2025年4月17日木曜日

懸案の垣根(レッドロビン)の剪定が終わった

レッドロビンを敷地境界に沿って垣根にしているが、毎年この時期になると、隣の敷地に枝がはみだしたり、垣根の天端があちこち伸びすぎの枝が目立っていた。そしてようやく剪定を終えたのが3日前。荒れる前日までに作業を終えたのでホッとした。そのほか、アンズや梅の枝が隣接地にはみ出ていたので、これも剪定した。

生け垣は手間がかかる

もう10年以上が経過したのだが、毎年連休に能登空港前で能登キリシマツツジの展示即売会が開かれているが、10年程前に小さな株を購入して盆栽にしていた。それが2,3年前に枯れて花も咲かなくなった。ところが、その鉢を見ると花芽が出ているではないか。

枯れた枝を切ったのでバランスが良くない
しかし、新たな芽が出て今年は花が咲きそう

今日は久しぶりに晴天の穏やかな1日になりそう。家の裏にある一筋の「畑」をなんとかせんといかんなぁ。

2025年4月16日水曜日

年間100万人も県立図書館へ

まだ2年9カ月しか経たないというのに来館者数が300万人を超えたという。この数字の中に町内のサロンで1回行った分が含まれているだろう。それにしても凄い数字である。全県民が3回という計算になるが、殆ど毎日行っている人もあるだろう。 

アニメとのコラボ企画が好評だったことや、さまざまなメディアで取り上げられ、石川県内だけでなく、全国各地や海外からも多くの人が訪れているという。県立図書館は3年前の2022年7月に金沢市小立野にオープンした。地上4階、地下1階の大規模な施設で、およそ30万冊の蔵書に加えて「子どもエリア」なども備え、昨年度は日本図書館協会の建築賞を受賞した。

昨年度の来館者数は前の年度より16万人余り増え、119万2832人で、オープンから2年9か月で累計の来館者数は、300万196人になったという。

さて、自分としては次回は何時に?

2025年4月15日火曜日

毎朝でも散歩したい道

利尻島の旅行で、バスガイドが「ちょっと集まって」と言って明日の予定について話し始めた。早朝に旅行予定にない場所に行くので希望者は6時までに集合してくださいと指示があった。行先は「姫沼」という場所らしい。この日の夕食後にこれも希望者を募って夜空の星の観察に出かけた。翌朝、6時にバスに乗り込み姫沼に向かった。10分前後で到着したが、降りてから10分ほど歩いた。視界が開け素晴らしい景色が見えた。

ここから左側の歩道からスタート
遠く利尻岳が見える

心地よい散歩道を歩き始めた

右手に湖面を見ながら

あっという間の15分 素晴らしい散歩道だった

こんな道が近くにあれば・・・と思うのだが利尻島は余りにも遠い。写真でその気になろう!

2025年4月14日月曜日

母いわく、「わりゃあんな遠いとこ、よう行ったなと言われた」

幼い頃、母から聞いた言葉がある。それはタイトルに示した言葉だが、これは、海軍々人だった父が結婚して間もない頃に中国ハルビンに駐留していた ことから、奥能登宇出津から中国ハルビンへ遭いにいったという。幼い頃の話だからただフーンと云ったことを思い出した。

そんなことを思い出してハルビンは何処にあるか調べることにした。広大な中国の北部に位置していた。なぜ日本海軍がこんな遠い奥地に拠点を設けていたのか不思議に思う。幼い頃に親父のアルバムにスケートをしている写真があった。そこは極寒なので黒竜江という川が凍結するからスケートが盛んだったと語っていた。

現在のハルビン市街地

宇出津~ハルビンまで4千kmくらいか

地図を見て驚いた。二十歳前後の若い女が単身でよくぞ奥能登から門司、大連、ハルビンまで行ったものだと感心せずにはいられない。まだ存命しているならば103歳前後、若かりし母の行動力に舌を巻いた。

2025年4月13日日曜日

3人の移住者による「大谷こいのぼり復活」

20年程前の話になるが、五月の連休に家族と実家へ行った翌日、家内と子供二人を乗せて灯台を見ようとドライブした。飯田から禄剛崎を回って曽々木方面に向かっていた。大谷地内に入って大谷川にさしかかった時、こいのぼりがずらりと泳いでいる風景に出くわした。
こんなイベントを企画した人は地元の人なんだろうかと思いながら、しばし鯉のぼりの泳ぐ光景を楽しんだ。
今年は豪雨があったことから、中止だろうな・・・と思っていた矢先、新聞で開催されることを知った。

