2019年5月7日火曜日

浅野川の水中に泳ぐ鯉のぼりの群れ

昨日、10連休中の出来事をテレビで見ていたら、「エッ、金沢にこんな行事があるとは!」と驚いた。何と、大きな鯉のぼりが水中にゆらゆらと泳いでいるではないか。
この行事は今回で17回目だというのに、こんな行事があること自体知らなかったのである。主催者は材木町校下の諸団体からなる実行委員会である。

友禅流しはなくなったが鯉流しは続く
 どなたの発案か知らないが、大空ではなく水中に泳ぐ鯉のぼりの大群は見ていて楽しい。
だが、浅からず深からずの水深と、清らかな水の流れがないとこのようなイベントは成り立たない。

このチラシでは第19回となっているが
地域挙げてのこのようなイベントは全国的にも珍しく、最近注目を浴びつつあり旅行ガイドブックにも掲載されるようになった。

梅の橋には鯉ではなく「のぼり」が風になびいている
法光寺町会は今年、住民が掲揚しなくなった鯉のぼりを出品してもらって公園にそれを一斉になびかせて好評を得ているというニュースもあった。
もう20年以上も経ったと思うが、珠洲の大谷川鯉のぼりフェスティバルを見に行ったことがある。余り広くない川幅ながら、かなりの鯉がゆらゆら靡いている光景も良かった。

今年の大谷川鯉のぼりフェスティバル
鯉のぼりで思い出すのだが、母親が「男の孫がおれば鯉のぼりを立てるのに」と何度も女房に愚痴った。弟夫婦に男の子が生まれたので、素晴らしい鯉のぼりセットを贈った。今ではその孫のひ孫がその鯉のぼりを立ててもらっている。


2019年5月6日月曜日

認知症高齢者の行方不明を防止する金沢市の事業

金沢市の施策として、徘徊する認知症高齢者を見守る事業がスタートしたという。
今、IoT(なぜかoは小文字)という文字や言葉が脚光を浴びている。

そこで今一度IoTとは何か、その定義を調べてみた。
Internet of Thingsの略であるIoTとは、コンピュータなどの情報・通信機器だけでなく、世の中に存在する様々な物体(モノ)に通信機能を持たせ、インターネットに接続したり相互に通信することにより、自動認識や自動制御、遠隔計測などを行うことなんだとか。

そんな技術を導入して金沢市は、IoTで認知症高齢者見守りという事業をスタート させた。

認知症高齢者が装着するICタグ(手前)。固定感知器に近づくと位置情報が記録される=金沢駅

徘徊(はいかい)の可能性がある認知症高齢者を、IoT(モノのインターネット)技術で見守る市の事業が始まった。ICタグを身に着けた高齢者が、専用アプリを取り込んだスマートフォンを持つ人に近づくと、位置情報が記録され、履歴をたどることで現在地を絞り込める仕組み。手持ちのスマホで協力できることから、市は市民参加型の見守り態勢を整え、高齢者に優しいまちづくりを目指す。

ICタグは14グラム。在宅で生活する認知症高齢者が装着した状態で自宅を離れると、家族にメールで通知が届く。行方不明になっても、専用アプリが入ったスマホ保持者とすれ違うと、自動的に位置情報が記録されるため、家族は記録の履歴を検索することで、現在地の特定につながる。
金沢駅や金沢中・西・東署など市内44カ所には、固定感知器を設置した。スマホと同様、ICタグを身に着けた高齢者が接近すると、位置情報を記録する。市によると、4日までに少なくても4人が見守りシステムの利用を始めた。
5年前のデータでも行方不明者がこんなに多い
事業には自身のスマホにアプリを取り込み、位置情報を提供する市民ボランティアの協力が欠かせず、市は民生委員や市職員に登録を呼び掛けている。今後は認知症サポーターや学生にも広げていく。
7月には捜索模擬訓練を実施予定で、ボランティアの協力を得て、高齢者を発見するまでの動きやシステムを確認する。

市の担当者は「アプリを入れたスマホを持っていれば、認知症の高齢者と擦れ違った場合、意識しなくてもボランティア活動に協力できる。市民の協力を得ながら、高齢者の安全安心を確保したい」と話した。

