2026年6月4日木曜日

商店街の面影はあれど・・・

自分が7才の頃、母が3つ上の姉に「もうすぐ生まれそうだから産婆さんとこに行ってきて」と頼んだ。その時代はだいたい出産は産婆さんにお願いするのが極普通のことだった。旧柳田村では、複数の産婆さんがおられた。そして時代は変わり「今」は、病院で出産が普通になっているのだが、能登では出産が少数となって、新しく建設される総合病院は産婦人科は設けない方針が固まったという。

昔は活気のある柳田村商店街だったが
今はその見る影もなくなった

今朝の記事に
人口減少や医師不足などにより分娩や周産期医療体制が大きな課題となっている。
今月に出産を控える女性が3日、能登町役場を訪れ、安心して出産できる体制を整備するよう申し入れた。横浜市から能登町に移住した久手堅真登香さんは、6月に第5子の出産を控えている。

能登半島地震のあと、奥能登では分娩機能が備わった病院が無くなり、久手堅さんは自宅で出産することを選んだ。5月に行われた奥能登4つの公立病院の統合を話し合う検討会でも、新たな病院に分娩機能を設けない案が持ち上がり、奥能登の周産期医療の課題が改めて浮き彫りとなった。久手堅さんは妊婦の立場から、次の世代も安心して出産できる体制を構築するよう求め、新病院に分娩機能を整備するよう、提言書をまとめ、3日、能登町の吉田義法町長に手渡した。

それにしても最近は余りにも人口減が激しい。地震がそれに追い打ちをかけた。子供の頃に通った柳田村商店街はそれなりに賑わっていた。年末年始の大売り出しも大忙しだった。商店街の「くじ引き」は大いに賑わった景色が思い出される。地震直前に現地に行ったのだが、殆どの店舗の戸は固く閉ざされて、往時の見る影もなかった。そこに地震、気の毒になるくらい賑わいは消えていた。悔しいが昔の繁盛した景色はもう見られそうもない。

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