2020年7月24日金曜日

公園下にあった北鉄本社

鉄道友の会北陸支部長の西脇恵さんは、昭和35年から鉄道写真を撮り続けておられるという。現在81歳という西脇さんだから、21歳から撮影を始められたことになる。自分より4歳年上なので、昭和35年から写真を撮り始められた風景はとても懐かしく感じられる。その貴重な写真集「北陸の鉄路」の出版広告を見つけた。その風景は公園下交差点を捉えた写真なのだが、もうとっくに無くなった北鉄本社が写っている。中学から高校時代の金沢市内風景の思い出が蘇ってくる。

その写真展がうつのみやで始まったという記事があった。
北陸の鉄道風景を紹介する写真展「よみがえる記憶 北陸の鉄路」は二十二日、金沢市のうつのみや金沢香林坊店で始まった。八月十六日まで。本紙が毎週月曜日の朝刊で連載中の企画を写真集として出版するのに合わせて催し、北陸鉄道の旧金沢市内線などの写真が並んだ。 
西脇恵さん
展示されたのは犀川大橋付近や香林坊交差点を走る金沢市内線の路面電車など三十一点。一九六〇(昭和三十五)年から鉄道写真を撮り続ける鉄道友の会北陸支部長の西脇恵(めぐむ)さん(81)=同市大桑町=が撮影した。 


学生帽の若者や旧型の自転車、商店の看板もとらえられ、当時の生活がにじむ。六三(昭和三十八)年の三八豪雪で埋もれた路面電車の車庫も記録している。能登地方に向かう蒸気機関車(SL)の「ふるさと列車おくのと」が国鉄金沢駅の始発式で吹奏楽の演奏で祝福された写真もある。 
「自家用車が現在よりも普及していない時代。路面電車がガタゴト揺れるのも心地よかった」。会場では、子どものころ、家族と同市片町の百貨店で買い物するために路面電車に乗った金沢市中村町の加藤明夫さん(65)は懐かしんだ。 


写真集は、モノクロネガ一万枚超から五百枚を選び、私鉄、国鉄、廃止路線を含め計三十八路線をまとめた。A4判、百七十六ページ。千八百円(税別)。発売日は二十八日だが、うつのみや金沢香林坊店では先行販売している。 
写真集出版と写真展は発刊六十年を迎えた北陸中日新聞の記念事業。写真展は八月三〜七日にJR金沢駅のコンコースで、同九〜三十一日に金沢市鞍月の金沢ビーンズでも開く。

来月16日まで開催されるというので、是非行ってみたいと思う。

0番線 昭和が終わる頃までここから急行「能登路」に乗車して宇出津まで何度行ったことだろう
6番は野町行きだったか?2番は小立野
そして西脇さんのはるか先輩の写真があった。


大正8年にしてはカメラの性能もよほど素晴らしいもので撮影したと思われる。橋場交差点から尾張町方向にカメラを向けている。往時の市民生活が伝わってくる。

2020年7月23日木曜日

とうとうバスもマスク!?

アメリカの感染者数が激増するニュースは、2ヶ月以上も前から現在も続いている。なぜアメリカではこんなに感染者が増えていくのか不思議に思ったのだが、半月前あたりから東京が異様に増え始めた。最近では大阪の感染者増加に拍車がかかった状態となった。そんな中、GO TOキャンペーンが実施されて、結果、増加真っ最中でのキャンペーンとなった。

「病床の確保の準備に入ってください」。7月3日、東京都が高度な医療を提供する都内の特定機能病院を対象に開いたテレビ会議。都幹部はその場で「重症者用10床、中等症者用30床」を段階的に準備するよう病院側に要請した。会議に出ていた昭和大学病院(東京都品川区)の相良博典院長は頭を抱えた。「コロナ感染者用の病床を整備すれば、他の患者の入院や手術の制限が必要。右から左に準備できるわけではない」・・・

大阪市立総合医療センター(大阪市都島区)感染症内科の白野倫徳医師は、大阪府の新規感染者数が過去最多となったことについて「検査数も増えており、単純に(春先の)第1波と比べてはいけない」としつつ、「東京と似たような感染の広がり方で、危機的な状況だ」と指摘した。
ここ2,3日前から全国各地の感染者が急増している。先行きどうなるのか不気味に思う。

そんなこんなで、とうとうバスまでマスクをするようになった。


石川県内を走る北陸鉄道(金沢市)の路線バスに十四日、マスク姿の車両がお目見えした。新型コロナウイルスの感染予防のためマスク着用に協力を呼び掛けようと企画した。八月三十一日まで。
マスクは縦五十センチ、横八十センチ。陰影や曲線を付けて立体的なデザインに仕上げた。路線バス四百台のうち、五十台が付けている。
北鉄の担当者は「乗降する際にご覧いただき、感染拡大防止の啓発になれば」と話している。コロナを一網打尽にする妙案はないのか!はがゆいなぁ。

