。やはり鶴来~白峰経由だと時間がかかるため、福井県側からの登山客が多かったに違いない。で、平泉寺白山神社の規模を考えれば納得できる。
ある時は台風を遮り、冬には雪を冠って田畑を潤す水となる。また、その水は土砂を運び海に流れ出る。そして砂丘や砂浜が形成された。
それらの偉大なパワーは白山信仰の源になった。「神は偉大なり」である。


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