2026年5月6日水曜日

里帰りもUターンの日となった

今日は6連休の最終日。久しぶりに里帰りした家族連れは楽しく連休を過ごし、とうとう今日は帰る日となった。しかし、東京まで2時間半前後で行ける時代になり本当に便利になったものである。今では小松から飛行機で東京に行く人は希だろ。


自分も長年にわたり、連休や祭り、旧盆、年末年始には必ず旧柳田村へ帰省したものだった。5人の兄弟が子供や旦那sんや奥さんを連れてくるので、お盆なんかは20人前後にまで膨れ上がった。
 おふくろはてんてこ舞いだったが心から歓迎していた。       

どの高速も上りが渋滞している

今日は朝から晴天。お陰様で水曜定例会のGGは8人で楽しむことができた。くじ引きでチーム分けするのだが、今日は希な組み合わせとなった。なんと、女性4人と男性4人のグループとなった。やはり味気ないゲームだった。
来週も晴れるよう祈ろう。

2026年5月5日火曜日

親父と同居するつもりだったが

自宅の地鎮祭をした際の写真があった。時は平成8年8月24日、建て主と建築業者が現在地で執り行った。この時は金市交差点から金信方向に3軒分、同8号線方向に4軒分の画地で1軒だけが完成していた。

この空き地を購入した

そして平成8年8月24日、この地で須岐神社の神主に依頼した地鎮祭を執り行った。

建築主、須岐神社、日本電建の関係者で執り行った

毎日のように現場に訪れた

建築は年末までとしていたが約1週間遅れた

家を建てることになった原因は、能登に住んでいた親父が脳梗塞で倒れ同居する予定で建築したのだが、引っ越し予定の直前に親父が逝去してしまった。これが心残りとなっている。親父には新築中の家の状況を病院から連れてきて見せてやったら顔を歪めた。きっと笑顔のつもりだったに違いないと思うのだが。

2026年5月4日月曜日

窓岩付近にあった小さな製塩所を思い出した

5月5日のこどもの日を前に、曽々木海岸にある景勝地、窓岩でこいのぼりが掲げられ、イベントが行われたという。
窓岩は、岩穴から夕日を望む奥能登の絶景の一つとして親しまれていたが、能登半島地震で岩の上部が崩れ、岩穴がなくなってしまった。あの窓岩の佇まいが無くなってとても残念でならない。


こうした中、地元の住民や観光協会が復興への希望としてこいのぼりを掲げ、去年からこの時期にイベントを開いている。
3日は全国から集まったこいのぼり約40匹が海岸沿いを雄大に泳ぐ中、輪島の伝統芸能御陣乗太鼓が披露された。

会場には飲食ブースも設けられ売り上げは先日の山火事で大きな被害を受けた岩手県大槌町の支援に充てられるという。
曽々木観光協会 奥野優会長:
「復興の起爆剤になって3年4年5年と続けて行きたい。人が来ないと寂しい町になるので、大勢の人に来て欲しい」

窓岩のこいのぼりは、5日まで掲げられているという。
子供の頃(S26,27)、この窓岩の広場には傾きかけた小さなかやぶきの製塩所がずらりと並んでいたが、やがてそれらは取り壊し撤去されて空き地になった。そんな風景を知る者はもう本当に少なくなってしまった。

2026年5月3日日曜日

連休の賑わいは年中連休の身には足腰が痛む時節

ゴールデンウイークの5連休が始まった。もう随分昔の話になったが、広島から能登に帰省するとき、上の娘が4才、下が1才の頃だったのだが、広島から岡山まで在来線、岡山から米原まで新幹線に乗り継いだのだが、岡山で混雑するホームで娘の手を引いて歩いていたのだが、いつの間にか手が外れあたりを見回したら、他の人と手を握って歩いていたので娘の名前を大きな声で読んだら、驚いて泣き出したことがあった。連休がやって来る度にそんな思い出が蘇る。
観光客で賑わう兼六園

昨日は県内は好天に恵まれ、金沢駅や行楽地は休日を満喫する県内外からの観光客らでにぎわったという。物価高騰が続く中でも、旅先ではぜいたくしたいと財布のひもを緩める人も見られた。
東茶屋街も人気スポット
金沢駅は入り込みがピークを迎え、観光客や帰省客で混雑した。JR西日本金沢支社によると、午後4時時点で、北陸新幹線の自由席乗車率は「はくたか」2本で120%となり、7本で100%を超えた。

そんな喧騒をよそに、昨日は朝からずっと庭の除草に明け暮れた。最近はしゃがんで作業すると足腰がすぐ痛くなる。歳を実感するなぁ。

2026年5月2日土曜日

だまされそうになったガセネタ

中国に関するニュースが有り余るほど入って来るが、最近の傾向として中国の主要都市では不景気で倒産が激しく人通りも絶えている・・・という記事が溢れている。上海や北京等に行ったことがあり、えっと思わせるニュースも入って来る。
先日、上海の現状がどうなっているか気になったので上海に関するニュース等を探った。するとあるわあるわで溢れていた。