2020年7月22日水曜日

聞こえる筈がない児童の声で大慌て

昨日午後0時半過ぎ、子ども数人の話し声が聞こえてきた。こんな時間に小学生が、何だろうと思って外の横断歩道を見たら小学生が下校して下校途中ということが分かった。
あれ、そんな筈がないが・・・と思い、下校見守り当番表を確認した。今日は午後3時立哨当番だった。ところが、下校時刻が午前11時55分と表示されていた。そして立哨時間が午後3時から。あれー、この表、大チョンボ!ということが分かった。で、すぐ着替えて旗を持って交差点付近に立った。

40分ほどで1,2年生が通過したので家に帰って、ボランティアのメンバー数人にことのいきさつを話して間違えを訂正し平身低頭してお詫びした。
この当番表は世話役から送信されてくるデータに基づいて作成しているのだが、学校の夏休み計画が中々決まらなかったのか、データが送信されてきたのが先月30日だった。作成してプリントして配布して回る必用があったため、慌てまくって作成したためチョンボがあったことになる。

このボランティアを始めたのが平成18年だから、もう14年目になるのだが、先ほど「何これ!」と驚いた。驚くのが遅いのだが、今年3月の北國新聞記事を先ほど目にしたことだった。
平 寿彦協議会々長
金沢市子ども見守りボランティア協議会は、登下校時に子どもたちの安全を見守るボランティアのやりがいを高めるため、顕彰制度を充実させる。昨年3月、10年以上活動に取り組んだ200人を初めて表彰した。多数を占める高齢者からは「気力が沸く」と喜ぶ反応が寄せられ、表彰の継続を決めた。メンバーの高齢化と人手不足が進む中、担い手の士気を高めて「金沢型防犯」を守り継ぐ。

この記事によると、昨年3月に10年以上続けてる人に表彰状が渡されたという。そんな表彰の案内が全く無かったのである。10年以上続けて貰った人は町内にも数人はおられるのである。ちさか地域安全パトロール隊は金沢市子ども見守りボランティア協議会の埒外か?なこと無いと思うが、案内されなかったことに怒りを感じる。

2020年7月21日火曜日

金沢城のお散歩コースが呼んでいる!

平成19年3月に9年間勤めた県関係機関を退職したのだが、退職1年前から河北門復元に伴う埋蔵文化財調査の関係業務を担当した。
金大が移転してから菱櫓や五十間長屋の復元が進捗完成し、河北門復元計画が具体化した。その後、橋詰門も整備され、鼠多門と鼠多門橋も総事業費約20億円が投入され、136年の時を経て当時の面影を取り戻した。 

鼠多門入り口外観
鼠多門と鼠多門橋
復元整備され、十八日にオープンした金沢城公園の鼠多門(ねずみたもん)の屋内では、県内産の能登ヒバや杉などの木材を、くぎを使わずに組んだ伝統的な工法が見られ、真新しい木の香りが漂った。 
鼠多門は江戸時代前期までに建てられた木造二階建ての櫓(やぐら)門で、かつては倉庫などとして使われた。整備された各階は一つの大きな部屋になっている。地下部分に門があり、同時に整備して完成した鼠多門橋とつながっている。 

鼠多門上層階
屋内には、当時のまま復元した急勾配の階段と、上り下りをしやすい緩やかな階段の二種類を設置。車いす用の昇降機もある。 
今すぐにでもこの目で確かめに行きたいのだが、何だか最近は出不精になってしまった。

完成に伴い、尾山神社境内から鼠多門橋を渡り、玉泉院丸公園を経て橋詰門をくぐり、河北門から大手門へと実に素晴らしいお散歩コースが完成した。

橋詰門の金具が素晴らしい

そして河北門へ
河北門の櫓も必見
大手門を出て近江町市場経由で金沢駅へ。是非、行ってみたーい!
 