新聞掲載の写真
2019年5月の「大谷川鯉のぼりフェスティバル」。450匹ものこいのぼりが川の上を埋め尽くし、来場者が青空を泳ぐこいのぼりを見ながらステージショーなどを楽しんだ=珠洲市大谷町で、中日本社ヘリから

新聞によれば、企画は震災後に移住された3人によるという。災害に苦しむ地元の人たちを元気付けようと奮起。移住者のパワーは素晴らしい。




大谷川鯉のぼりフェスティバルは、これまで地元住民でつくる「一歩の会」が主催し、大谷川で約40年間にわたり開かれてきた。川を渡すように450体のこいのぼりが掲げられ、全盛期には2日間で約1万5千人が訪れたが、能登豪雨で川に大量の土砂が流れ込み開催できなくなった。

毎日が日曜日の者にとって、こんな人たちの話を聞くと「眩しい」。惜しみなく拍手を贈ろう。

2025年4月12日土曜日

4、5年後になる筈が近日中に240人が能登に

 今朝の新聞で、オウッ!と思わず声が出そうになった。航空石川が校舎や寮が地震で壊れ、修復まで東京に移転中だった。帰れるのは4,5年後と報道があったが、今朝の記事で嬉しくなった。

14日以降、寮の一部利用可能 東京・青梅へ避難中、まず野球部など240人というタイトルの記事で嬉しくなった。

航空高校校舎

航空石川高の生徒が、能登半島地震で避難している東京・青梅市から輪島に戻ることが昨日(11日)、分かったという。調査の結果、危険性が指摘された学生寮は一部であれば利用可能と判断、14日以降に、選抜高校野球大会に出場した野球部のほか、剣道、男子サッカー、女子バスケットボール各部の計240人が順次、奥能登での生活を再開する。授業は同じ敷地内にあり、被害が比較的小さかった日本航空大学校の校舎で受ける予定だという。

航空高校位置図
昨年元日の地震以降、輪島の学校で活動できず、生徒は同3月まで系列校の山梨・日本航空高へ避難。その後、東京・青梅市の明星大キャンパスで高校生活を送っている。 輪島の学校施設は今年3月までの被害調査で、基礎部分のコンクリートやボルトが破損し、校内で唯一の食堂がある学生寮は地盤が崩れる可能性があるとされた。再度大きな揺れが発生した場合、倒壊の恐れがあることから、4月に輪島に帰ってくる予定だった野球部員などは青梅にとどまった。

間もなく夏の甲子園の地区予選が始まる。是非、「航空石川ここにあり」と大活躍を期待したい。

2025年4月11日金曜日

能登さくら駅あれこれ

能登さくら駅の桜が満開だという。
この駅にはたくさんの思い出がある。その一つは、昭和31、2年頃だが、この駅を通過すると穴水駅で飯田行きの国鉄バスに乗り換えする客が降車口に向かって競ってずらりと並んだ。穴水から飯田方面へバスに座って行くためだった。

能登さくら駅の桜が満開!

もう一つは、国鉄が分割民営化に際して余剰地の売却業務で、駅舎右側の宿舎用地を売却する土地として更地化することになった。この場所の更地化とは桜の木を数本伐採することだった。一応、地元に伐採の旨を連絡したところ、おばあさんが植えた木なので絶対反対だとクレームがついた。その人は元国会議員坂本三十二氏の関係者だった。
その後、転勤でこの件に関わらなかったが、民営化後も桜の木は残った。

駅舎右側の空き地に植わっていたが、今は伐採されたようだ
今朝の記事より
能登さくら駅の愛称で親しまれている穴水町の、のと鉄道「能登鹿島駅」。ホームを包む約100本のソメイヨシノは…10日、ちょうど満開を迎えていました。 そして…桜色に映えるブルーの電車が到着すると、平日にもかかわらず訪れた多くの人がカメラに収めていました。
訪れた人は: 「きれいですね見られてよかったですたくさん撮りました。きれいでびっくりしましたバッチリだと思います。」 加賀だけでなく能登でも一斉に咲きましたね。はい。ここ数日、平年より暖かい日が続いていますので開花が一気に進んでいるようです。 

