2026年3月12日木曜日

あれっ、いつの間に?町の様子が変わっていた

 2,3日前の良く晴れあがった日だったが、いつものコースでウオーキングしていたら、「あれっ、いつの間に?」という景色に遭遇した。家から10分前後の場所になるが、随分前からそこは空き地だった場所。

2,3日前、ここを通った時はこんな風景ではなかった

何ができたのか分からなかったので近づいてみた。
入口の看板を見ると、「トランクルーム」と表示してあった。

右手アプローチ

入り口はフリーだったので中に入ってみた。置物はJRの貨車を車輪を外したような外観だった。それが右手に3戸、左手に4戸がおかれていた。この周辺では収納庫をレンタルしているので需要はあるのだろう。

左手の収蔵庫

この周辺では8号線に接して広大な空き地がある。空き地の一角に土地の利用計画図が張り出されているが、具体的なイメージがわかない。だが、街の様子は徐々に変わりつつある。

2026年3月11日水曜日

ちょっと早いが

今朝は晴天が広がった素晴らしい日となったが、気温がとても低い。先週開催された町内GG同好会の食事会で、幹事から毎年4月開始となる例会だが、来週水曜日から開始すると通告があったので、年が変わって第1回目となる定例会が本日開催された。             開始時刻は9時丁度。何人集まるか心配したが、男性3人女性4人が集まった。そんなに激しいスポーツではないので週1の定例会では楽しくプレーしている。

場所は旧在所にある荒屋グラウンドだったが、初回なので折れた木の枝の散乱しているのを片付けてから試合開始となった。

荒屋グラウンド

毎回プレー前に2.3人の世話役が8ホールを設定している。用具は各自が持参しているが、町会備品の用具を使用している者もいる。

さて、話は急転するが、パソコンにあるデータに貴重な写真を見つけた。場所は曽々木窓岩なのだが、それは地震で跡形もなく消滅してしまった。ただし、この写真は自分で撮影したものではない。

夕日の一瞬を捉えた貴重な写真

曽々木のシンボルだった窓岩。子供の頃、この岩の周りを泳いだ記憶がある。
ま、ないものをねだってもらちは開かない。

2026年3月10日火曜日

城内キャンパスの合格発表を思い出した

1683人に「サクラサク」キャンパスは喜びに包まれて 金沢大学で前期日程の合格発表という記事が目が留まった。三十数年前になるが、金沢城内にあった金大の合格発表を見に行ったことを思い出した。娘が東京の私大や国立二期校を受験して上手くいかなくて、ダメ元で地元校を受験した。車で行ったのだが、どこから入ってどこに駐車したのか思い出せない。たぶん県営の駐車場と思うのだが・・・
そして張り出されたボードを見に行った。何と名前があったではないか!自分のようにうれしかったことを思い出した。


 これより前の経緯だが、東京のある私大へ受験のため一緒に電車に乗っていた時、富士山がばっちり見えた。慌てて娘が指を折って握りしめた。富士山が見えたら不合格、ただし、指を折りたたんでいればいいという。そんな言い伝えがあることを初めて知った。

その1週間後に不合格となったことがわかった。ある二期校結果もだめだったので、浪人覚悟で受験したのだが、何と合格したのだった。しかし、二次試験で運動能力の逆上がり試験があるというので、家の近くにあった小学校の鉄棒で深夜だったが練習指導した。散歩しに来た人が怪訝な顔をして見られていた。

そんなことを思い出させる記事だった。

2026年3月9日月曜日

機関車運転の秘かな思い出

 平成17年3月31日の出来事は断腸の思いそのものだった。その日、何があったかというと能登線穴水~蛸島間が永遠に廃止される日だった。
吾が青春時代に精魂こめて築いた能登線が廃止されたのである。そのショックは大きかった。この歳になっても、まだその悔しさは消えていない。
平成16年6月、あと10か月の運命である能登線の「乗り納め会」を友人夫婦6名でやった。

その日撮影の能登小木駅手前の市ノ瀬付近

なぜこの写真を写したか、それはこの場所で建設中の写真を撮影したからに他ならない。
それが次の写真である。

上の位置より少し前進している場所で道床砂利取りおろし中

この写真撮影は昭和37年9月頃である。この機関車を日曜日に宇出津第二トンネルから田ノ浦まで無断運転したこともあった。途中、踏切も何か所かあったので、考えてみればめちゃくちゃなことをしたものだと自責の念にかられる。しかし、田ノ浦は素晴しい景色だった。秘かな思い出として大切にしまっておこう。

2026年3月8日日曜日

大谷川河口付近に万博大屋根リングが復興公営住宅の建設に寄与

大阪万博の大屋根リングの一部が、珠洲大谷に建設予定の復興公営住宅の建築資材として利用されるという。
そんな記事が朝刊にあった。
 ●珠洲・大谷に40戸 28年1月完成予定
能登半島地震や奥能登豪雨の被災者向けに建設される珠洲市大谷町の復興公営住宅について、世界的建築家の坂茂氏が大阪・関西万博のシンボル・大屋根リングの木材を活用して設計することが7日までに決まったという。世界から注目を集めた祭典のレガシー(遺産)を著名建築家の手で住まいに再生し、復興の象徴とする。坂氏は北國新聞社の取材に「シンプルで力強く、住み心地のよい住宅にしたい」と意欲を語った。