損害賠償責任が問われることも
徘徊で列車を停車させると遅延に伴う払い戻し料金の損賠を請求される場合があるという。

今時、スマホを持たない人はごく少数だろう。持っている人は率先してアプリ導入に理解を持って協力してもらいたいものである。


2019年5月5日日曜日

たった1日で風景が一変

10連休も明日1日を残すのみとなった。サラリーマンにとっては家族とのふれあい、非日常体験である旅行、あるいは健康増進などで長期間の休日を楽しまれていると思う。
年中連休の身になって12年も過ぎた。連休しかない行事も多いので出歩いたことも多かったのだが、ここ2年ほど肺炎球菌や癌の手術で連休前後は入院していたこともあって、連休が終わればどこも空いた状態に戻るので、ジッとしている方がいいかなと思うようになった。

ここ2,3日は好天に恵まれた。昨日はウオーキングルートを変えた。国道8号線の歩道を歩き、イオン前の横断歩道を渡ってイオン店内に入った。4階の映画館街で上映映画は何かを確認したり、2階の100円ショップを覗いたりしてから外に出て、牛殺川沿いを歩いた。川面に魚がバチャバチャしているのでしばらく眺めていたのだが、20cm以上はあると思われるフナが2匹騒いでいた。

この川には相当大きな魚が沢山いそうな気がする。釣りをやってみたい気持ちが湧いた。
そういえば、何度かここに来たのだが、釣りをしている人の姿を見たことがない。
今の若い人達は、車の関心もなく免許も取らず、スマホやパソコンをやっている方がよっぽど楽しいと思っているのだろうか・・・と思いつつ歩いた。

このあたりの住宅は全て真新しい。スマートなアパートも多い。イオンが進出してから急激に新しい街並みができた。20年前は国道8号線から海側は瑞樹団地まで田園地帯だったのだが、そんな面影の片鱗さえ見えなくなってしまった。
福久北交差点の地下道をくぐっていつものウオーキングルートに戻った。
しばらく歩いて行くと畑仕事をしている人に挨拶したら、すぐ近くまで来て時事談話となった。

再び歩き始めたのだが、辺りの風景が一変しているのに気付いた。2,3日前までは田んぼに水を張っている人に出会ったのに、何と余すところなく田植えが全て終わっていたのである。

田植えが全て終了した風景に変わっていた
団地の隣接地の田圃
小学生の頃、「農休み」という休みがあったことを思い出した。冬休みの期間を短くして6月初旬頃を1週間休みにしていた。
老いも若きも子供も総動員した田植えであったが、今では田植え機があっという間に作業を終える。

農業も全て機械化され省力化となったのだが、耕運機、田植え機、コンバインなどの維持管理費が嵩んで農業から離れる人が相ついでいる。作業時期が集中するため、農機具のレンタルは無理だという。なので個人々々で数種類の農機具を揃えなければならないという話を聞いた。
内灘あたりまで広がっている広大な田圃の風景を眺めて、これからの農業はどうなるのだろうと心配が尽きない。


2019年5月4日土曜日

ホリエモンロケット打ち上げ成功!

早朝に「とうとうやったか!」というニュースが飛び込んできた。
2度の失敗を乗り越え、三度目の正直で目標を成功させた。目標の100km以上の宇宙を目指した目標が叶った。

今日の早朝AM5時45分北海道大樹町から打ち上げたモモ3号機
元ライブドア社長で実業家の堀江貴文さんが出資する宇宙ベンチャー、インターステラテクノロジズ(IST)の小型ロケット「MOMO」3号機が4日午前5時45分、北海道大樹町から打ち上げられた。ロケットは数分後、民間単独のロケットとして国内初めて高度100キロの宇宙空間に到達。打ち上げは成功した。機体は太平洋上に着水した。

堀江さんはツイッターに「宇宙は遠かったけど、なんとか到達しました。高度約113km」と投稿した。
MOMO3号機は全長9・9メートル、直径50センチ、重さ1150キロの液体燃料ロケット。市販の部品を使うなど低コストで開発した。今回の打ち上げ費用は数千万円。当初4月30日に打ち上げる予定だったが、燃料の液体酸素漏れが直前に発覚。部品の交換や発射場近くの強風のため、三度延期していた。

ISTは、前身企業が始めた宇宙事業を継承して2013年に設立。MOMOで高度100キロ超の宇宙空間への到達を経て、高度500キロに重さ100キロ程度の小型衛星を打ち上げる新型ロケット「ZERO(ゼロ)」の開発をめざしている。

