2018年12月18日火曜日

CT画像がん見落とし

最近の気になったニュースなのだが、千葉大学付属病院で、CT画像の見落としが起こっており、2013年以降に見落とされた9人のうち、4人の治療に遅れが出て、2人が死亡していたことが明らかになった件がある。



死亡した2人は、現在明らかになっている情報によると、60代の女性と70代の男性で、60代女性は腎臓の癌で、70代の男性は肺の癌で死亡したが、CTが撮影された当初はまだ治療可能な状態にあって、画像診断報告書の確認を主治医が十分に行わなかったために見逃しが起こった。

「CTで見つかった癌の見落としがあった」ときくと、原因が同一であると思いがちだが、実は、様々なプロセスの障害が考えられるという。
1.「画像診断報告書」を書いた画像診断医が見落とした
2.撮影された画像を、画像診断医が読影していない
3.「画像診断報告書」を、主治医が読んでいない(またはうっかり読み飛ばしてしまう)
4.「画像診断報告書」は、ひょっとして難解かもしれない


小生は5月に腎臓がんの手術をしたのだが、腎臓がんには特徴的な症状がない。微細な腎細胞がんが健康診断や、他の病気の精密検査の際に偶然発見されるケースが多いのはそのためだ。小生は正にこのようなケースである。

通常であれば、何らかの違和感や痛みなどを訴え検査にいくが、腎臓がんの場合は、ある程度進行しなければ自覚症状が現れない。
特徴的な症状がないので、少しでも体調がおかしいと思ったのであれば放っておかずに、なるべく受診すべきだ。気になることや症状は何でも担当医に伝えることが肝心。
また、検査などが長引いたり結果が出るまで少し時間を要するかもしれないが、検査結果や診断についてしっかりと理解しておくことが治療の選択をする上で非常に重要となる。

 
がんの見落としは、大きく分けると、①健康診断、②他疾患の検査、③がん検診で起こる。
このうち、がんを見落としやすいのは、健康診断と他疾患の検査である。
健康診断の問題点は、担当医師が大量の画像を短期間の間に読影していかなければならない点です。
担当医師ががんの専門家であるとは限らないし、仮にがんの読影に熟練している医師でさえもがんを見落としてしまうことがあります。
 
他疾患の検査の場合は、健康診断とは異なる事情があります。
このようなケースでは、健康診断のような大量の画像を読影するなどといった事情はなく、多くの場合精密検査ですから、かなり慎重に検査結果の評価が行われます。
ただ、問題はがん以外の特定の疾患の検査のために行われているため、医師の意識が基本的にがんを発見することに向けられていない点です。たまたまがんの陰影が写っていてもつい見逃してしまうのです。

これに対し、いわゆる「がん検診」は、まさにがんの発見に医療機関の注意が向けられているため、がんの見落としが最も少ないと言えます。
実は日本は、世界的に見ても、診断医が不足しているという。先進国などと比較すると、CTの台数は最も多く「検査大国」となっている一方で、それを読影する診断医の数は、調査対象の26か国で最下位となっているようだ。

先月の6カ月検診では「尿・血液検査の異常はない。CTも異常は認められない」、「普通の生活でよろしいでしょう」と。
金沢市の健康診断では70歳を過ぎると胃の検査項目が外される。このため5年も検査せずが続いたので内視鏡検査をしたいと申し出た。

その結果、検査画面を見せながら、「胃壁に少しぶかぶかする感触があるので、念のためにCT検査をしましょうとなった。で、CT検査を済ませ胃腸科医師の診断を仰いだ。その結果、「全く異常はありませんでした」と診断された。
ほっとして家に帰った翌日、医科大から明日来てくださいと電話があった。

何だろうと不安になったが、病院で胃腸科医からCT画像を見せられながら説明を受けた。
「放射線担当医から報告があったのだが、左腎臓に影があることが判明した。泌尿器科で検査を受けてください」と指示された。
数日後、泌尿器科で腎臓は予め細胞検査は不可能で、判定は手術後となると説明があった。癌の可能性は高いが現在では判断できませんと云われた。

