2025年4月30日水曜日

裏庭の畑

家の裏にある細い空き地を畑にしていたが、今年も遅ればせながら3日前に石灰を撒いて耕した。あと2,3日したら苗を買ってきて植え付けのつもりでいる。PCに保存している写真を見ていたら20年前の写真が出てきた。孫二人が裏の畑でミニトマトやキュウリを収穫している写真だった。

7歳と4歳の孫が収穫作業中

二人の孫はこの後も順調に成長し、現在は院2年、大3年生で二人とも家にいなくなって久しい。上の孫は就職が内定して現在は神戸で開催される論文発表会に向け勉強中だという。
下の孫は工学部3年となりキャンバスが変わったという。2年後は院へ行く予定だという。
まだ小さいときはジジの出番が多かったが、ここ2,3年前から出番がなくなってしまった。山陰地方や東京方面へ旅行に連れて行ったが、もう一緒に旅行できる機会は無くなってしまった。

もう2,3年すれば嫁さんをという時代に・・・
本当に年取るのがあっという間だということを実感する。

2025年4月29日火曜日

今年は裏作なんだとか

内川のタケノコまつりが27日に開催されたという。そんなニュースに接して、内川で公民館関係者がタケノコ料理の食事会を開いたことが思い出された。
内川のタケノコは実に旨かった。たけのこご飯やみそ汁、たけのこの刺身等々、盛りだくさんの品数があった。

人気を集めた朝掘りタケノコの販売=金沢市の内川公民館で
(参照:新聞掲載写真より)
内川たけのこまつりが27日、金沢市内川地区の内川公民館を主会場に開かれた。朝掘りのタケノコやたけのこご飯、天ぷらの販売、山菜大鍋の振る舞いが人気を集めたという。
旬の味覚を求める人で会場まで車の列が続く盛況ぶり。500キロ用意したタケノコは午前11時半に完売した。

山菜も販売された

和太鼓演奏や市消防団内川分団の加賀鳶(とび)(はしご登り)、タケノコ掘り、ボルダリング体験など多彩なイベントが催され、カブトムシの幼虫やシイタケを育てるほだ木の販売もあった。
中山間地の内川地区は県内有数のタケノコの産地。まつりは実行委員会主催で37回目。

今年のタケノコは裏作だという。来年はドカンと採れるが値段は変わらない。
やがて10年程経過したが、内川で食べたタケノコはうまかったなぁ。

2025年4月28日月曜日

ビル屋上にあった神社

64年前になるが、新規採用者の部内教育の一員として、静岡県三島市にあった学園から本社見学に行ったことがあった。東京駅北口の横断歩道を渡ると本社ビルが横たわっていた。玄関を入って突き当りの部屋に、畳2枚分の大きさのコンピューターが2台並んで稼働中だった。これがコンピューターというものか・・・と感心して眺めた。初任給1万円の時、そのコンピューターは1台1500万円だという。凄いものがあるなぁと感心して眺めていた。
後々聞いた話では、あのコンピューターはあの時点で最新のものだったが、計算能力は現在皆んな使っているPCより計算能力は遥かに劣ると聞いた。

本社屋上にて

そして、隣の部屋から聞きなれない音がしていた。その音がする部屋を覗いたら、数十人の女性がパソコンに向かってキーを叩いている音だった。資材の集計作業中らしかった。驚きの連続だった。

な、なんと屋上に神社があるではないか

10年程前になるが、孫を連れて東京に行ったのだが、そこは跡形もなく消え新しいビルが何棟も建っていた。北口の横断歩道を渡り駅の裏手に回り、徒歩で駅前まで歩いた。
スカイツリーの最上階からの景色は東京タワーから眺めた景色と一変していた。
いつの間にか年喰った人間の嘆き声が・・・

2025年4月27日日曜日

道の駅千枚田営業再開!