MOMO1号機は17年7月、打ち上げ約1分後に通信が途絶え、高度20キロから海上に落下。2号機は18年6月、打ち上げ直後にエンジンが停止し、機体が落下して爆発した。 
2号機失敗爆発
2号機の失敗を受け、ISTは外部の専門家を含む対策委員会を設立。姿勢を制御する小型エンジンの誤作動が原因と特定し、エンジン内部の設計を見直し、打ち上げに近い状態での燃焼試験を初めて実施するなど対策を重ねていた。 

失敗にめげず諦めない!
ISTは、今回の成功を機に、ZEROの開発を加速させたい考えだ。商業化すれば、1回のコストは6億円以下、年数十回の打ち上げ需要を見込んでいる。早ければ22年末に打ち上げる予定。


主衛星と呼ばれる大型衛星の目的の軌道の近辺にしか小型衛星を投入できないという難点がある。地球を取り巻く衛星網を展開して、地球観測や通信といったサービスを展開する「衛星コンステレーション」ビジネスを狙うには、相乗り打ち上げだけではダメなのだ。
そこで、小型衛星専用の低価格で打ち上げ自由度の高いロケットを開発し、需要に応えようというのが近年の民間ロケット業界の動きだ。ISTは、この分野を狙っている。

ただし、打ち上げ技術があればビジネスが成功する、というほどこの分野は簡単ではなさそうだ。世界には、ISTのライバルとなる民間ロケット企業が複数あるが、既にこのビジネスから撤退する企業も現れている。

2回の失敗で1億円余が霧散霧消し今回も数千万円がかかった。スポンサー探しに苦労していると考えられるが、ホリエモンの思考力なら必ず夢が叶うことだろう。
JAXAも支援を約束しているという。
ホリエモンの人工衛星が地球の周りを回る、こんな痛快なことはない。糸川博士もびっくりだろうなぁ。


2019年5月3日金曜日

昨日の好天は「令和晴れ」という

やはり10連休は「うかれ気分」になる人が多いようだ。
昭和から平成になった時を振り返れば、天皇が亡くなって歌舞音曲を控え沈んだ空気にあたりが支配されていた。
今回の改元は祝福モード全開となっており、全国各地の神社仏閣や観光地は人の波が押し寄せている。


金沢においても改元に伴う10連休が折り返し、後半に入った2日、石川県内は新元号令和を祝うかのような五月晴れが広がり、観光地は旅行客であふれた。兼六園では午後6時までの入園者数が2万4098人と、連休が始まってから最多となった。金沢市のひがし茶屋街には観光客が石畳を埋め尽くす勢いで押し寄せ、日暮れ時までごった返したという。

これだけ人が押し寄せると「観光公害」だなぁ
兼六園は終日混雑し、桂坂料金所に入園待ちの長い列ができた。日中のひがし茶屋街の広見は、ひっきりなしに流れ込む人波と飲食店の入店を待つ行列で混み合った。雲一つない青空の下、半袖や腕まくりして歩く人の姿や訪日外国人旅行者も目立った。

そういえば2,3日前、兼六園の地図を見ていたのだが、中高生の頃は石引側の入り口から園内に入ったので、地図でそのルートを辿ってみた。そうするとストリートビューに切り替わって景色が映し出された。これにはいささか驚いた。ストリートビューの撮影は車の屋根上部にカメラを据え付けて撮影するのが一般的。車の入れない所は人が背中に背負って撮影している図があった。

石引側から霞が池方向
最も眺望が優れた場所もバッチリ
人が撮影機材を背負って写した景色とは思えない鮮明な映像だった。不思議なことはどこで人から車に切り替わったのか全く分からない。時代が変わると技術も変るのだと実感した。

昨日は中3の孫が修学旅行のレポートを作成中だった。写真は3Dのカメラを使ったのだという。レポート添付用の写真をプリントしてほしいというので、データをコピーしてプリントしてみた。だが、画像が歪み何がこんなものがいいのか理解できない。
スマホで3Dの画像がみれるというのだが・・・・