このような経緯で腫瘍を切除、検査結果は癌であった。
千葉大の誤診と正反対の診断のお陰で、あと3年だった命が伸びる結果となった。
CT検査を受けられる場合は、結果は診療科だけではないことを確認することが大切です。

2018年12月17日月曜日

海鵜が神になる

毎年この時季に行われる気多大社の神事に「鵜祭り」という行事がある。毎年必ずこの行事がニュースとして記事が掲載される。今まで何気なく記事を読んでいたのだが、少しこのことについて知りたくなった。
奥能登には田の神様という奇祭があるが、この神様は姿がないのだが、鵜祭りの主役である海鵜は捕えられた瞬間に神になる。

海鵜を捕える人は誰でもという訳にはいかないという。先祖代々その役割を担う家があるのだとか。そして鵜を捕える方法は極秘なのだそうだ。去年は捕えることができなかったが今年は捕えることができ関係者一同が大喜びしたという。

先祖伝承の技を持つ小西さんによると、8日から11日午前まで、崖周辺でウミウを見掛けなかったが、同日午後には5、6羽飛んでいた。小西さんは鵜様をカヤ製のかごに収め、鵜様の運び役「鵜捕部」の一員で、今年の鵜様の宿となる横川良栄さん(69)方に運んだ。

捕えられ鵜様という神になった
翌日から気多大社までの「鵜様道中」が2泊3日の行程で行われる

鵜様は鹿渡島に住む鵜捕主任の小西家によって捕らえられる。
「鵜様」の入った籠を担ぐ人も決まっている。鵜浦では、二十一軒の人たちが七年に一度、三人一組で当番に当たる。「ウットリベー、ウットリベー」と叫びながら行進する。

このあと七尾市内から中能登町を2白3日の予定で道中が繰り広げられ、15日夕方気多大社に到着し16日午前3時から神事が始まり明け方、一の宮海岸に役目を果たした鵜様は放たれるという。


40km先の気多大社へ
手を合わせ鵜様を覗く住民
重要無形民俗文化財に指定されている鵜祭りは12月16日の午前3時から気多神社で行われる。
鵜は七尾市鵜浦から三人の鵜捕部【うとりべ】が徒歩で運んできた、捕らえたての生きた鵜を神前で放し、案上にとまるとすぐに取り押さえ、神社前の海岸に運んで真っ暗な空に放つものである。神前で案上にとまるまでの鵜の動きによって古老が来るべき年の豊凶を占う。
鵜様引き渡しのセレモニー

神前に鎮座した鵜様
飛び方で今年の吉凶を占う
ちなみに今年は「少しづつ良くなる」と出た。
なお、この行事は国重要無形民俗文化財に指定されています
鵜が神になる鵜祭りは何時頃から始まったのだろう。不思議な祭りではある。

2018年12月15日土曜日

老後シミュレーションの結果と現実

改正国民年金法が可決され、2年後となる2021年4月から施行されるという。
なにがどうなるのか具体的に表したものがあった。

①年金原資と給付関係

②それでこうなる

③これまでも年金は減り続けた
 64歳で退職する際に年金センターで支給額を計算してもらったところ、「ええっ、たったこれだけ」と大ショックだったことを思い出す。
昭和45年頃の話だが、国鉄OBが営業に来られてこんなことを云われた。
「年金が25万円、会社給料が現役保証相当額を貰っているので、現役時代より収入が多い」と。フーン、退職してもそれなりの暮らしができるのだなぁと思ったものである。
さて、その四十年後に年金センターへ行って感じたことは上記のとおりである。

今年度末に退職される方も同じ思いをされるだろう
こんな高齢者が増えているのだという

毎月6万円の赤字が平均値だという
この不足額6万円/月は1年で72万円、これが退職後平均寿命まで続くとなれば1512万円にもなるのである。預貯金があって取り崩しながらの生活であるが、預貯金のない場合は一気に下流老人とならざるを得ない。病気するなんてとんでもないことである。病気をしてはいけないということになる。