千枚田の道の駅が1年4カ月ぶりに営業再開したという。
今月中旬、ようやく水道が復旧して再開に至った。そんなニュースを聞いて嬉しく思う。

去年の能登半島地震と豪雨で被害を受けた石川県輪島市の観光名所「白米の千枚田」の道の駅が、26日およそ1年4か月ぶりに営業を再開した。
道の駅「千枚田ポケットパーク」は、去年の地震と豪雨で大きな被害を受け2度にわたって孤立状態となったが、今月中旬、水道が復旧し、26日、売店の営業を再開した。


取引業者が被災した影響で販売できる商品はまだ少ないものの、売店には「千枚田」で作った米や特産の漆塗りの箸が並べられ、早速、観光で訪れた人たちが買い物を楽しんでいた。

また、道の駅の展望台から一望できるおよそ1000枚の田んぼが並ぶ「千枚田」は崩れたままの所もあるが、田植えを行う250枚ほどの田んぼには水が張られていて観光客たちが写真を撮る様子が見られた。


売店を経営する出口彌祐さんは、「皆さんに支えられ再開できてうれしいです。広域避難している従業員もいて人手不足ですが、がんばります」と話していました。


道の駅は来月6日まで休まず営業し、そのあとは観光客の状況を見て不定期で営業を続けるという。

最初にここへ行ったのは昭和36年、オートバイでこの地を訪れた。この時は未整備で道路の片隅でおばあちゃんがみやげものを売っていた情景が思い出される。
その後、実家へ帰省するたびに家族と一緒に輪島へ買い物に行ったついでにここに寄って素晴らしい眺めを楽しんだ。
千枚田もまだ復旧しない田が多くあるという。1日も早く回復するよう祈りたい。

2025年4月26日土曜日

子ども提灯太鼓行列が城内コースに変更される

毎年恒例の百万石まつりの前段に行われる「子ども提灯太鼓行列」が6年ぶりに実施されるという。この行列に千坂小学校の校長も参加され、自分も先頭に立って歩いたことがある。しいのき緑地に数千人の児童が出発式の後にそれぞれのコースに分かれて提灯を掲げて歩く。
校下別に6千人がしいのき緑地に集結

   提灯を掲げて歩く子ども。今年の子ども提灯太鼓行列は6年ぶりに
   しいのき緑地で出発式を行い、金沢城公園内を通る=昨年6月、
        金沢市の長土塀青少年交流センター

●4000人行進、6年ぶり合同出発式 金沢市子ども会連合会
金沢城公園を照らす子どもたちの提灯が、初夏を彩る時代絵巻の開幕を告げる。金沢市子ども会連合会は25日までに、6月6~8日に開催される第74回金沢百万石まつりの提灯太鼓行列を、初めて公園内を通るルートで実施することを決めた。新型コロナ禍、地震などの影響で中止してきた合同出発式もしいのき緑地で6年ぶりに実施。保護者を含め約4千人が参加予定で、祝祭のメイン会場からお祭りムードを広げる。
 子ども提灯太鼓行列は例年、まつり初日に行われてきた。新型コロナ禍前の2019年までは、市中心部から各地域に戻るルートと、各校下だけを巡るルートを併用して実施。20年以降は密集を避けて行列そのものを中止したり、「分散」のみとしたりして対応した。

当日はしいのき緑地での出発式の後、一行が金沢城玉泉院丸口から入城、二の丸広場や三の丸広場などを巡って、石川門を抜けて出発地点に戻るルートとする。出発式では、ソプラノ歌手の石川公美さん、長町中の吹奏楽部などとともに市歌を披露する。

千坂校下の従来のコースは香林坊・南町・武蔵・森山までだったが、今後は城内だけとなるようだ。
これにより父兄の負担が軽減されそうだ。

2025年4月25日金曜日

米価値下がりは期待ゼロ

米価が一向に安くならない。備蓄米を放出すれば3400円前後になる・・・と江藤農水相がTVのニュースで会見で述べていた。が、放出しても安くなるどころか値上がりしているではないか。

不思議の1

コメの価格上昇の主な要因と思われる理由は
・一部米卸業者が大量に備蓄
・一部米生産者が大量に備蓄
・異業種が大量に買い付け
↑ 一番高く売れるタイミングまで保管


なぜ、供給が増えたのに価格が下がらないのか?その理由を大きく分けると、以下の4つが挙げられる。
1. 既存在庫の影響
現在、小売業者や卸売業者はすでに高値で仕入れた在庫を抱えており、安く売ると損失が出るため、簡単には価格を下げられない。
市場に新しく備蓄米が投入されたとしても、これらの高値在庫が消費されるまでは、小売価格に大きな変化は見られない。
2. 流通の停滞と「売り渋り」
流通業者や集荷業者の中には、「今後さらに価格が上がるかもしれない」と考え、コメを市場に出さずに在庫として保持しているケースもある。

2. 流通の停滞と「売り渋り」
流通業者や集荷業者の中には、「今後さらに価格が上がるかもしれない」と考え、コメを市場に出さずに在庫として保持しているケースもある。

