2023年11月21日火曜日

33年ぶり3回目の優勝!

昭和35年夏、我が母校が福井・石川の代表となって甲子園に初出場を果たした。この時、奇しくも応援リーダーをしていたお陰で甲子園で応援することができた。その秋、明治神宮大会に出場したのだが、戦績はどうだったかは記憶にないから、おそらく初戦敗退なのかもしれない。
この神宮大会で星稜が33年ぶりの優勝に輝いたという。さすが星稜としか言いようがない。

明治神宮大会の決勝は、1991年以来3回目の優勝をねらう秋の北信越大会優勝の星稜と、関東大会を制して出場し大会初優勝を目指す作新学院の顔合わせとなった。
星稜は0対0の4回、2アウトから1年生の5番・服部航選手が初球を捉え、ソロホームランで先制した。

優勝の瞬間

その後、同点に追いつかれたが、8回、連続ヒットで1アウト二塁三塁のチャンスを作り、キャプテン、芦硲晃太選手の2点タイムリーヒットで勝ち越した。投げては先発のエース、佐宗翼投手が立ち上がりから打たせて取るテンポのいいピッチングで、9回117球を投げ、ヒット6本1失点で完投した。
投打がかみあった星稜が3対1で勝ち、この大会3回目の優勝を果たした。

星稜高校おめでとう!

2023年11月20日月曜日

誤嚥で肺炎に

能登町在住の親戚のご主人が亡くなられ、金沢で昨日と一昨日にかけて葬儀が行われた。死因は誤嚥性肺炎だった。能登町の病院で治療を受けられ退院してから、また再発したので金沢の病院で療養されていた。


葬儀もコロナ禍より随分普遍化されて安堵した。享年76歳、自分より5歳も若い世代なのに亡くなられ残念に思う。4人の子供さんは金沢に住んでおられるので、金沢で葬儀が執り行われることになった。故人は名古屋近郊の酒屋で長い間杜氏をされていた。帰郷される際には必ずわが家に立ち寄られてお土産を沢山戴いた。

奥さんの体調が悪化して杜氏をやめられ実家に戻られていた。実家では畑をしておられ野菜を山のようにもらった。米の収穫時にはドカンと袋詰めの米を玄関に置いて行かれた。

通夜にしろ葬儀にしろ、沢山の弔問客が来られた。高校生のお孫さんが数人もおられた。お人柄が偲ばれる。ご冥福を祈りたい。

2023年11月19日日曜日

七尾湾の異変

11月に入っても真夏日が続いたりしたが、海でも海水温が3度前後高くなり、獲れるものが獲れなくなったり、見たこともない魚が獲れるようになったという。
10月以降、世界3大危険ザメのイタチザメや大型のクロカジキ、ネズミフグなど、南国に分布する魚が相次いで水揚げされていることが分かったのである。
専門家は例年より高く推移する海水温が出没の原因とみている。一方、能登の冬の味覚である養殖カキ「能登かき」やナマコの水揚げは低調で、漁師は「海の異変」に危機感を募らせている。

イタチザメという人食いサメ

怖そうな面構えのクロカジキ

今月4日、七尾市能登島鰀目(えのめ)町の鰀目漁港で、熱帯や亜熱帯の海域にすむ体長約1・8メートルのイタチザメが水揚げされたのだ。人を襲うどう猛なサメで、のとじま臨海公園水族館で飼育や研究に携わってきた池口新一郎元副館長は約40年前に1匹を確認したのみで「非常に珍しく、海水温が影響しているのは間違いない」と話している。
同じ日に別の定置網に掛かったのは体長約3メートルのクロカジキ。池口さんによると、半月の間に熱帯魚であるキンチャクダイが20匹水揚げされ、クロホシマンジュウダイやネズミフグ、ウシエビ(ブラックタイガー)なども確認された。

