2024年4月15日月曜日

近辺ぶらり歩けば

ウオーキングもたまには自由気ままなルートとなる。2日前のルートは慶応幼稚園方向に歩き出した。交差点を左に曲がると一直線の広い歩道となるが、この歩道は高速道にぶつかるまで実に長い。住宅地を過ぎるとレンコン田となるが、この歩道に無人のレンコン販売所が設置されるが常設ではない。

レンコンダ田だが収穫を終え肥料を撒く準備中のようだ
今までこんな風景は見なかったような気がするが

この辺でレンコン販売所が設置される
かなり人気があるが常設ではない

神社と慶応幼稚園の間に農道があるのでそこをあるいて田んぼ道にでた。ここは従来から千坂小学校のマラソン大会のルートになっている。車が走らないので安全なルートである。

この交差点でマラソン大会の応援をした
レンコン田が広がっているがまだ未収穫地がある

金沢東入り口(富山方面)

ここから8号線までは遠くはない。8号線の歩道を歩くと「大西運送」の駐車場となるが、今では何か所も大駐車場を持つ大西運送。業績が急拡大しているようだ。

8号線沿いのトレック駐車場

かくして普段のルートではなく、気まぐれルートのウオーキングを楽しんだ。今日午後から眼科医に行って白内障の手術を受けなければならない。日帰りだが、来月反対の目も手術予定となっている。最近急に新聞の字がぼやけて見えるようになった。


2024年4月14日日曜日

永遠に戻らない風景

昭和44年9月、新幹線岡山~博多間建設要員として広島に赴任したのだが、広島市内の事務所で2年半ほど経過したら宮島にほど近い大野町に設置された事務所に転勤することになった。そこの同僚たちと能登半島をドライブすることになり、緑剛崎や曽々木を見物した。その時のアルバムを見ていたら、もう2度と見ることができなくなった風景があった。

それは曽々木の窓岩で同僚と写した写真である。

窓岩は思ったより大きかった

崩壊の写真を見てもどこが壊れてどこが残ったのか分からない

吾々が座っていた岩は、中央の岩の頂上部なのだろうか。どうもそうとしか思えない。先日、弟が県に勤務する長男と一緒に被災状況の視察で写した写真を見せてもらったが、時国家にしても窓岩にしても本当に悔しい思いが湧いた。
思い出だけは大切にとっておきたい。

2024年4月13日土曜日

旧住宅の大半が2分割住宅に変貌している

先日のウオーキングだが、いつものルートを町内ジグザグコースに変更してみた。縦横に10年以上も通ったことがない路地を歩き回った。この住宅団地は昭和37年から分譲され、その後も開発部分の外側へと宅造が進んだ。ついこの間まで細長い田んぼだったところは、5戸の住宅が建てられ7、8年経過した。

10年前まで細長い田んぼだった場所に住宅が建てられた

昭和37年から昭和40年代に建てられた住宅は、だいたい60数坪の画地が多い。初期の住人は高齢者が多くなり亡くなった方が随分増えた。
そんな住宅に2戸の住宅が建てられ分譲されるのが一般的になった。10年前より町内の世帯数が220戸から300戸前後に増えた。これからもこの傾向は続くだろう。

最近の住宅は箱型というイメージに見える。屋根はフラットに近く前後左右もほぼ同じサイズで、我々の持っている住宅というイメージが変わってしまった。心配なのは耐久性。大雪の屋根に積もった雪は大丈夫なんだろうかと。ま、近年は屋根に1mも積もることが殆ど無くなったので心配しすぎか。

2024年4月12日金曜日

2年前に生家を購入してくれた移住者が被災

2年前に能登町の生家を購入してくれた外国人一家が、去年の秋に移住していたが、1月1日発生した能登半島地震で、砺波市の避難所に避難していること知った。新聞記事に掲載されていて、それで経緯が分かった。

生家の買い主グルトリンゲルさん家族の皆さん

能登半島地震で被災した能登町の移住者一家が砺波市の夢の平コスモス荘に二次避難し、2カ月に及んだ一次避難の疲れを癒やしている。能登の自然豊かな暮らしに引かれ、中古物件を購入して移り住んだ矢先の災害。先が見えない不安を抱きながらも、「大好きな能登に必ず戻ってゲストハウス開業の夢を実現したい」。砺波で心身を癒やし、能登で日常を取り戻す日を願って再起を誓う。