農水大臣が備蓄米を放出すると発表した時は、5,6百円は安くなると期待したが、結果は逆に値上がりした。
これは、裏で動いている奴がいるということだ。国民を敵にまわした団体に報いが来るだろう。

2025年4月24日木曜日

「のとキリシマツツジフェスティバル」PR隊が県庁訪問

連休になると能登に帰省していたが、その途中に能登空港広場で開催されている「のとキリシマツツジフェスティバル」を見に行ったものである。その時に購入した、のとキリシマの花がわが家で今、真っ盛りに咲いている。
今朝、そのPR隊が県庁を訪問したという記事に接した。

能登町の堂前県議が同行された

奥能登の春を彩る「のとキリシマツツジ」を楽しめるイベントが5月3日から開かれるのを前に、23日、PR隊が石川県庁を訪れた。
今回で17回目となる「のとキリシマツツジフェスティバル2025」。2024年は震災の影響で中止となり2年ぶりの開催。

イベントはゴールデンウィーク後半の5月3日から5日まで能登空港前の広場で開かれ、樹齢およそ350年ののとキリシマツツジの展示や苗木の販売などが行われる

展示即売会が大人気
ここで苗木を買った花が今、満開!

PR隊の一行は「今年は開催できるようになった。みなさん心に痛手を負ったと思いますが、赤い花を見て元気を出してほしい」と話し、鮮やかに咲き誇る花を楽しんでほしいと、来場を呼びかけた。

毎年展示されるシンボルツリーが素晴らしい

また、現在、奥能登4つの市と町にある住宅の庭や寺などあわせて38か所で「のとキリオープンガーデン」も開かれていて、一般に公開されている。

実家も譲渡したので、連休に能登へ行かなくなってしまったのが寂しい。

2025年4月23日水曜日

凄い!高齢者が自分一人の判断で5千万円前後の金を動かせるとは・・・

金沢在住の70代の女性が5,200万円もだましとられたという。
最近、この手の詐欺被害が全国的に発生している。不思議に思うのだが、こんな大金を自分一人の判断で容易に動かせるということである。旦那様や家族に相談なしなのだろうか。
それだけ詐欺師が巧みに犯罪人に仕立て上げていくということなのか。それでいて、詐欺に気づいていないのだ。


被害者女性は東警察署管内の人だから、意外と近くに住んでいる人かも知れない。
警察によると、先月上旬、金沢市に住む70代の女性の自宅の電話に、保険調査局を名乗る人物から「危険な睡眠薬を購入した疑いがある」と連絡があった。

そして、やりとりするよう指示された沖縄県警の警察官を名乗る人物に、SNSのビデオ通話で「詐欺の金を受け取った疑いで指名手配がかかっている。口座を開設して全財産を入れれば無実が証明ができる」と言われたという。
女性は、新しく開設した口座に入金後、指示されるがままにダウンロードしたアプリを使って仮想通貨口座に送金し、現金およそ5200万円をだまし取られた。

その後、口座を開設した金融機関からの連絡で被害に気づいたという。
県内で確認される特殊詐欺は、ことしに入って急増していて、今回を含め、ことし確認された被害の総額は5億円以上となり、これまで最悪の被害だった2015年の1年間の被害総額を上回っているという

お金に余裕のある高齢者が自分の周りにもたくさんおられるということが推定できたのである。

2025年4月22日火曜日

町内の新築住宅

昨日は快晴、かつ、風もなく暖い絶好のウォーキング日和だった。町内の中ほどを歩いていると新築中の工事現場があったので、立ち寄ってみた。町内では、先代が新築した住宅を売却し、その物件を購入した住宅販売会社は住宅を取り壊し、2分割した土地に新築住宅を分譲している。こんなタイプの住宅はもう20~30棟を超えていると思われる。

1区画2分割し2棟の分譲とする住宅

元の1区画の広さは約65坪前後が大半の画地割となってる。町内の宅造は昭和35年前後から開始され、第1期分譲は昭和37年からだった。65年を経過すると先代が亡くなられ、子に相続となるが、住宅は現代の生活になじまなくなっているので相続人は売却する人が大半である。
1区画30坪の土地に2階建ての住宅として、分譲価格が3千万前後が多い。

さて、続いて森本駅付近旧8号線から高速道付近を散策した。この付近から松陵高校に行ける山道を探したが、まだ通行止めとなっていた。

森本駅前付近から高速道に向かって歩いた

この突き当りから住宅地に出て、森本駅自由通路から西口に出て帰路に就いた。

駅西広場の一角にピンク色の花が満開だった

わが家では能登キリシマツツジが満開!

