昨日は4年ぶりの町内盆踊り大会だった。高齢化のため調理ができないことから、外注したり、キッチンカーで補うことになった。
| 焼きそばに行列 |
| よく売れている! |
| 来賓の方々も続々と |
| 勲さんに元気が戻った |
| 今回は子供たちが円陣に加わってくれた |
| 隣町婦人部の踊り手さんに応援参加していただいた |
| 老いも若きも大いに楽しんだ |
昨日は4年ぶりの町内盆踊り大会だった。高齢化のため調理ができないことから、外注したり、キッチンカーで補うことになった。
| 焼きそばに行列 |
| よく売れている! |
| 来賓の方々も続々と |
| 勲さんに元気が戻った |
| 今回は子供たちが円陣に加わってくれた |
| 隣町婦人部の踊り手さんに応援参加していただいた |
| 老いも若きも大いに楽しんだ |
コロナ禍で3年間中止していた町内イベントの「盆踊り大会」が、町会の尽力により本日17時半から開催される。
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| 大きな予告看板が3か所に設置された |
| 準備完了 |
高校野球で丸一日中TV漬けとなっているが、昨日の試合でベンチに入ることなく、差配する監督に注目した。大垣日大と近江の試合だが、両校とも監督はかなりの年配者に見えた。特に大垣日大の監督の動向に注目した。かなりの年齢のように見えたので調べることにした。
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| 大垣日大 阪口監督 |
名前は阪口慶三といい、東邦でも監督をされていたようだ。そして年齢を見て私より2つ下の79歳だという。これにはたまげた!強靭な体力と精神力、それに強力な指導力を備えていなければ到底務まる仕事ではない。
79歳3か月での采配、勝利は自身の持つ最年長記録(采配は78歳10か月、勝利は77歳10か月)を更新。甲子園通算40勝をマークしたという。
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| 応援席へお礼のあいさつ |
79歳でこのような高校野球部監督という激務をものともせず、このように活躍ができる人を見て俺もまだまだ何かできるという元気をもらった。俺もまだ何かできる・・・という信念をもってものごとにチャレンジしたいという元気をもらった。
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| 石井橋は昔から鉄桁の頑丈な橋だった |
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| 上の写真の上流部 |
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| 石井橋下流 |
今朝のニュースで、暑すぎて海水浴客がいないという記事があった。
「暑いから人は出てこんね。私でも海行かんとこ、と思うよ」。氷見市の島尾海水浴場で、唯一営業する浜茶屋「しきなみ」の村井征子さん(78)は、苦笑いしながら汗を拭った。
7月15日に営業を始めた同店によると、当初は砂浜もにぎわっていたが、猛暑の始まった同月下旬から人が思うように集まらなくなり、村井さんは「特に今月6日の日曜は平日のようだった」と振り返った。
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| 客が来ない! |
砂浜ではテントやパラソルを設ける客が目立ち、「体や飲み物を冷やすためラーメンより氷がよく売れる」と村井さん。書き入れ時の旧盆に向け、暑さが和らぐことを願った。
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| 健民海浜プールは大繁盛 |
一方、健民海浜プールは連日大勢の来客で賑わっているという。高校生の頃、あっちっちといいながら内灘の砂浜を小走りして海に飛び込んだが、今年のような猛暑日が続いていなかった。熱中症という言葉もなかった。これからの夏は一体どうなるのか想像するだけで怖い。
第105回となる高校野球甲子園大会が開幕した。開会式から3試合終了までTV漬けだった。
私にはこの甲子園大会に関する宝物がある。それは「新聞の切り抜き」である。昭和35年8月14日、第42回大会甲子園初出場の母校の応援リーダーをした。対戦相手は京都代表「平安」だった。試合は1:0で敗退。その翌日の15日、金沢へ帰る列車待ちの大阪駅のホームで試合の経過を掲載した新聞を購入した。
買った朝日新聞のスポーツ欄を開けた途端、エッと驚いた。なんと自分の応援している姿がデカデカと掲載されていたのである。当時はモノクロだったが甲子園のスタンドも写りこんでいた。
| 写真の上部には「雨雲はね返す熱戦」と |
| これも大切に保存 |
| これは地元紙記事 |