生家の内部

二次避難したのは能登町石井のフランシス・グルトリンゲルさん(43)、妻佳登(かすみ)さん(30)、長女澪凪(れいな)ちゃん(2)の一家。
ドイツ国籍のグルトリンゲルさんは旅行で能登の豊かな自然や文化、食などに引かれ、2017年に京都から移住。青森出身の佳登さんと結婚し、22年12月に能登町で築78年の木造2階建ての建物を購入。漆喰(しっくい)の壁やいろりなどを備えた旧料亭で、昨秋に家財道具を運び入れて移り住み、年明け早々に住民票を移す予定にしていた。

この記事を読んで胸が痛んだ。本当にお気の毒に思う。それでも全壊に至らず、修理して住んでいただけることを知り一安心した。民宿オープンには泊まりに行くと宣言しているので是非行って見たいと思う。

2024年4月11日木曜日

バイデン大統領に輪島塗カップとボールペン

岸田首相が被災地輪島を訪れたときに、田谷塗装店主田谷昂大さんと対談した際に、輪島塗のコーヒーカップと万年筆が注文され、バイデン大統領夫妻にプレゼントされることになったという。

プレゼントされたコーヒーカップ

ボールペン2本

アメリカを訪問中の岸田総理大臣は、日本時間の10日朝、バイデン大統領とジル夫人の招きを受けて、裕子夫人とともにホワイトハウスを訪れた。この中では贈り物の交換が行われ、岸田総理大臣からバイデン大統領に、能登半島地震で被災した、石川県の伝統工芸品「輪島塗」のコーヒーカップとボールペンなどを贈った。

コーヒーカップは無傷に残っていたものから選ばれた


コーヒーカップには、バイデン大統領とジル夫人のファーストネームが、まき絵の技法で金色で描かれていて、岸田総理大臣は地震で被災した職人が心を込めて制作したことなどを説明した。

大統領ご夫妻のプレゼントに輪島塗のコーヒーカップとボールペンが選定されたということは、輪島塗の高品質を世界にアピールされたが、岸田首相の粋な計らいである。

2024年4月10日水曜日

本日晴天なれど風強し

今朝の天気予報は沖縄から北海道まで「晴れ」である。こんなことは滅多にないことだろう。今日水曜日は町内グラウンドゴルフクラブの例会の日だった。で、8時半過ぎにグランドゴルフの会場である八幡公園へ向かった。町内の端から端に移動するので、所要時間は10分ほどかかる。8世帯の在所の前を通ると、道路端に大きな桜の木があるのだが、それが見事に咲き競っていた。

自分が会場に着いた時間は8時45分だったが、すでに8コース全てがセッテングが終わっており、2,3人が練習をしていた。9時前にはくじ引きをしてチーム編成するのだが、今日は10名で4,3,3の振り分けで3チームとなった、

風が強いがゲームに支障なし

このグラウンドに8コースが設定されており、二まわりすると10時半前後に終了することになる。メンバーは女性が過半数を超えているから賑やかなプレーとなる。2組の夫婦も参加されている。「だら話」して大笑いしながらのプレーは楽しい時間である。世話人から6月2日に開催される校下グラウンド大会の選手の発表があり、「選手」として出場するよう要請があった。決して腕はいい方ではないが、少しでも向上するよう毎週の開催日には欠かさず出席しようと思う。

2024年4月9日火曜日

満開桜堪能!平日なのに人の群れ

 昨日は1年ぶりに兼六園に出かけた。駐車場から横断歩道を渡り紺屋坂を登ったのだが、ぎっしり人の群れで埋まっていた。この坂の桜並木もお気に入りの処。それにしても外国人の多いこと!以前は中国語や韓国語が飛び交っていたが、今では英語を含め欧州語が多いように感じた。石川橋から眺める桜並木にしろ、石川門に至る並木にしろ、満開の桜は最高の眺めだった。

よか眺め!

昔の金大生はここが通学路だった

桜に埋もれた景色

曲水あたり

一回りしてここに至った 人の波は消えた

犀星の道

お気に入りの風景

昨日は桜ずくしのいい日だった。