2022年4月7日木曜日

大正8年の金沢を写した写真のカラー化

金沢を走っていた市内電車の写真を検索していたら、白銀町と尻垂坂の2枚があったので、カラー化してみた。大正8年といえば、母親の生まれた年なので、存命していれば103才ということになる。1枚目は白銀町から安江町方向を写した写真。

電車の試運転でもしているのか、家の前で見物している姿がある

当然なのだろうが、車が1台も走っていない。安江町方向に電車が遠ざかっていくようだ。白い制服姿の警察官が数人、何かを警戒しているのだろうか。不思議なのが道路の広さが現在と同等であること。江戸時代からこのような広い幅員だったのだろうか。

もう1枚は兼六園下から小立野へ登る尻垂坂(シッタレサカ)である。道路突き当たりは旧国立病院。遠くに市電の姿を認めることが出来る。カラー化といっても兼六園の緑だけが対象のような写真になった。この写真でもトラック、バス、マイカーは一切いない。この道路幅員も現代と同等の広さとなっている。味噌蔵や石引通りはそれほど広くはない。どうしてこの広さになったのか理由が知りたい。100年前の金沢、大したものだ。

2022年4月6日水曜日

好天に恵まれ町内グラウンドGクラブ始動!

 少し風があったが、快晴の今日は町内グラウンドGクラブの今年の初例会が、八幡公園で開催された。桜も8分咲き、明日は満開になるだろう。今日のメンバーは12人。やや女性が多い。去年の10月末以来の開催となった。メンバーの組み合わせは4人/組×3組。竹串のクジで組み合わせが決定する。

八幡公園の桜も満開近し
最高齢者は82才の女性。腕前はトップクラス。中々追いつくことが難しい。町内にはグラウンドGの他、料理・生け花・カラオケ・麻雀等のクラブが活発に活動している。町会の組織として創設されたので、会館の使用料が免除され会費は殆ど不要となっている。

8ホール4巡の32ホールで競技している

入った!
まん防が解除されたが、まだまだ衰えが見られない。最近、旅行会社からのパンフが急増している。
北海道・沖縄が多い
2年前、高千穂峡へ行く旅行に申し込みしたのが2月、旅行日は5月だった。そのうち治まるとみていたがそれがとんでもない感染者数となってあわてて取り消しした。パンフの誘惑は続くが、4回目のワクチンを打ってからにしようかなぁ。

2022年4月5日火曜日

初孫の「お食い初め儀式」の喜びの姿

パソコンに保存されている写真は、データにポインタを乗せると撮影した時点が表示されるのでとても有り難い。しかし、アルバムに貼ってある写真をスキャンしてデータとしているものは撮影データは当然表示されないのでちょっと残念に思う。

データで多いのは孫を写した写真。写真を見て驚くことは、1年たてばこんなに大きくなるものなのかと目を見張る。
そんな写真の中に特に目を引いたのが「お食い初めの儀」の写真だった。
お食い初めは「100日祝い」「百日祝い」とも呼ばれる生後100日のお祝いごと。
お食い初めは古くは平安時代から行われている、歴史のある伝統行事で、一生、食べることに困らないように、と赤ちゃんの健やかな成長を願う儀式。

二女の長子のお食い初め儀式
婿殿の家族の喜びようが写真ににじみ出ている

お食い初めは「100日祝い」「百日祝い」とも呼ばれる生後100日のお祝いごと。
お食い初めは古くは平安時代から行われている、歴史のある伝統行事で、一生、食べることに困らないように、と赤ちゃんの健やかな成長を願う儀式。
お食い初めでは初めて箸を使ってお魚を食べる。実際に赤ちゃんが使って食べるわけではないが、初めて箸を使ってお魚を食べさせる真似をすることから「箸揃え」「箸祝い」「真魚始め」(まなはじめ)と呼ばれる場合もあるという。

このように地域によっても色々な呼び方で呼ばれているが、赤ちゃんが数か月間無事に成長してきたことを家族でお祝いし、感謝するという意味合いは変わりない。

平成21年5月 お食い初めから9ヶ月後にはもう幼稚園児


9年前の小6孫の運動会
 もう大学3年生になった 
爺の加齢も高速化しているなぁ。

2022年4月4日月曜日

珠洲に本社機能移転した会社に続いて外大出身の若者が宗玄酒造に再就職

珠洲市に一部上場企業の本社機能が移転したことを投稿したことがあるが、今回は外国語大卒の若者が珠洲市に惚れ込み、宗玄酒造に再就職し世界各地を飛び回って活躍しているという記事に感動を覚えた。

世界各国を飛び回るIT企業に勤めていた若者が、20代後半に移住先を探して日本各地を回り始めたという。理由は、都会暮らしの「お金とスマートフォンさえあれば全部問題が解決できる」という環境に常に疑問を持っていたらしい。このような考えを持ったこと自体、今の自分にはある筈もない。否、若くても凡人である自分は、そのような考えには至らないだろう。

酒蔵で商品について説明する万行一也(39)さん

動機は「便利すぎて、人間として機能していない」というのだ。二十代後半、移住先を探して日本各地を回り始めた。2015年に初めて珠洲市を訪れ、やっと出会えたという感覚を持った。朝、地元の高齢女性が両手に捕まえたタコを持って歩いている姿に衝撃を受けた。「ここで暮らせば、自分の食べていく食材を自分でとれる彼らのようになれる」と確信したといいう。

珠洲市内で家を探す途中、市の職員から宗玄酒造を紹介されて面接に行った。17年5月、住んでいた神奈川県逗子市から引っ越した。
外語大卒の英語力を生かし、徐々にイタリアやシンガポールなど世界各国での営業を担うように。「酒について説明すると、能登の歴史と生き方も説明することができる」。能登の生き方に魅了された自身には、うってつけの仕事だった。

