珠洲市のいくつかある塩田のうち、1月の地震に続き、先月の豪雨でも被害が出たため江戸時代から行われてきた「揚浜式」と呼ばれる塩作りが出来なくなったという。
長橋町地内の塩田 |
珠洲市の長橋町では、江戸時代から「塗浜」と呼ばれる場所に海水をまいて乾燥させる「揚浜式」と呼ばれる方法で塩作りが行われている。
この地域で塩作りを行っている会社の塩田では、元日の地震で「塗浜」にひびが入る被害が出たが、修復が進められ5月から塩作りが再開していた。ところが、先月の豪雨で「塗浜」に大量の土砂が押し寄せたため、ふたたび塩作りができなくなり、ことしの塩の生産量は例年の10分の1の400キロにとどまった。
また、塩作りの要である「塗浜」は海水を通しにくくするため砂を押し固めて作られていて、重機で土砂を取り除いた後にふたたび固め直す必要があり再建の見通しは立っていないという。
塩作りの会社を経営する中巳出理さん(77)さんは「復興の兆しが見えた矢先の被災だったので、なんのために1度復旧したのか分からない。でも、ここで絶対負けない、挫けない、諦めないという思いで頑張らないと、塩田がなくなってしまうので引き続き頑張っていきたい」と話していた。
何と心強い人だと感心するばかりである。珠洲産の塩は全国的に評判がよい。塩田を再開したオーナーもかなり高齢者だが、元気である。私の友人(金沢在住)も塩田を保有しているという。塩田はないが、薪で煮詰めているという。何でも、薪は空き家がなんぼでもあるので全く不自由しないという。柳田の国民宿舎の売店で聞いた話だが、能登の塩は売れ行きがとてもいいと話していた。
水害にあって石ころが山積する塩田もきっと立ち上がるだろう。
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