もう今年はだめだと諦めていた能登キリシマが精いっぱい枝を広げて咲き競っていた。処分しなくて本当に良かった。
今日もウオーキングしようかなぁ。

2025年4月21日月曜日

思い出の詰まった九十九湾のほとり

2千万円で巨大なイカのモニュメントは無駄だという議論がかしましかった。3年ほど前に実際にそこに行ってきた。実は、この場所に隣接してガソリンスタンドがあるのだが、そこのジャストポイントに能登線建設事務所の小木工事区があった。事務所と独身寮が一体となった建物があり、奥の客間から九十九湾が手に取る近さに見ることができた。

ガソリンスタンドの場所に能登線建設事務所があった

事務所の写真がないか探してみたが見当たらなかった。事務所内で女性たちと写した写真があった。日和山へ花見があった時に写したものと思われる。

何せ63年も前の写真
寮のおばちゃんたちはもうだいぶ前に亡くなられたものと思われる

花見の写真があった
(モノクロからカラー写真にした)

現在はすぐ近くに九十九湾遊覧船の発着場ができた。
そういえば、百楽荘ができて間もない頃だった。そこのお姉さんたちにレコードを借りたこともあった。
青春時代の思い出が蘇った。

2025年4月20日日曜日

見るに堪えない見附島

見附島が地震で山肌が落ちて著しく変貌した。それが最近見た写真でさらに崩落が進捗し、やがて消えてなくなるのでは・・・と懸念している。

最も最近の写真

地震直後に鼻かけが発生

見附島が口を開けて泣き叫んでいるように見える。

何と男前!これが地震前の見附島だった

しかし、見附島はまだ残っているからいいじゃないかという見方もある。
無残なのは窓岩である。

無残!窓岩が消えた!

秀麗な姿はもう戻らない

地震はこれらの自然の破壊、それに人命まで奪った。歯がゆい思いはズーっと尾を引いている。

2025年4月19日土曜日

旅番組で東北震災の1年後の復興状況を見て思うこと

震災からやがて1年と数カ月が経過したが、震災直後の惨状は道路は別として、河井町以外では復旧のきざしさえ見えない。東北震災が発生して1年後に火野正平が自転車の旅で東北の被災地に行ったビデオを最近見たのだが、その映像では壊れた住宅地は後片付けが終わっているのが見て取れる。

震災1年後にいわき市を巡った「こころ旅」

損壊した建物群は全て片付けされている

能登半島地震で壊れた家屋の撤去は眼に見えて進んでいるとは思われない。どうして東北地震とこんなに差があるのか不思議に思う。全国から集められた善意の寄付金は何に使われているのだろう。各戸の補助金は個人に配布されているのだろうか。
遅々として進まない住宅復旧に疑念が湧いてくる。行政の対応力にも問題があるのだろうか。

さて、昨日の県内は、午前中から季節外れの暑さとなっていて、金沢市や小松市で最高気温が25度以上の夏日となった。
県内は暖かく乾いた空気に覆われていて、午前中から気温が大きく上がった。
午前11時までの最高気温は
▽小松市で25.9度
▽金沢市で25.1度と夏日となった

今日は夕方まで晴れのようだ。

2025年4月18日金曜日

2年間日本一だった高層ビル(36階建て)

時は昭和45,6年頃だったと思うが、広島在勤の際に東京に出張した時があった。東京に到着する少し前に、車窓から日本一の高層ビルが見えた。よし、業務が終わったら日本一の高層ビルを見学しようと思った。本社で仕事を終え、高層ビルに徒歩で向かった。日本一と称するだけあって遠くからでもビルが見えた。しかしビルは見えていても中々遠かった。

他のビルを圧倒していた

あれから50年、霞が関ビルはどこ?議事堂の手前に位置する

昭和45年~47年まで日本一を誇った霞が関ビル

目的地のビルは国会議事堂傍の「霞が関ビル」だった。36階建て日本一のビルに入って1階から徒歩で上階を目指して歩いた。5階でここは何だろうと不思議に思った。ビリヤードの台が複数台あって、壁に「伊達・島津・前田・・・」と、映画俳優みたいな名札が並んでいるではないか!ここは旧華族の施設だったのだ。現代にあっても、そんな旧華族が交流している場があるとはいささか驚きだった。敷地の一部は旧華族・霞会が所有している。

