2022年6月17日金曜日

ふるさとに貢献できたのは偶然のできごとからだった

あと半年で80代に突入するが、アルバムをめくると、多くある写真が18才から21才までのおよそ3年間にわたる仕事関係のモノクロ写真である。宇出津~珠洲間の能登線建設に関わる写真が多くある。この能登線建設に関わる業務に携わることになったきっかけは、奇跡的な出来事だった。小木工事区という建設事務所の助役だった人が、宇出津の宿舎に住んでいて、奥さんが自転車修理店に行ったとき、「ウチの甥っ子が今年岐阜工事局に就職して岐阜で仕事をしている」と店主の叔父が話したという。

折しも、宇出津~松波間の軌道敷設工事が着工されようとしており、その担当者が必要だったという。奥さんからそんな話しを聞いた助役は、早速本局幹部に電話して、「新卒の能登出身者を是非一人回して欲しい」と訴えた。・・・という話しから、小木工事区勤務を命じられた経緯がある。奥さんが自転車店に行かなかったと想定すると、能登線勤務のチャンスは永遠に存在しなかったことになる。

勤続1.5年19才 宇出津田ノ浦付近で
建設工事が進捗し、宇出津~松波間の開業前に実施される踏み固め試運転が行なわれた。
その試運転機関車の前部に乗車し、工事側代表として現場安全を確認せよと命ぜられた。

執務中の貴重な写真 建設関係者では制帽は仕事中には被らなかった

松波開業前から軌道延伸工事は続行していたが、竹中川鉄桁架設関係の写真があったのでご紹介しよう。

ここに桁を架設する準備作業中
谷崎トンネル出口付近で桁を組み立て、ディーゼル機関車で竹中川まで運搬した。
この頃は漁師の奥さん方が作業員となって大活躍された

川の中央付近まで桁が伸びてきた
これらの写真はモノクロだったが、AIソフトで自然に近い色がついた。やはり迫力があるねぇ。

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