こんなことにならないよう神にすがるしかない。



2018年12月14日金曜日

3日目最終日 皇居と豊洲

朝6時起床、7時1Fレストランへ。中に入って素晴らしい眺望に息を飲んだ。シンガポールラッフルズのレストランも高級感あふれる雰囲気があったが、ここは外の景色が混然と一体化した素晴らしい雰囲気。

1Fレストラン
バイキングの品ぞろえも中々のものだったが、食べ過ぎを警戒してセーブした。
部屋に戻り支度を整えホテルに横付けされたバスに乗車して皇居を目指した。
暫くして方向が逆に向かって走行しているのに気付いた。何とベイブリッジを渡るではないか。21年前にベイブリッジを対岸まで渡ったことがある。当時は橋を降りてそこが終点だった。それが工場群のひしめくエリアを縦貫して羽田空港あたりで合流するインフラとなった。

羽田空港の管制塔
レインボーブリッジも渡った
汐留あたりの高層ビル
窓から桜が咲いているのが見えた
桔梗門から入場
桔梗門前の広場で暫く待機
門を入ってすぐに窓明館という待合所に入るのだが、持ち物チェックがある
この持ち物チェックが結構厳しい。ポケットの中に手を入れて確認された。
400人くらいは入れる
参観ルート 所要時間は約1時間
何と騎馬軍団一行が訓練中
4,50分程待ってようやく皇居巡りが始まった。待合所を出て直ぐに騎馬隊、これに続いて馬車、後方の護衛隊が続いて現れた。天皇陛下の交代セレモニーの訓練のように思う。
正月参賀が行われる場所 意外と低いのだ

参考:正月参賀の模様
次に向かったのは二重橋。
ここが二重橋 島倉千代子の唄を思い出した

実際の二重橋は30mほど離れた所にある
新内閣が勢ぞろいして記念写真を撮影する場所でもある
勤労奉仕の皆さん
別の場所でも別の団体が
1時間かけて巡ったのだが、それは皇居のほんの一部分に過ぎないのだ。
と、いうことで皇居を出てバスに乗った。行き先はすぐ目の前の「丸ビル」3Fの蕎麦屋。この丸ビルは2回目の訪問だった。食事後、最後の目的地である豊洲に向かった。
間もなく到着となる
周りには人道橋が張り巡らされている
豊洲市場は想像していたものより遥かに広大だった。青果棟を見学して鮮魚棟へ行ったのだが何せ遠いのだ。
青果棟
青果棟2F見学窓から
青果棟を見て回っても下で見るわけではないので面白みが全く感じられない。
見学通路
鮮魚棟方面の通路
鮮魚棟に通じるペデストリアンデッキの長ーいこと。そこに行っても下に降りれる訳でも無いので何にも面白みがない。ただ疲れただけ。添乗員曰く「人が多いのは食べる店にやってくる客」なのだそうだ。ま、もう一度いこかという気持ちにはならないだろう。
オリンピック目指して建設工事が盛ん
東京タワーがちらりと見えた 何だか小さくなった感じ
都市高速から見える東京の市街は何だか活気に溢れているように感じた。元気な日本をみたような気持になった。
都内をバスで走り回って東京見物を存分味わったそんなバスツアーだった。


2018年12月13日木曜日

2日目、日光とMM21どっちも4回目の見学

いつもそうだが、バスツアーの日程はハードである。今回も金沢駅出発がAM7;00、宿の到着がPM6;00頃。2日目出発はAM8;00だった。ツアーは毎日かなり歩く距離が長い。万歩計は8~9千歩がカウントされる。健康体であることが必須条件である。この日は気温が0℃前後と冷えたが快晴に恵まれた。バス座席は毎日変わる。前日はバスの中央付近の座席だったが、この日は最前部添乗員席の次だった。よって視界良好、快適なバスドライブが楽しめた。

鬼怒川温泉から日光東照宮までは30分程で到着する。駐車場からしばらく歩いて輪王寺門前の広場に出た。輪王寺は天台宗の門跡寺院である。明治初年の神仏分離令以後、東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称される。近世まではこれらを総称して「日光山」と呼ばれていた。現在、「日光山」は輪王寺の山号とされている。また、「輪王寺」は日光山中にある寺院群の総称でもある。