訪れた人は: 「きれいですね見られてよかったですたくさん撮りました。きれいでびっくりしましたバッチリだと思います。」 加賀だけでなく能登でも一斉に咲きましたね。はい。ここ数日、平年より暖かい日が続いていますので開花が一気に進んでいるようです。 

2025年4月10日木曜日

雪に埋まる室堂の新聞写真を見て

今朝の新聞で金沢在住の登山愛好家形屋利幸さんが撮影した白山室堂の写真が掲載された。
この写真を見て、もう20年ほど前になったが、家族で白山登山したことを思い出した。

4月半ばとなっても室堂の雪は深い

白山に毎月登る形屋さんによると、3月は雪に埋もれて屋根が見えなかった。3月と比べて雪は1メートルほど解け、積雪は約3メートルとなった。形屋さんは「地上に比べるとずいぶん遅い春が来た」と声を弾ませた。

登山シーズンには大勢の人が訪れる

白山登山の写真を探したら室堂で撮った写真があった。

撮影記録では03年、もう22年も前のことだった

残念に思うが、80を回るともう再チャレンジする意欲は失せてしまった。
ま、しゃーないか。

2025年4月9日水曜日

最高のコンディション

AM8時40分、玉とお茶をいれたバッグを肩にかけ、ケースなしのステッキ を持って約500m向こうの八幡公園へ向かった。今日は毎週水曜日開催のグラウンドゴルフだが、なんという青空、風もさわやか、申し分のないコンディション。会場に着くともうコースのセッティングが終わって数人が練習中だった。町内グラウンドゴルフクラブが結成されて18年も経過した。

桜が満開の元、こんないい日はない

平成18年から長く会長をされた人も高齢でケアセンターに入所され、その後亡くなられた。現在2代目の会長のもと、十数名が毎週楽しんでいる。

               女性軍もがんばっています

話題が急変するが、先日TVを見ていて現在103歳の男性が山の中で一人暮らし生活をしているのを見て驚愕した。畑で野菜作りもしているという。

山口県在住の103歳男性

な、なんと、パソコンもお手の物だという

82で高所恐怖症の身としては、何と心強い人にあこがれた。
そういえば、同級生の友達から聞いた話だが、その人のおじさん(101歳)が、施設に入所することになって、パソコンをしたいと告げて、施設側がPCができるように配線をしたという。いやはや凄い老人たちである。その年齢まで元気に生きる術を教わりたいものである。


2025年4月8日火曜日

町内5か所の満開桜

桜が満開と宣言されてから昨日(7日)、町内の桜の様子を見て回った。これまで、同時に町内の桜を見て回ったことがなかった。

南小公園の桜並木
この桜だが、2,3年前まではもう少し樹勢が良かったが、道路にはみ出るため市が思いきってバッサリ。ちょっと寂しくなった。今年は事情があって町内の花見大会が中止になったのが惜しい。

北小公園の桜
実はここは公園外にある。畑の地主の好意で残してあるという

荒屋町在所の桜
私有地内にある

八幡公園で最も大きな桜

八幡公園
まだこれから伸びる桜

馬道公園

ぐるっと1周して1時間。満開桜を堪能した。
本当は犀川の桜並木を見たかったのだが、近場の桜もなかなかのものだった。

2025年4月7日月曜日

思い出が詰まった1枚の写真

グーグルアースで道路風景を位置を進めながら見ていて、子供の頃に住んでいた在所の神社前の広場に至った。その写真を見ていると、次々と思い出が湧いてきた。

この写真は震災後に写されたので、神社はブルーシートで囲われ、鳥居や石碑が倒壊しているのを確認できる。

かつて旧盆になるとこの神社前の広場では、奥能登一円の相撲取り連中が大関の奥弓を目指して格闘した場所でもある。石井青年団が主催し、土俵や観覧席を設け寄付金を集めた。この写真からは想像し難いが、選手が熱戦を繰り広げ夜遅くまで大歓声で沸いた。昭和30年前後の時代であった。

そういえば、42の厄年で同級生と二人で賽銭箱を寄付した。また、その20年後に神社の引き戸取り換えの費用を寄付もした。

子供の頃は広場で野球したり、神社本殿内でかくれんぼしたり等々、本当にお世話になった神社である。そんな思い出が詰まった写真であった。

2025年4月6日日曜日

「関税だけじゃないんだぞ」とトランプ追放デモ

就任して今日で丸3か月、それにしても世界中が混乱の中に引きずり込まれた。得意げになって関税率の割り当てを自ら発表した。俺様は神だといわんばかりの振る舞いに腹がったのは自分だけではなかった。