宗玄酒造本社
宗玄酒造の裏手酒蔵の至近距離に能登線があった。昭和38年頃の建設工事では、軌道工事の作業員たちは酒の匂いを嗅ぎながら「ここで弁当を食べるのが最高」と喜んでいたことが思い出される。そしてまた、能登線のトンネルを酒蔵にして熟成させ人気を得ているという。旧恋路駅までトロッコ運転ができる設備も残している。いつかは乗ってみたいものだ。

2022年4月3日日曜日

ホームページの改変協議

15年前のことになるが、町内の広報拡充のため、町会の役員会においてホームページ開設を決めたのだが、外注委託となるとかなりの費用がかさむので、その道に秀でた人があれば協力をお願いしたらどうかということになって協力者の募集をした。お陰様ですぐ手を上げられた方がおられたのでお願いすることになった。

インターネットプロバイダーが決まっていたので、そのプロバイダーに申し込みしたのだが、使用容量枠がごく僅かしかないことがわかった。他のプロバイダーにすればあっさり解決できることなのだが、町会予算枠に余裕がない状態だった。すると、作成協力者から個人用に使っているホームページの一部を提供すると申し出があり、それに甘んじて現在に至っていた。

改変前のホームページ
それ以降、ホームページの記事更新等の作業は協力者に依存して今日に至った。「そろそろ手を引きたい・・・」と申し出があり、町会ホームページの作成は誰でも可能なgoogle版の試作をしたというので、昨夜7時30分から町会長を含め、関係者数名が打ち合わせを行なった。
googleの無償版で試作
町会長の挨拶文も作成されており、ホームページとしての機能は100%ある。誰でも投稿可能だが、googleの解説書を理解しなければならない。
町会役員で一流メーカーに勤務されている方がおられるので、その人の講習会で指導を受ける方向で対応するのがベターだと思われる。

最近は往時よりホームページの感心が薄れたように見受けられるが、スマホの普及が著しく閲覧者は確実に増えている筈と思う。昨夜は「スマホ教室」の開催についても協議した。
受講者を募集する前に数人で試行してみようと決まった。ネットサークルの会員を増やさなければ・・・。

2022年4月2日土曜日

南小公園の桜の開花宣言は今日午後あたり

昨日は快晴だったので、AM10;45分にウォーキングに出かけた。だが、風が冷たく冬に戻った感じだった。金沢の開花宣言が一昨日の午後に出されたので、町内の南小公園の桜はどうなっているか確認した。

2輪ほど咲きそうだったが、今日午後あたりには開花宣言できそう
この公園で町内花見大会が開催されるようになって4年目、
だが、コロナで一昨年、去年はコロナで中止。
今年も中止されるだろう。
百坂踏切を渡り森本駅の階段を2段飛ばしで駆け上がり、自由通路を経由し西口に出ようとしたら、イベント案内が目に入った。

キッチンカーが集結するという

そういえば去年5月8日にウォーキングした際に、同じような催しがあってキッチンカーが2,3台広場に来ていた。

各校のブラスバンド演奏会が開催されていた

地元の人達が駅広場の有効利用によって地域活性化に注力しているようだ。
駅西口の階段を降りて、いつものルートを外れ森中横からJA、福久東交差点に出て家に帰ったのだが、裏通りから「梅」と「杏」の開花状況を調べた。

梅は満開で花びらが道に落ちていた

今年も去年と同様に花が例年より随分少ない
どうしたわけか、今年も不作となりそう。去年は20個程度しか収穫できなかった。その前の年は異常な収穫量で、バケツに7杯分くらい収穫できた。その反動がまだ有るのかも知れない。

2022年4月1日金曜日

あのアシモが昨日付(31日)で退職とは!

 人型ロボットと云えばホンダのアシモだが、そのアシモが昨日で引退したという。
ホンダが開発した2足歩行の人型ロボット「アシモ」の定期的に開催されていた実演会が終了することになり31日、都内で最後のショーが行われたという。
「アシモ」は、ホンダが開発した2足歩行のロボットで、2000年の初披露以降、これまで7代にわたって改良が行われてきた。
2本の足で歩くだけでなく、走ったりジャンプしたりと技術を進化させ、NHK紅白歌合戦をはじめ、国内外のさまざまなイベントで高い運動能力を披露し、日本のメーカーの技術力をアピールしてきた。

最後のごあいさつ

しかし、人の動きに近づける技術が一定水準に達したことから、会社は数年前に開発を終え、東京 港区の本社などで20年余り行ってきた定期的な実演会も、31日で終了することになった。本社で行われた最後のショーでは、アシモがダンスやサッカーボールを蹴るなどの特技を披露し、訪れた家族連れや熱心なファンが写真を撮ったり、拍手を送ったりして別れを惜しんでいました。

アシモが誕生したのは2000年だという。その5年後(平成17年)、東京に出張した際に六本木ヒルズを見学した。地上54階、高さ238mの六本木ヒルズのメインタワーであり東京のランドマークとして定着している。その展望室が素晴らしい。

東京シティビューという展望室

展望室からの眺望 東京タワー展望台よりはるかに高い
アシモ引退になぜ六本木ヒルズ?と思われるかもしれないが、実はこの展望室の1階下にアシモが展示してあったのである。ラッキーなアシモとの出会いだった。

これはアシモ1世

あれから17年も時が流れた。で、ホンダは、アシモの実演は終えるものの展示は続けるということで、今後は離れたところから遠隔操作で動かす、アバターロボットの開発に力を入れることにしているという。ロボット開発を続けるというホンダはさすがである。