My memoirs「あんなことこんなこと」
2026年7月5日日曜日
入院前にやるべきこと
2026年7月4日土曜日
あばれ祭り・・・思いだすなぁ
宇出津のあばれ祭りが始まった。幼い頃、キリコに乗って大声で「ワ~、イヤサカサッサイ!」と叫んだことが忘れられない。 40数本のキリコが一斉に元役場があった広場を目指して町内を練って回った。 そして、キリコに乗ている子供たちには桃が配られた。が、この時期の桃は時期が早すぎなのでうまいとは言えなかった。
| 金大生が担ぎ手の助っ人 |
| 頑丈な構造になっているキリコの土台 |
2026年7月3日金曜日
血液検査の異常値原因が判明
昨日は病院から指定されていた検査日だった。CT検査が午前中に終り結果を聞く時間が午後3時だったので一旦家に帰った。家で時間までのんびり過ごし、3時前に病院に戻った。
3時になり医師の部屋に入り話を聞いた。医師は何だか話しづらそうな態度だったが、胆管癌であるということを告げられた。癌の手術はしたことがあったのでそんなに大きなショックではなかった。家に帰ってからはだんだんとショックが大きくなってきた。PCで胆管癌を調べてみた。
胆管癌が比較的局所に留まっており、手術で切除できる場合、70代〜80代の患者でも5年生存率は約33か月と報告されているという。手術によって腫瘍を取り除くことで、余命は大幅に延びる可能性があるが、個々の体力や合併症の有無によって差がある・・・ということらしい。
2026年7月2日木曜日
今日わかる血液検査の異常値の原因
今日は先月行った各種血液検査、CT検査等の結果が判定される日である。どういう訳か、血液検査で肝機能に関する各種検査項目だけが異常値を示していた。自覚症状は全く出ていない。
病院は近くの総合病院だが、5年ほど前に肺炎で2週間近く入院したことがあった。
| 規模はかなり大きい |
この病院だが、施設が老朽化して建て替えする案をいくつか考えていたようだが、色々問題があってぽしゃったという。現在地では狭すぎるという。ま、予算的なこともあってか、中々決断実行までは行かないようだ。病院まで車で10分前後と便利のいい場所にある。広くて新しい病院がいいのに決まっているが、我が家から遠くなると都合がよくない。
| 待合室 |
拾数年前にはこの病院から1km足らずの位置に鳴和病院という国立病院があったが、その病院は移転したので少し遠くなった。現役の頃は健康診断等はそこで行っていた。
病院のお世話にはなるべくならないようにしてはいるが、高齢化とともに行く機会がどうしても増えるのは仕方ないのかもしれない。
2026年7月1日水曜日
十両陥落の玉鷲から元気をもらった
| 41歳とは思えないパワーがみなぎっている |
13年ぶりに幕内から十両に転落した“鉄人”玉鷲(41)が30日、IGアリーナで行われた力士会に参加。夭折の元横綱玉の海に復活を誓ったという。
夏場所は西前頭13枚目で2勝13敗と大崩れし、東十両7枚目に番付を下げた。2013年7月場所で再入幕を果たして以来、13年ぶりの十両。歴代1位の幕内出場回数は1497で足踏みとなり、同3位の幕内連続出場記録数は1152で途切れた。
玉鷲は29日に愛知県蒲郡市の天桂院を訪れ、部屋の先輩である元横綱玉の海の墓前で「よろしくお願いします。精いっぱい頑張ります」と伝えたという。1971年10月、横綱在位中に27歳で急逝した偉大な先人の墓を「神聖なところです。行くだけでいい刺激を受ける」と語った。
十両に落ちても闘志は衰えていない。「関取として戦える。喜びを持って頑張りたい」と前を向いた。41歳で現役というだけでもすごいと思うのに、十両陥落でも闘志は依然としてたくましい。 十両1場所で再入幕を果たしてもらいたい。
2026年6月30日火曜日
サッカー日本は格段に強くなったと実感
今朝2時、日本とブラジル戦が幕を切って落とされた。実際深夜に起きてTVを見たわけではないが、朝早くからどこのTVもこのニュースを取り上げていた。
去年だったか、ブラジルと日本が戦った際には、日本チームが勝利したので、本当に日本チームは強くなったものだとうれしく思った。
そして今朝、ブラジル戦が行われたのだが、前半戦で佐野が先制ゴールを決め「ひょっとしたらこの試合勝てるかも」と思わせて後半戦に臨んだ。
![]() |
| 佐野シュート! |
| やったぞ!と |
後半戦はブラジルが必死になって攻勢に出たが、ついに先制点が放り込まれ同点。そこからも必死の攻防戦が繰り広げられるも、終了間際にネットを揺らしたブラジルに惜敗した。
日本選手たちは国内ではなく海外チームで活躍することが一般化した。それに伴って、ボールを扱う技量が著しくアップした。日本チームはそんな選手をメインに据え対外戦をするようになって著しく戦力がアップした。
日本チームのパワーは今後の国際大会で大きな花を咲かせることだろう。
2026年6月29日月曜日
震災後初めて見附島等へ
昨日は町内シニアクラブの旅行会で奥能登方面へ行ってきた。奥能登へは震災前に実家売却で何回か行ったが震災後は行っていなかった。穴水までのさとやま海道はまだまだ復旧段階だった。穴水から珠洲道路を走り、合鹿を過ぎたあたりで真脇遺跡への短絡ルートを走った。
| 真脇遺跡で担当者から詳しく説明があった |
展示館内に入って色々説明を受けたが、写真撮影が禁止となっていたため1枚の写真もないのが残念。
| 縄文の小屋 |
| 縄文の小屋の内部 |
この遺跡の海側に能登線跡地が残っているので、建設に従事していた頃を思い出した。
ここの見学後、バスは一ノ瀬の九十九湾へ移動した。
| この付近に能登線建設事務所と独身寮があった場所 なので、思い出はつきない |
| イカキングは大人気だが、計画段階では大もめだった |