各国関税率票を得意げに掲げて発表するトランプに腹が立った。
ワシントンでは昨日、トランプ就任以降最大となる抗議デモがあったという。俺様はこの世で一番偉いんだと得意げに語っている。


ワシントンで5日、トランプ大統領や政府職員の大幅削減を進める実業家マスク氏に対する数千人規模の抗議集会が開かれた。米メディアによると、全米で同様の集まりがあり、トランプ氏就任以降で最大規模のデモになった。

 
「トランプ氏とマスク氏を止めろ」「トランプ政権はファシズムだ」。ホワイトハウス近くのワシントン記念塔周辺の広場に、さまざまなプラカードを掲げた人々が行き交った。教育関係の仕事に従事するサム・ゴールドマンさん(37)は「政権を止められるのは国民だけだ。政権が消えるまで、抗議活動を繰り返さないといけない」と語気を強めた。

トランプ氏のスローガン「米国を再び偉大に」をもじって「民主主義を再び偉大に」と書いた横断幕を掲げた衣料品デザイナーの女性(59)は、トランプ氏が「裁判所の命令にも従わない」と嘆いた。

こんな人物を選んだアメリカは世界の敵に成り下がった。

2025年4月5日土曜日

自由通路から見える風景

昨日はウォーキング日和だったので家から東方向に向かって歩いた。踏切付近に咲いていた桜がもうすっかり散っていることに驚いた。駅の階段を2段飛びで上がり自由通路に出た。ここからの眺めがお気に入り。通路の金沢方の風景を見ていたらポルテ(日航ビル)が見えた。

森本駅自由通路から撮影
金沢駅前のポルテが見えていることに気づいた

駅から直線距離で6km前後だが、意外と目立っているではないか。この写真で構内の空き地が目立つが、かつてここには金沢ヤード(貨物基地)から森本駅まで貨物通路線があった。これが東金沢駅が貨物ヤード側に移転したのに伴い、旅客線と貨物線が共用されることになり貨物通路線が不要となり廃線となった。もう30年前くらいの出来事になった。

田んぼ道に咲くスイセン

スイセンが最も元気よく咲く時節のようだ。

八幡公園の桜はまだ5分咲きだった

今日も朝から広がる青空。どうしようかなウォーキングは。今日はやすみにしようか、それとも・・・

2025年4月4日金曜日

千両役者・翔平!

見せ場で活躍している男がまた見せた。9回裏、初球を振りぬいた。打球はどんどん伸びてホームラン!さよなら勝ちだ!
昨日の球場は溢れんばかりの人々で埋まった。そして大歓声が沸き起こった。

手ごたえあり!打球を目で確かめた

ホームを踏んで水・水・水だ

ロバーツ監督ねぎらいの抱擁

球場は割れんばかりの大歓声。チャンスを確実に生かせる男。アメリカ人が惚れ々々する気持ちが分かる!
ほんとにすごい男だ。桁外れの契約金、なるほどドジャーズはこうなることを読んでいたか。


ファンが注目したのは劇的アーチが飛び込んだ場所だ。中堅フェンスには日系企業の「ANA」と半導体製造装置大手の「東京エレクトロン(TEL)」の看板が掲出されており、この間に吸い込まれるように着弾した。

SNS上では「大谷さんがサヨナラホームランを打った場所にANAと東エレの広告があった 良い場所の広告掲示できたね」「ちゃんとANAと東京エレクトロンの広告の間に運ぶ大谷さん流石」「俺たちの大谷さん、数ある看板の中でも、ちゃんと「東京エレクトロン」と「ANA」の看板がある位置に放り込んで神」「大谷さんさよならホームラン、ANAもにっこり。広告としてバッチリ映り込み」などと反響が寄せられた。

ますますの活躍を祈念しよう!