あれから50年の歳月が経った。トホホだ。

2025年4月17日木曜日

懸案の垣根(レッドロビン)の剪定が終わった

レッドロビンを敷地境界に沿って垣根にしているが、毎年この時期になると、隣の敷地に枝がはみだしたり、垣根の天端があちこち伸びすぎの枝が目立っていた。そしてようやく剪定を終えたのが3日前。荒れる前日までに作業を終えたのでホッとした。そのほか、アンズや梅の枝が隣接地にはみ出ていたので、これも剪定した。

生け垣は手間がかかる

もう10年以上が経過したのだが、毎年連休に能登空港前で能登キリシマツツジの展示即売会が開かれているが、10年程前に小さな株を購入して盆栽にしていた。それが2,3年前に枯れて花も咲かなくなった。ところが、その鉢を見ると花芽が出ているではないか。

枯れた枝を切ったのでバランスが良くない
しかし、新たな芽が出て今年は花が咲きそう

今日は久しぶりに晴天の穏やかな1日になりそう。家の裏にある一筋の「畑」をなんとかせんといかんなぁ。

2025年4月16日水曜日

年間100万人も県立図書館へ

まだ2年9カ月しか経たないというのに来館者数が300万人を超えたという。この数字の中に町内のサロンで1回行った分が含まれているだろう。それにしても凄い数字である。全県民が3回という計算になるが、殆ど毎日行っている人もあるだろう。 

アニメとのコラボ企画が好評だったことや、さまざまなメディアで取り上げられ、石川県内だけでなく、全国各地や海外からも多くの人が訪れているという。県立図書館は3年前の2022年7月に金沢市小立野にオープンした。地上4階、地下1階の大規模な施設で、およそ30万冊の蔵書に加えて「子どもエリア」なども備え、昨年度は日本図書館協会の建築賞を受賞した。

昨年度の来館者数は前の年度より16万人余り増え、119万2832人で、オープンから2年9か月で累計の来館者数は、300万196人になったという。

さて、自分としては次回は何時に?

2025年4月15日火曜日

毎朝でも散歩したい道

利尻島の旅行で、バスガイドが「ちょっと集まって」と言って明日の予定について話し始めた。早朝に旅行予定にない場所に行くので希望者は6時までに集合してくださいと指示があった。行先は「姫沼」という場所らしい。この日の夕食後にこれも希望者を募って夜空の星の観察に出かけた。翌朝、6時にバスに乗り込み姫沼に向かった。10分前後で到着したが、降りてから10分ほど歩いた。視界が開け素晴らしい景色が見えた。

ここから左側の歩道からスタート
遠く利尻岳が見える

心地よい散歩道を歩き始めた

右手に湖面を見ながら

あっという間の15分 素晴らしい散歩道だった

こんな道が近くにあれば・・・と思うのだが利尻島は余りにも遠い。写真でその気になろう!

2025年4月14日月曜日

母いわく、「わりゃあんな遠いとこ、よう行ったなと言われた」

幼い頃、母から聞いた言葉がある。それはタイトルに示した言葉だが、これは、海軍々人だった父が結婚して間もない頃に中国ハルビンに駐留していた ことから、奥能登宇出津から中国ハルビンへ遭いにいったという。幼い頃の話だからただフーンと云ったことを思い出した。

そんなことを思い出してハルビンは何処にあるか調べることにした。広大な中国の北部に位置していた。なぜ日本海軍がこんな遠い奥地に拠点を設けていたのか不思議に思う。幼い頃に親父のアルバムにスケートをしている写真があった。そこは極寒なので黒竜江という川が凍結するからスケートが盛んだったと語っていた。

現在のハルビン市街地

宇出津~ハルビンまで4千kmくらいか

地図を見て驚いた。二十歳前後の若い女が単身でよくぞ奥能登から門司、大連、ハルビンまで行ったものだと感心せずにはいられない。まだ存命しているならば103歳前後、若かりし母の行動力に舌を巻いた。

2025年4月13日日曜日

3人の移住者による「大谷こいのぼり復活」

20年程前の話になるが、五月の連休に家族と実家へ行った翌日、家内と子供二人を乗せて灯台を見ようとドライブした。飯田から禄剛崎を回って曽々木方面に向かっていた。大谷地内に入って大谷川にさしかかった時、こいのぼりがずらりと泳いでいる風景に出くわした。
こんなイベントを企画した人は地元の人なんだろうかと思いながら、しばし鯉のぼりの泳ぐ光景を楽しんだ。
今年は豪雨があったことから、中止だろうな・・・と思っていた矢先、新聞で開催されることを知った。