2020年7月20日月曜日

かけがえのない日々

3月末に上の孫が大学進学で名古屋に行ってしまった。やがて4ヶ月経過するが、コロナ禍でまだ一度も講義なしでアパートに缶詰状態。で、家には一度も帰ってこないのでポッカリ穴が空いたような寂しさが募る。
孫が生まれた時から、嬉しくなって写真を実に沢山撮った。今日もパソコンのフォルダを覗いたらそれがあった。

平成17年 上がもうすぐ4歳、下ももうすぐ1歳
この頃は腹の上で2人の孫が遊べたのである。
その10ヶ月後は
まだ二人を抱えることができた
過ぎ去ってしまえば時間の経過は一瞬のように感じる。
6年前上の孫の小学校最後の登校日
この3人は町内の同学年で、入学からこの日まで一緒に登校した。しかし、一人は柔道を目指して津幡中へ、もう一人は森本中に進学したので卒業以降はまだ一度も会っていないという。

名古屋に出立する日の写真だが、腹の上に遊んでいた日々が嘘のように思う。
しばし昔の良き日々を思い出した。

2020年7月19日日曜日

サンマのお抱え運転手

吉本興業に入ってどう言う訳かサンマに可愛がられ、お前は俺の運転手をせよと命じられて自動車学校に通い出した。実地試験は難なくクリアーしたが、筆記試験が何度受けても不合格。何せ、漢字が読めなかったという。結局半年以上もかかってようやく合格。サンマはマイカー買えるほど金がかかったとぼやいていたという。

その人とは平成の天才画家といわれたジミー大西である。あの繊細な絵を描く能力は並外れたパワーを感じる。

ジミー大西の作品
だが、5年前に絵を描くことを突然止めた。止めたきっかけは同僚と飲み屋に行ったとき、従業員募集時給850円という貼り紙を見て、俺は時給いくらなのか?と計算したのだとか。で、時給350円と出て余りの馬鹿々々しさに腹を立て、絵筆を全てバキバキ折ってしまい、それ以降5年間も創作活動を止めていたという。


7月1日から一斉に始まったレジ袋の有料化。大手流通のイオンでは、吉本興業とコラボしたマイバッグキャンペーンを実施し、14日からジミー大西画伯のデザイン柄で作られたマイバッグを販売している。

今回は、プラスチック製レジ袋の削減と、資源を使い捨てにしないライフスタイルに向けたメッセージを発信する同社の取り組みの一環。グローバルに活動する画家・ジミー大西が、「目立つバッグ」をテーマに新作『朝の光』を描き下ろした。
廃プラスチックの活用のため、バッグの一部にリサイクルプラスチックを約50%使用。売上の10%はイオン環境財団に寄付され、植樹をはじめ豊かな地球環境を守る活動に役立てられるという。

5年ぶりに創作活動開始
駆け出しの頃、岡本太郎がわざわざジミー大西に手紙を書いて、君の絵は素晴らしいと太鼓判を押したという。南米旅行中に絵を描いている様子をTVを見たことがあるが、誰も画けない絵を画く能力をこれからも、思う存分発揮してもらいたいものである。

2020年7月18日土曜日

林田アナが穴に沈ずんだ!


 コロナ禍のためNHKは大河ドラマを始め、殆どの番組製作を中止している。で、いつもの放送している時間帯にはアンコール放送で穴埋めしている。これが番組を見られなかった人間にとってはありがたい場合もある。

NHKの人気紀行バラエティー「ブラタモリ」(土曜後7・30)は先月6日、林田理沙アナウンサー(30)が出演した2019年7月20日初回放送の「釧路湿原」をアンコール放送した。 これがとても面白かった。

というのも、3年前に北海道旅行した際に釧路湿原の展望台へ行ったのだった。

展望台
施設は博物館のように展示物が多い
だが、この展望台は余りにも湿原から離れているので、湿原の実感が湧いてこなかった。こことは反対側にある展望台がおすすめなのだという。
湿原の広大さは実感できるのだが、実際にどんな状態なのか見えてこなかった
で、ブラタモリだが、感心するのはタモリは歴史や地質学にやたら知識が豊富で驚くばかりである。先日の再放送になるのだが、タモリはタレント、タモリ(74)と通常は立ち入り禁止で、厳しく保護されている湿原の中心部に、特別な許可を得て足を踏み入れた林田アナ。謎の水たまりを発見すると、ナレーターを務める元SMAPの草なぎ剛(45)が、「これは誰かが体を張って調べる必要がありそうですねぇ」と意味深に語った。 

湿原のど真ん中を訪れたタモリ一行は、水たまり付近に立ち止まって林田アナの顔をジッと見つめたのだ。


林田アナは「まさかの展開…」と嘆きながら水たまりの中へ。



林田アナの勇気に拍手だ
「穴にはまるアナ」というテロップが流れる中、「沈む! 沈む! 沈む!」と困惑する一方で「なんか、あれですね。足元がゼリーとか寒天の上を歩いているみたいな」と笑顔。「新感覚です」とクセになりそうな様子だった。



この林田梨沙アナは残念ながら今年から交代になってしまった。

番組を一層引き立てた功績に拍手