2025年4月3日木曜日

灯油がいつの間にか113円に

もうストーブは不要かと思いきや、また冬に逆戻りで灯油が欠かせない。いつも5缶ほど買うのだが、昨日は空の2缶を持ってムサシへ買いに行った。この季節になると、いつも行列ができていたのに、昨日はガラガラだった。そして、驚いたことに1カ月前に100円前後だったのに、113円に急騰していた。

最近、物の値段が次々と上がっていく。米は倍の値段となった。備蓄米を放出するので値下がりという見方もあったが、その期待は見事に裏切られた。年金頼りの身としては、恐怖感を覚える今日この頃である。20年12月に1ドル103円だった為替レートが、24年6月には1ドル160円を超えた。同じものを輸入するために、1.5倍以上の円が必要になった。このため、急速に輸入品の価格が上昇した。その原因は新型コロナや人手不足も絡み合いだという。

支給される年金は水平線だ

他の原因もある。世界的なコロナ禍の収束も影響しているという。コロナ禍明けで消費が回復したため、需要が拡大した。加えて政府は給付金や補助金を支給したので、消費者はお金に余裕があったため、経済のバランスが崩れた。

人手不足や少子化も原因の一つらしい。人手不足で倒産や閉店が見られるような状況なので、賃金を上げなければ人が集まらない。人件費を上げると、製品の価格も上げなければならず、結果的に物価が上がる。これらの要因が重なり、物価高が進む状況になったという。

先行きが暗いのだ。さぁ我々はどうするかだが打つ手はない。

2025年4月2日水曜日

震災以降、能登に移住してきた人が43人!

震災後、能登を離れる人が後を絶たない。そのため人口が急減している。が、世の中捨てたものではない。
何と43人が移住し「力になりたい」という。
何と奇特な人達だろうか。そんな人の話を聞いたり、姿を見れば、萎えた気持ちにエネルギーが蘇ってくると感じる。

              地元の子どもと交流する、珠洲市へ移住した
              北村さん(中)と笠原さん(左)=珠洲市飯田町

昨年の能登半島地震発生後、奥能登4市町へ移住した人は少なくとも43人に上ることが1日、北國新聞社のまとめで分かった。震災と豪雨の二重被災に苦しむ奥能登の「力になりたい」という人が多く、ゆかりのない土地で起業を目指す若者もいる。人口流出が続く被災地に居場所を見いだした人々は、貴重な働き手や復旧・復興の担い手として地域で存在感を放ち始めている。

震災後の移住者数を市町別でみると、能登町が20人(3月末時点)、珠洲市が16人(2月末時点)、穴水町は7人(3月末時点)だった。輪島市は移住者を把握できていない。
能登町によると、移住者の多くは、町内を拠点として活動する災害復旧ボランティア団体の関係者だ。町定住促進協議会の担当者は「住民票を能登町に置き、地域に根付いて復興を手伝いたいという人が多いのではないか」と推測した。

市内企業への就職を移住支援の条件とする輪島市では震災後、制度利用者がおらず、移住者を集計できていない。震災前は例年30人前後が利用していた。県立輪島漆芸技術研修所の研修生は移住者集計の対象外で、市の担当者は「住民票を移さずに輪島へ移った人なども考えられ、実際には移住者がいるだろう」(まちづくり推進課)とみている。

県民はそんな移住者に深く感謝の意を表せねばならない。

2025年4月1日火曜日

もうすぐ始まる場所取り合戦

東京は桜が満開だという。ここでも花見のグループが宴を開くために陣取り合戦が行われるという。実際に所用で東京で宿泊したニューオータニから四ツ谷駅に向かう途中、上智大キャンパス西側の道路沿いの桜並木道は陣取り合戦の真最中だった。

自分も金沢在勤中に2回ほど陣取り合戦に参戦したことがあった。場所は石川門下だった。花見の宴はpm5時位からなのだが、ブルーシートを広げる時間は午前中の早い時間でないとほかの人の陣で埋まってしまう。

陣取りはすでにブルーシートで埋まっている(時代は不明)
あれからもう40年が過ぎた。その20年後に再び金沢勤務となったが、そこの職場では花見という慣例はなかった。
兼六園の曲水に沿った桜だが、吾々が中学生時代の桜が実に見事だった。去年、そこの桜を見たのだが、老木のため枝が随分切り取られていて、淋しく思った。

今年は毎年見に行っている犀川橋から桜橋間の堤防沿いの桜が最高!これ以上の桜はないといっていいだろう。
兼六園内にはこんな大木は1本もない

近場では北部公園の桜。ここは人込みもなく静かに満開桜を堪能できる。
あと数日が待ち遠しい。