新聞掲載の写真
2019年5月の「大谷川鯉のぼりフェスティバル」。450匹ものこいのぼりが川の上を埋め尽くし、来場者が青空を泳ぐこいのぼりを見ながらステージショーなどを楽しんだ=珠洲市大谷町で、中日本社ヘリから

新聞によれば、企画は震災後に移住された3人によるという。災害に苦しむ地元の人たちを元気付けようと奮起。移住者のパワーは素晴らしい。




大谷川鯉のぼりフェスティバルは、これまで地元住民でつくる「一歩の会」が主催し、大谷川で約40年間にわたり開かれてきた。川を渡すように450体のこいのぼりが掲げられ、全盛期には2日間で約1万5千人が訪れたが、能登豪雨で川に大量の土砂が流れ込み開催できなくなった。

毎日が日曜日の者にとって、こんな人たちの話を聞くと「眩しい」。惜しみなく拍手を贈ろう。

2025年4月12日土曜日

4、5年後になる筈が近日中に240人が能登に

 今朝の新聞で、オウッ!と思わず声が出そうになった。航空石川が校舎や寮が地震で壊れ、修復まで東京に移転中だった。帰れるのは4,5年後と報道があったが、今朝の記事で嬉しくなった。

14日以降、寮の一部利用可能 東京・青梅へ避難中、まず野球部など240人というタイトルの記事で嬉しくなった。

航空高校校舎

航空石川高の生徒が、能登半島地震で避難している東京・青梅市から輪島に戻ることが昨日(11日)、分かったという。調査の結果、危険性が指摘された学生寮は一部であれば利用可能と判断、14日以降に、選抜高校野球大会に出場した野球部のほか、剣道、男子サッカー、女子バスケットボール各部の計240人が順次、奥能登での生活を再開する。授業は同じ敷地内にあり、被害が比較的小さかった日本航空大学校の校舎で受ける予定だという。

航空高校位置図
昨年元日の地震以降、輪島の学校で活動できず、生徒は同3月まで系列校の山梨・日本航空高へ避難。その後、東京・青梅市の明星大キャンパスで高校生活を送っている。 輪島の学校施設は今年3月までの被害調査で、基礎部分のコンクリートやボルトが破損し、校内で唯一の食堂がある学生寮は地盤が崩れる可能性があるとされた。再度大きな揺れが発生した場合、倒壊の恐れがあることから、4月に輪島に帰ってくる予定だった野球部員などは青梅にとどまった。

間もなく夏の甲子園の地区予選が始まる。是非、「航空石川ここにあり」と大活躍を期待したい。

2025年4月11日金曜日

能登さくら駅あれこれ

能登さくら駅の桜が満開だという。
この駅にはたくさんの思い出がある。その一つは、昭和31、2年頃だが、この駅を通過すると穴水駅で飯田行きの国鉄バスに乗り換えする客が降車口に向かって競ってずらりと並んだ。穴水から飯田方面へバスに座って行くためだった。

能登さくら駅の桜が満開!

もう一つは、国鉄が分割民営化に際して余剰地の売却業務で、駅舎右側の宿舎用地を売却する土地として更地化することになった。この場所の更地化とは桜の木を数本伐採することだった。一応、地元に伐採の旨を連絡したところ、おばあさんが植えた木なので絶対反対だとクレームがついた。その人は元国会議員坂本三十二氏の関係者だった。
その後、転勤でこの件に関わらなかったが、民営化後も桜の木は残った。

駅舎右側の空き地に植わっていたが、今は伐採されたようだ
今朝の記事より
能登さくら駅の愛称で親しまれている穴水町の、のと鉄道「能登鹿島駅」。ホームを包む約100本のソメイヨシノは…10日、ちょうど満開を迎えていました。 そして…桜色に映えるブルーの電車が到着すると、平日にもかかわらず訪れた多くの人がカメラに収めていました。
訪れた人は: 「きれいですね見られてよかったですたくさん撮りました。きれいでびっくりしましたバッチリだと思います。」 加賀だけでなく能登でも一斉に咲きましたね。はい。ここ数日、平年より暖かい日が続いていますので開花が一気に進んでいるようです。 

訪れた人は: 「きれいですね見られてよかったですたくさん撮りました。きれいでびっくりしましたバッチリだと思います。」 加賀だけでなく能登でも一斉に咲きましたね。はい。ここ数日、平年より暖かい日が続いていますので開花が一気に進んでいるようです。