広場の一角に宝物殿があるが、この建物の裏に御霊殿という建物がある。この御霊殿は歴代天皇の位牌が安置されており、所管は宮内庁であり一般開放されていないのだが、今回旅行社が特に許可を得たということで、宝物殿の裏手に回った。
逍遥園という庭園を通って奥の御霊殿に向かった。

逍遥園 苔が風情を醸し出していた
御霊殿
初めての経験だったが、御霊殿の前で全員が頭を垂れ、お坊さんから「お祓い」のような儀式を受けた。建物内部には入れないが、中には天皇の位牌が並べてあるのが見えた。
次に向かったのは輪王寺。本堂である「三仏堂」は、平成32年度までの予定で約50年ぶりの平成の大修理中なのだが、既に仮設足場は両側に残すのみとなっており、来年3月には撤去完了となる予定なんだそうだ。

金堂の額 サイズ6畳間大もあるとか 
4年前になるが、この時は本堂全体が足場で覆われており、工事中の本堂内ほか屋根のてっぺんまで見学した貴重な体験がある。内部は写真撮影禁止のため写真がない。
至近距離から眺める三仏体は迫力があった。
見学が終わり次の目的場所東照宮に向かった。

鮮やかな色合いに修復された

御手洗殿
大理石造
一段と輝きが増した陽明門
やはり世界遺産だけあって素晴らしい建築物である
神輿の格納庫
格納庫の天井画が素晴しいが暗いので良く見えないのが難点
本殿入り口も新築同様になった
眠り猫の裏側はこうなっていた
眠り猫の左側通路から本殿に入った。本殿内は2回目、東照宮の故事来歴説明は巫女さんだった。本堂裏の祈祷所を見学して本殿を出た。
次は泣き龍の本堂へ。龍の顔の真下の位置だけ拍子木を打つと反響音が出る。

そこから20分程歩いて昼食場所兼土産物屋兼駐車場に向かった。
ここも前回来たところ。昼食は旅行社が選んだ場所だけに美味しかった。昼食後は出発時間まで土産物売場を徘徊した。
それから屋上の駐車場に行ってバスに乗り、次の目的地である横浜に向かった。
日光まで自動車道があるとは知らなかった。そのお陰で全て横浜まで自動車道を通行した。
インフラが整った!
羽田空港の手前 新幹線基地が左手に
運転手のお手並みも素晴らしい。都内をすいすい走行した。赤レンガ倉庫に到着。
平日というのにこの賑わい!特に若い女性が多いのだが、学生か?

店内大盛況!
倉庫と倉庫の間もクリスマスイベントとやらでごった返し
そしていよいよ憧れの「ヨコハマグランドコンチネンタルホテル」に到着した。
ここには建設工事中に見学で訪れた。例のないデザインに度肝を抜かれた場所なのだ。
開業が平成3年だという。平成元年あたりに工事現場へ行ったと思うのだが、年次ははっきりした記憶がない。
海を眺めながら入浴できる部屋は15万円と聞いて驚いたりもしたものだった。
ホテルロビー
10階宿泊部屋からの眺め 眺望絶佳!
部屋はゆとりあるスペースが確保され、バスルームの設備も広くて高級感が漂っていた。
個人的にはとてもこのようなホテルには予約不可である。旅行社の企画力と営業力によるのだろうなぁ。
さて、今回のメインイベントであるナイトクルージングへ。桟橋はホテル前の至近距離にあった。

出発直後のホテル景観
観覧車のネオンサインが素晴しい
クルージングは桟橋からベイブリッジ直前まで、そこからUターンしたのだが、それはそれは函館の夜景とは趣が違って建物群のきらめきが横と縦に広がっていて圧巻だった。
天候にも恵まれ、飛鳥Ⅱの出航にも遭遇した。期待していた以上のナイトクルージングの後、桟橋に併設されているレストランで夕食となり2日目が無事終わりを告げた。