奇妙なネズミフグ

七尾市鵜浦町の鹿渡島漁港でも定置網に見たことがない魚種を目にするようになり、鹿渡島定置の酒井秀信社長は「取れていた魚が取れなくなるかもしれない。海で何かが起きとる」と腕を組む。
石川県水産総合センターのデータを見ると、能登島沖の7~9月の水温は過去5年平均と比べて2~3度高い。東大大気海洋研究所の藤井賢彦教授(海洋環境学)は、海水温の上昇で南方の魚の生息域が北上し、能登島に到達した可能性を指摘する。

クロホシマンジュウダイ

南国の魚が出現する中、不漁が続くのは七尾特産のナマコと「能登かき」だ。水温13度以下で活発に活動するナマコが岩陰から出ず、カキ棚では死滅するカキが目立っている。

キンチャクダイ

見たこと聞いたことのない魚が数種類も捕獲されている。これは確実に従来の水産業に多大な影響を与えるだろう。
中島町浜田のカキ業者山口水産の水揚げは例年の4~5割減となる見込み。年末に向けて書き入れ時を迎えるが、注文の半分を断っている状況で、山口翔太取締役は「今年だけの異変なのだろうか。カキ漁を続けられるか不安だ」と頭を抱える。

2023年11月18日土曜日

見付島のてっぺんは平たん地だった

レーザー撮影の結果、島の天端を覆う樹木を取り除くと平坦だということが分かった。
「見附島(みつけじま)」の精密撮影で、頂部の形状が17日までに初めて確認されたという。ドローンでレーザー撮影した画像から、島のてっぺんを覆う草木を取り除いたところ、頂部は平らな地形であることが判明した。島は5月の最大震度6強の揺れを含む一連の群発地震で崩落が進んでおり、レーザー撮影は島の姿を立体的な映像として記録に残すことで、保全に活用する。
見附島の頂部はモチノキやタブノキの群落があり、これまで地形の詳細は分かっていなかった。

見付島ドローン撮影完了、樹木を取り除く処理をすると

画像処理で丸裸にされた見付島

島の頂部は平坦地だった!
島の間氷期は二つの氷河期の間に位置し、温暖で海水面が上昇していたとされる。見附島を構成するのは、珪藻土が堆積した泥岩の層で、もろく、波の浸食を受けやすい。間氷期に島の頂部は海水面付近にあり、波で平たんになった後、地盤が隆起して現在の島の原型ができたとみられる。

現状の姿

石川県立大の柳井清治特任教授は、見附島の北東側の珠洲市三崎町小泊~蛸島町、南側の能登町赤崎海岸で、見附島とほぼ同じ高さの階段状の海岸段丘が確認できることを挙げ「島はもともと、陸地とつながっていた可能性がある」と指摘した。

 ●ドローンで撮影(今年5月)


今年の5月、ドローンによる見附島のレーザー撮影は、北國新聞社が珠洲市と締結した包括連携協定に基づく取り組みとなる。建設コンサルタント「地域みらい」(中能登町)が撮影を担当し、画像処理、分析を進めた。

このように見付島の現況が明らかになったので、これ以上の風化進行は何らかの防止措置を講じる必要がある。

2023年11月17日金曜日

サラリーマン46年の最終日

はやいもので、勤めを辞めて16年目を迎えた。就職は昭和36年(1961)3月、岐阜駅から徒歩10分ほどの東海道線の線路沿いに勤務先の事務所があった。当時の退職年齢は55歳。現代では考えられない若さだが、当時の50歳前後となる男性はよぼよぼだったように感じる。戦後の食糧不足が影響しているのだろう。

土木課第6係(能登線担当)勤務を命じられた
係長は泰緬鉄道建設体験者だった

その後能登線建設、中央本線複線化の多治見、中津川を経て広島新幹線を担当して岐阜に戻り、豊橋や金沢高架化を担当。S62から清算事業団名古屋支社に勤務し、レールシティ西日本名古屋支社へ出向後、石川県に転職した。建設技術センターで定年となり、平成19年3月64歳で退職した。もう2,3年どうですかと打診されたが、PCの設計図書は目の過大負担を感じて退職に踏み切った。

