昨日5日は「あえのこと」と称される田の神様の儀式が奥能登各地で行われた。
自分が小学生低学年のときから、親父もあえのことを始めた。農家の4男坊として生まれ、30歳まで海軍々人だったが、終戦でとりあえず実家に戻った。その後、ブリを武生の料亭に売って釘を仕入れ能登で大工たちに売る仕事を2,3年して土地を買い家を建てた。そのうち山林の売買を手掛けて人並みの生活ができるようになった。少し心のゆとりができたのか、能登の伝統行事を始めた。
家の入口に立ち見えない田の神様を「段差があるのであぶのうございます」と誘導して座敷に案内した。「ほんとに田の神様はおってがかいね」と質問したことを思い出した。おふくろが、「見えんけど、おってぎぞ」と。
風呂に案内し、しばらくするとお迎えに行き、再び座敷に案内した。
そんな思い出のある「あえのこと」である。
今朝の新聞にあえのことの記事があった。その3枚のうち1枚が中学同窓生の能登町国重在住の吉村君だった。
集落合同で伝統を守る能登町国重(くにしげ)では吉村安弘さん(81)方で行われ、木の枝に宿した神様に山海の幸を振る舞った。集落では4軒が約3ヘクタールで稲作を行っていたが、地震で地割れが起きたため1軒が離農。田植えまでに修理したが、豪雨により一部で収穫を断念した。礼服姿の吉村さんは田の神様に「震災にも関わらず米が収穫できたことに感謝しています」と頭を下げた。
一度国重に行って久しぶりに会いたいものである。
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