地震研は、能登半島地震で生じた地面の隆起を調べるべく、2日から能登半島北部の海岸を調査している。5日には、隆起に伴って輪島市の漁港付近で海岸線が海側に約250m前進したことも報告した。娘たちが泳ぎを覚えた角花塩田の塩汲み場も使用不可になっただろう。実に残念に思う。
2024年1月18日木曜日
山中毅もがっかりするだろう 鴨ケ浦の塩水プールも隆起して水なし
地震研は、能登半島地震で生じた地面の隆起を調べるべく、2日から能登半島北部の海岸を調査している。5日には、隆起に伴って輪島市の漁港付近で海岸線が海側に約250m前進したことも報告した。娘たちが泳ぎを覚えた角花塩田の塩汲み場も使用不可になっただろう。実に残念に思う。
2024年1月17日水曜日
輪島と能登町に避難用快適住宅
能登半島地震で被災した住民らが避難する輪島市や能登町の小中学校に12日、断熱性や遮音性に優れ、短時間で完成するウレタン製の簡易住宅「インスタントハウス」が設営された。長期化が懸念される避難生活を快適に過ごしてほしいと願いが込められている。
2024年1月16日火曜日
やがて跡形もなくなるのでは・・・
2024年1月15日月曜日
ここは何だろう?
家からそんな遠くない所に、これは一体何だろう?と思った空間がある。旧8号線に沿ったある場所に、太い円柱に絵が描かれている。子供が手をつなぎ、向こう側の柱には虹のような絵がある。かなり広い空間にある円柱すべてに絵が描かれている。
子供の遊び場かと思ったが、よく見ると自転車が1台置かれているのが見える。そして白線で何か区切りがある。フェンスもあるので子供の遊び場かと思ったが、駐輪場だと分かった。この近くにある高校の生徒が通学する自転車を留めるために作られたものと考えられる。
この空間の上部は北陸自動車道。鉄道を跨ぐ高架橋である。さらにこの上部には新幹線の高架橋がある。北陸線・高速道・新幹線が交差している場所である。
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| 道路の奥に高速道の円柱構造物が見える |
2024年1月14日日曜日
ビニールハウスは冷え込みが厳しいだろうなぁ
今日は寒いがいい天気。しかし、能登では雪のある被災地の模様がTVに映っている。避難所はさぞ冷え込みがきつかっただろう。
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| ビニールハウスの避難所は特に寒さが厳しいだろう |
七尾港に大型のフェリーが寄港したという。自衛隊が避難民の心からの休養のために借り上げた船なのだ。このフェリーに300人の避難者を1泊だけ収容するのだとか。2万人の避難民にできるだけ多くの方に利用してもらうためには1泊だけとするのもやむを得まい。
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| 大型フェリーが七尾港に 避難者の休養に使用 |
2024年1月13日土曜日
見付島哀歌
見たくなかった写真、それは見付島だった。現地に実態を見に行くわけにはいかないので、ネットの投稿写真に頼って探した。すると、2,3点の投稿写真を見つけることができた。
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| 地震前の見付島 |
島の頂上には樹木が繁茂し、そこは沢山の鳥の住み家があり、神社もおかれていたと聞く。去年は震度5の地震、その前年は震度6の地震が島の形を変えた。しかし、今回の地震は震度6強で過去最大となった。このため、見付島本体の一部が崩落、樹木が海上に落下し、無残な姿に変貌した。
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| 1月6日撮影の写真 |
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| 地震前と地震後 |
頂上の樹木の大半が崩落し、スカスカになったように見える。
かつて、ここで海水浴をしたことがあった。当時、鵜飼保健所近くにあった鵜飼工事区に勤務しており、能登線建設業務のかたわら、昭和38年8月の日曜日、この島の横で海水浴に興じた。
| 貧弱な姿には目をつむっていただき、見付島の端正な姿を見てもらいたい |
この写真には一昨年の地震で崩壊した岩礁が見えている。そんな思い出があるだけに、崩れ行く見付島の姿は見るに忍びない。
2024年1月12日金曜日
地震で海岸線が4mも隆起
隆起の痕跡が顕著に見られたのは、輪島市北西部の大沢漁港周辺から同市門前町鹿磯周辺にかけての沿岸約15キロ。隆起によって海中から地上に現れたとみられる白っぽい岩肌が複数の場所で確認できた。山岡氏によると、元々地上だった場所が黒っぽいのに対し、海面下だった場所は貝殻や砂で白っぽい色をしているため、色の違いで区別できるという。
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| 砂浜が200mも広くなった海岸も |
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| 輪島港岸壁に漁船着岸不可となった |
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| 250m以上の砂浜が突如現れた |
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| 何処か位置不明となった塩汲み場 |
塩田の砂に海水をまき、日光と地熱で蒸発させて塩を取り出す揚げ浜式製塩。能登伝統の塩作りは近くの海から海水をくみ上げることから作業が始まる。
かつて浜士(はまじ)として製塩に携わった東川宝一(ほういち)さん(89)=同市片岩町=は「海が離れ、塩(海水)が遠くなった。先人から受け継がれた製塩作業はこれからどうなるのか」と話した。
さて、見たくない写真を見てしまった。
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| 見なきゃ良かった |






