2019年5月2日木曜日

お召列車の背面警備

令和の2日目を迎えたが、昨日は新天皇の儀式がいくつも執り行われた。
何だか急に平成天皇が遠くに去って行かれた感がする。昭和天皇の記憶も随分薄れてしまったが、自分には忘れられない記憶がしっかり残っている部分がある。
時は昭和58年5月、岐阜から金沢に着任して5カ月余の行事である。
第34回全国植樹祭が石川県で開催された5月の出来事であった。

お召列車
その頃、金沢駅鉄道高架化事業の関連工事で、乙丸から森本にかけて貨物通路線新設工事が施行中であった。上下貨物通路線の路盤工事や乙丸、金腐川、柳橋、法光寺、横枕等5か所の地下道の工事中であった。
天皇皇后両陛下がお召列車で七尾から金沢まで旅行されるので、工事現場の警備に当たれと指示があった。

本来は鉄道公安や保線区関係者が警備配置に就くのだが、工事区間は工事局関係者が配置に就かなければならない。お召列車が走行する1週間前くらいから、管理局サイドにおいて、側溝や横断函渠の中を徹底的にチェックしていた。
当日、列車通過1時間前に現場配置についた。予め警備方法の指示が行われた。「列車進行方向に向かって立哨せよ」というものだった。そして、「絶対、進来する方向に振り返らないように」と釘を刺された。
これを背面警備という。

そういうことで、手を振ることも拝顔することも能わずであった。

当時の写真を検索したが、1枚の写真しかなかった。36年の年月で風化してしまった感がする。

鶴来の森林公園の帰り際にこの会社に立ち寄られた
全国植樹祭はこの32年後、平成27年小松市においても執り行われた。



植樹祭は各県を順序を定めて開催されるものと思っていたが、そうでもないようだ。
近いうちに令和天皇が植樹祭に来県されるかも知れない。


2019年5月1日水曜日

令和の幕開け

昨日午後5時からTVで、退位礼正殿の儀の模様が実況中継された。

この退位礼は、第125代天皇明仁の退位に伴って行われた国事行為たる皇室儀礼なのだという。
202年ぶリの儀式が厳かに執り行われた。伊勢神宮へ行かれた時も「剣」、「勾玉」を持参されたが、この退位礼でも侍従が「案」と称される台の上に載せられて、天皇のお言葉が発せられた。
このような滅多にないセレモニーの実況放送を見ることが出来たことを嬉しく思った。そして心から「ご苦労さまでした」と呟いた。

朝刊では、平成から令和になった瞬間、片町交差点はお祝いモードで盛り上がったと伝えている。



午前0時、片町交差点は人で満ち溢れた賑わいである。
この10連休はやはりどこへ行っても人で溢れている感じであるが、昨夜は全国各地で新時代到来を祝う行事が多くあった。

平成から令和へ改まった1日未明は一転、晴れがましい祝賀ムードが県内を包んだ。金沢の繁華街では、若者らが掛け声やハイタッチを交わして歴史的な瞬間を喜び合ったという。
「令和、令和!」。1日午前0時、片町スクランブル交差点には若者たちが大挙して気勢を上げ、横断歩道が青信号に変わるたび、交差点の中央に駆け集まり、胴上げを繰り返した。金沢中署員が警戒に当たった。

「3、2、1、0、令和、乾杯!」。交差点に面した居酒屋「汁べゑ」では、カウントダウンイベントに参加した約50人が改元の瞬間を祝った。「もっと良い時代になるよう、われわれ若い世代が頑張る」。金大大学院に通う吉岡拓也さん(22)は上気した顔で語った。



「平成の30年間、多くの人と出会えた。新しい時代、片町が再び元気になるよう頑張りたい」。1989(平成元)年に開店した「ブルーバー」では、店主の竹林健一郎さん(52)が決意を新たにした。 

さて、昨日は大相撲新番付が発表された。そして、あの炎鵬が新入幕を果たした。
168cm、90kgの小柄な体格は力士最小だという。手品師のような取り口で巨漢を倒す炎鵬は人気力士になるに違いない。

名付け親の白鵬と喜び合う
小兵の炎鵬(24=宮城野)、先場所は西十両2枚目で8勝7敗だったが、番付運に恵まれた格好だ。宮城野部屋からは16年九州場所の石浦(29)以来の新入幕で、石川県出身では16年初場所の輝(24=高田川)以来戦後11人目、金沢学院大からは初めての幕内力士となった。 遠藤は1枚下がっただけだった。輝は7割方ほど上がった。3人の活躍を期待したい。