こんなタイトルの記事がおおくあった


こんなタイトルの動画を見たのだが余りにもイメージと大きく違うので、実際に上海に行ったという人の投稿があった。

この度筆者も丁度実際に上海を訪れる機会があったため、情報の信ぴょう性を確かめるべく現地の様子を調査しました。結論から言うと、YouTube動画で描かれているような「廃墟化」した都市の姿は、一面的な誇張に過ぎないように思えました。まず、上海の中心地である外灘や南京東路を歩いてみると、観光客や地元の人々で賑わいを見せており、ビル群の光り輝く夜景は健在です。一部の商店が閉鎖されているエリアもありましたが、それは再開発や店舗の移転に伴う一時的な現象であり、都市全体が廃墟化しているわけではありません。筆者は2019年末、コロナ禍直前の時期にも上海を訪れていますが、その時と比較しても、今回は観光客の数が格段に増加しているように感じました。特に、外灘周辺の絶景スポットには多くの国内観光客で賑わいを見せており、まるでフェスティバルのような活気がありました。ビザルールの変更によってか外国人観光客はあまり見かけませんでしたが、中国各地から訪れる観光客の勢いは、むしろ数年前にも増しているようです。

フェイクニュースと過剰報道
一部のメディアやSNSでは、都市の衰退や経済危機を強調することで注目を集め        ようとする動きがあります。実際の状況よりも悪化しているように見せる映像や、意図的に編集されたニュースが、今回の噂の火種となっている可能性が高い。

とは言うものの、中国の不景気はますます拡大して、失業者が溢れているというニュースもある。疑問に思ったらニュースソースの出所を変えて記事を読むことが肝心のように思う。

2026年5月1日金曜日

広岡のライブホール計画

広岡といえば国鉄アパートや独身寮、それに体育館があった場所という印象が強く残っている。国鉄がJRになってから、アパートを残して徐々に解体され、空き地が目立つようになっていた。現在、駐車場となっている場所もその空き地である。
JR金沢駅の西口近くで建設が予定されているというライブホールは、周辺にオフィスビルが建ち並ぶことなどから、落ち着いたグレーを基調としたデザインとし、景観に配慮するとしているようだ。
ここには独身寮や体育館があった

このライブホールは西松建設やJR西日本、石川県が開発を進めていて、運営は全国でライブホールを展開する「Zeppホールネットワーク」と連携する予定だという。
ライブホールの建築工事が来月7日から始まるのを前に、建設会社が外観のデザインを公開した。


ライブホールは、JR金沢駅西口からおよそ500メートル離れた広岡3丁目に建設され、周辺にはオフィスビルが建ち並ぶことから外観は落ち着いたグレーを基調とし、周囲の景観に配慮するという。
また、建物の一部には石川県産のスギを使用するという。
工事は来年11月まで行われる予定で、その後、年内の開業を目指しているという。

元国鉄職員なのだが、国鉄新線建設や複線化工事を所管とする業務機関が岐阜市に設置されていたので単身赴任が長かった。県内では能登線建設や金沢駅付近高架化関係で宇出津・小木・鵜飼、金沢の各工事区に勤務した。イカキング付近にあった事務所勤務が懐かしい。

2026年4月30日木曜日

出光佐三の出番なのだが

アメリカがイランの海上封鎖を続けているが、今から73年前にもイギリスが海上封鎖をしていた。その出来事を記した百田尚樹の小説を以前読んだのだが、海上封鎖の状況がよく似ている。

日章丸
海上封鎖のなか極秘でイランから石油を持ち帰ることに成功という小説

イランの石油国有化への報復として、イギリスは艦隊を派遣し海上封鎖を行った。これによりイランは石油を売ることができなくなり、出光佐三はイギリスの汚いやり方に憤慨した。出光佐三は撃沈されるリスクを冒して、自社で保有していた大型タンカー日章丸を神戸港から極秘裏に出港させた。

先日、出光丸海峡通過!

もちろん、国際法上の対策や法の抜け道を利用するための必要書類の作成、航海上の危険箇所の調査などの入念な準備をした上でだった。航路を偽装するなどイギリス海軍に見つからないようにすることで、日章丸はイランに到着。そして石油を日本に持ち帰ることに成功した。

この事件は、世界中で報道され国際的事件として知られることになったが、それと同時に出光佐三の驚異的な行動力を示す逸話としても有名になったのである。
今また、この佐三のような男が現れ「スカッとする」人間が現れないか・・・と期待するのだが・・・。