当時、業務が繁忙を極めていたから、自動車学校に通うことができなかったので、随時練習が出来る自動車教習所に通った。
4ヶ月くらい練習して昭和47年秋、指導員から本試験を受けてみたらと進められ、大野町から役所備え付けのバイクで20km離れた広島市内の飛行場跡に設置された広大な運転免許試験場で受験することになった。実地試験は大型トラックやバス、普通車、自動2輪と同時に試験が行なわれており、往復6車線のコースが設けられていた。国道2号線より交通量が多い試験場だった。
試験車はマツダルーチェ、教習所の練習車がクラウンだったので、乗ってみるとクセがあった。三角窓との位置関係で車庫入れ運転の練習をしていたが、車種が変わるので通用しないのだ。1回目不合格、2回目も不合格。昭和48年3月、この試験に合格しないと路上試験が導入されるので何が何でも合格しなければ・・・と思った。が、ルーチェに馴染めない。結果は「不合格」。
結局4回目となって、試験場実地試験合格、そして路上試験第1号受験者になった。太田川堤防敷や市内を走行してやっと合格に至った。
3月中には免許取得出来ると考え、2月に15万円程の中古車がないか探した。ベレット1500ccに決めて購入したのだが、免許取得が遅れたので暫く駐車場の定位置に納まっていた。
ベレット |
値段のほか、装備等を検討し、結局スターレットに決定した。
スターレット1000cc |
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