大屋根リングは「世界最大の木造建築物」としてギネス世界記録に認定され、閉幕後に解体が始まった。約2万7千立方メートルの木材のうち、珠洲市には約1200立方メートル(約1500本)が譲渡される。

大屋根リングの木材を利用して建設する復興公営住宅のイメージ図

計画では、2階建て2棟と平屋建て3棟の計40戸を建設する。木材は加工せず、そのまま梁(はり)や柱に用いる。お年寄りが多いことから平屋建てを増やすとともに、海岸付近の立地を生かし、2階部分からは海の眺めも楽しめるようにする。
2028年1月の完成を予定する。

写真を見ると右手の端の方に学校の建物らしきものが見える。大谷へは何度も行ったことがあるが学校が海岸べりにあるとは知らなかった。左下に大谷川の護岸が見えた。ここは空き地だったところだということに気づいた。

万博の大屋根リングが復興住宅に利用されるということを知り、大阪万博に行って大屋根リングの上を歩いたり、リングの階段を上ってリング下を楽しんだりした思い出が蘇った。それだけに、その材料が大谷で利用されることが自分のことのようにうれしく思う。

2026年3月7日土曜日

昭和30年代のぎりぎり道路バス運行

今朝の新聞の、狭い路地を走るバスの写真が気になった。何だか自分が高校生の頃の雰囲気があった。記事は、次のように綴ってあった。

(昭和37)年1月17日、金沢市川上新町2丁目(現菊川1丁目)の住宅密集地を走る北陸鉄道小立野線のバスだ。当時の北國新聞は「サーカス運転」と例えた。人家すれすれ、側溝や左右の障害物を巧みにかわす運転手のハンドルさばきは、まさしく曲芸に近い。

よくもまぁこんな狭い道を
対向車が来たらどうしたんだろう
そして、うそのような記事が掲載されていた。「屋根によくバスが引っ掛かって、瓦が落ちとった。すぐ向かいにあった瓦屋が、いつも直しに行ってたね」。菊川1丁目で「平木屋旗店」を営む平木勲さん(85)の証言である。 バスが他の車と行き違う時には、女性の車掌がかばんを提げたまま降車し、「オーライ、バック」と笛を鳴らして誘導していたそうだ。初心者の運転手が訓練のためにこの路線に送り込まれた…といったうわさもあったとか。昭和30年代の金沢の裏通りは写真の通り、薬局や食堂、理髪店など小さな店舗がずらりと並び、住民でにぎわっていた。人通りも多い。朝には県庁や市役所に勤める人が、列を作ってバスを待っていた。屋根にぶつからず、人も避ける「サーカス」の重圧たるや相当なものだっただろう。

この記事で高校の頃、徒歩で通ていた大学病院前~笠舞~寺町~泉野の登下校した思い出が次々と蘇った。そういえば、S37小木在勤していた頃、宇出津~小木間のバスも小木港付近の国道で庇にぶつかる箇所があった。しかし運転手の皆さんはアクロバット運転で難を凌いでいた。

2026年3月6日金曜日

東京、大阪に次ぐ勢力になれ!

明後日から春場所が始まるが、幕下上位の可貴と炎鵬が十両昇進の可能性がある位置にあるので、県出身者5人の関取が実現する。これは楽しみだ。今朝の記事にこんなことが掲載された。最多の関取5人なるか 春場所8日初日 炎鵬、可貴勝ち星次第で十両 東京、大阪に次ぐ勢力に・・・と。

 大相撲春場所は8日、大阪市のエディオンアリーナ大阪で始まる。石川県出身の関取では、いずれも津幡町出身の横綱大の里と西前頭11枚目欧勝海、東十両5枚目の輝が最終調整に励む。幕下は炎鵬が4枚目、可貴が11枚目と十両昇進の可能性がある番付で、5月場所で戦後最多となる5人同時関取へ期待が膨らむ。

可貴 秀太   西幕下十一枚目
 (かき しゅうた)
所属部屋追手風
本名可貴 秀太
しこ名履歴可貴
生年月日平成14年5月16日(23歳)
出身地石川県小松市
身長191.0cm
体重142.0kg
得意技右四つ・寄り
初土俵令和七年五月場所
最高位幕下十一枚目

日本相撲協会によると、都道府県別の関取数は、東京と大阪が6人でトップ、次いで千葉と熊本が4人、石川、福島、神奈川、鹿児島が3人となっている。幕下2人が十両に昇進すれば、石川は5人となり、東京、大阪に次ぐ一大勢力となる。国別ではモンゴルが11人。
大の里は初場所は横綱になってワーストの5敗を喫したが、懸賞は498本(2988万円)でトップだった。

初場所10勝5敗と優勝争いに絡んだ欧勝海は、西前頭11枚目に番付を上げて春場所に臨む。6勝9敗と負け越した輝は東十両5枚目で再入幕を目指す。

 炎鵬は、7勝全勝なら再十両だった初場所は最後の一番に敗れて6勝1敗となり、あと一歩届かなかった。左足首を痛めたが、今場所は十両の見える位置に付けており、序ノ口まで転落した幕内経験者として史上初となる十両返り咲きを狙う。

先場所5勝2敗だった西幕下11枚目の可貴は全勝優勝すれば新十両が確実だ。
県出身者の力士の活躍が楽しみだなぁ。