平成19年3月30日退職記念の花束を持って家に帰ったら
孫たちが出迎えてくれた。46年のサラリーマン生活だった

お陰様で46年間は大過なく過ごすことができた。
出迎えてくれた孫たちは大学4年、大学1年に成長した。間もなく男性の平均寿命に達する年齢になった。健康に留意しながら生活したいという今日この頃である。

2023年11月16日木曜日

端正な鼻筋の見付島と今はない小さな岩礁

震度6強の地震で見付島の姿がとても変わった。特に島の先端部が形を崩した。先日、何気なく昔のアルバムを開いたところ、60年前に写した2枚の写真があった。昭和38年8月のある日曜日、小学校の付近にあった国鉄岐阜工事局鵜飼工事区の独身寮に住んでいたのだが、日曜日だったので海水浴に出かけた。

見付島の先端部は殆ど垂直状態に近いではないか!

そしてもう1枚は島の真正面から撮影した写真。

貧弱な肉体が邪魔になる写真だが、ご容赦のほど
正面から見る見付島はまだまだ端正な姿だが、少し先端
下部が荒れている

この写真には島の左側後方に小さな岩礁が写っているが、最近の頻発地震でいつもの間にか姿が消えてしまった。

この惨状はいかんともしがたい・・・というが

このまま頻発地震が続けばどんな姿になるんだろうと・・・心配は尽きない。

2023年11月15日水曜日

頼りがいのある祭りの助っ人に期待

今朝のニュースで「奥能登の祭り 守るには 参加学生 4市町職員らと議論」というタイトルが目に入った。過疎化で祭りができないという集落が加速度的に増加していると聞いていたが、この祭りボランティアの盛り上がりこそ今の能登にとても大事なことだろう。

奥能登地域の祭りにボランティアとして本年度参加した学生11人が、能登空港(輪島市)で意見交換会に臨んだ。輪島、珠洲、能登、穴水の4市町の職員や住民らと、祭りや地域との関わりをどうやって継続していくか議論したという。
「高齢化による担い手不足だけでなく、帰省して参加する若者も減っている」と、参加して直面した課題に言及した。


県や4市町、県内大学でつくる「能登キャンパス推進協議会」の事業で、本年度は沖波大漁祭り(穴水町)矢波諏訪祭(能登町)黒島天領祭(輪島市)粟津の秋祭り(珠洲市)に93人の学生が参加。主にキリコの担ぎ手や曳山(ひきやま)の引き手として住民らと交流した。

意見交換する参加者たち=輪島市の能登空港で

5班に分かれて話し合った。学生からは「輪島や珠洲に比べると、穴水や能登が行き先になりにくい」など市町ごとのネームバリューに差があると指摘。「祭りの準備が地元の負担になっている」との声もあった。

最後に学生がまとめを発表した。「県内の出身学生でもキリコを知らないことも多い。学祭などでキリコを立ててPRしてはどうか」、「夜遅くまでキリコを担いで、睡眠不足で翌日もあるのはハード。もう少しゆとりのあるスケジュールの方が参加しやすい」などの声が上がった。


日本遺産の第1号に認定された“能登のキリコ祭り”。
近年、全国から注目されていますが、過疎化・高齢化等により担い手が不足し、開催困難になる祭りもでてきてる。県内4大学と奥能登2市2町、石川県で構成される「能登キャンパス推進協議会」では、「能登・祭りの環」学生サポーターとして、能登の祭りにキリコの担ぎ手として参加し、祭りの開催を支援したい学生を募集している。

かつて、在所のキリコや神輿の人足をしたものとして、能登の祭りの伝統行が消えることのないよう見守っていきたい。