2018年9月21日金曜日

2025年問題について民生委員が勉強会

今日の朝刊に「2025年問題」地域で解決 金沢・諸江地区 超高齢化備え勉強会という見出しで記事が掲載された。金沢市内でこの問題について感心か高まってきたことは非常に評価できる出来事である。

金沢市の諸江地区民生委員児童委員協議会は19日、国民の5人に1人が75歳以上の後期高齢者になるとされる「2025年問題」について学ぶ研修会を始めた。医療費や社会保障費の増大に加え、地区運営の担い手不足など、高齢化により生じる諸問題について学び、自分たちが暮らす地域の課題発見と解決につなげる。今後、4年間にわたって勉強を重ね、来る2025年に備えるという。 

金沢市職員による講演会 諸江公民館
 19日夜に諸江公民館で開かれた「諸江地区2025年問題研修会」(北國新聞社後援)では、地区の民生・児童委員や町会役員など約60人が集まり、市長寿福祉課の樋掛健一さん、市社会福祉協議会の北脇宣和主査が講師を務めた。
研修会では高齢者が人口の多くを占める2025年をめどに、介護人口の増加や公的サービス、高齢者を支える世代の負担増といった課題が生じることが紹介された。また、過度な介護に期待せず、一人一人が健康寿命を延ばしたり、住民同士の連携が重要になったりすることなども指摘された。


松野茂夫会長(70)は「『2025年問題』にはどの地区も必ず直面する。いざという時にみんなで立ち向かえるよう、今から備えたい」と話した。
市によると、地域単位で2025年問題について学ぶ勉強会は初めて。現在、諸江地区の65歳以上の割合(高齢化率)は20・6%で、市平均の26・0%を下回るが、将来的な高齢化率の上昇は避けられないことから、今後のまちづくりのあり方を考えるヒントを探ろうと、研修会を企画した。 

このような書籍も売れている

衝撃的な出版物があふれているが、それだけ多くの問題が発生するということだろう。
25年は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる年である。日本は急増する高齢者が問題であった。しかし25年以降は、2200万人、4人に1人が75歳以上という超高齢社会が到来する。これまで国を支えてきた団塊の世代が給付を受ける側に回るため、医療、介護、福祉サービスへの需要が高まり、社会保障財政のバランスが崩れる、とも指摘されているのである。 

かくいう自分は75歳も半ばを過ぎた。73歳まで入院は一切しなかったのだが、去年2週間、今年2週間の入院を余儀なくされた。自己負担の医療費は1割なのでそれほど負担感はしなかった。
でも、後期高齢者医療は月五千四百円から六千五百円へ上昇した。また、介護では月約五千円が八千二百円にもなった。介護保険料は月五千円が負担の限界ともいわれ、深刻な問題なのだ。

高齢世代だけでなく、現役世代の負担も重くなる。そこで、消費税率の引き上げのほか、高所得の高齢者への社会保障や税での負担増を進めているのである。
しかし、増税と給付削減は、若年世代ほど負担が重くなり、高齢者になったときには給付が十分ではないという結果にもなりかねない。 

生涯医療費の推移を見ると、七十五~七十九歳でピークを迎える。また、七十歳以降に生涯の医療費の約半分がかかることが分かるのである。
介護はどうだろう。要介護(要支援)になるリスクは七十五歳から上昇し、八十五~八十九歳では、半数が要介護の認定を受けているのだ。

また、認知症高齢者も二五年には四百七十万人になる、と推計されている。収容施設不足、介護士不足がどんどん深刻化するのである。

千坂校下の民生委員の皆さんも真剣にこの問題に向き合って貰いたいと思う。
個々にあっては健康寿命を伸ばすことこそ、この問題点を解決するものであろう。



2018年9月20日木曜日

宇宙旅行に行く前澤友作という人物像

月旅行第1号はZOZOTOWN前澤社長というタイトルに「なんの話?」と思わずクリックした。
宇宙開発を手掛けるアメリカの「スペースX」社は日本時間18日午前、月を周回する旅行の初めての乗客は、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」の前澤友作氏であると発表したのである。ZOZOTOWNなる名前は聞くのは初めてだし、前澤という社長も初めて聞く名前だった。

スペースXは、同社が開発する超大型ロケット「BFR」での月旅行の初の搭乗者として前澤氏と契約を結んだと発表したという。

旅行は5年後の2023年に催行される予定で、およそ1週間掛けて月と地球を周回飛行する。前澤氏は会見でマスク氏と固い握手を交わすと、「これは私の人生における夢だった。とてもうれしく、興奮している」と英語で語った。旅行の金額は明らかにされていない。 


スペースX社で記者会見の前澤友作氏
前澤氏は今回の月旅行を「#dearMoon」プロジェクトと命名し、画家や音楽家など最大8人の世界的なアーティストを招待すると公表。メンバーは選考を経た上で確定する。参加者には月旅行の経験で得たインスピレーションを元にした作品を創作してもらい、広く公開する計画だ。 できることなら「俺も連れて行って!」とお願いしてみたい。

ブースターを切り離し、いざ月へ
月旅行を発表したこの日、スタートトゥデイの社内でもどよめきが広がった。スペースXとの契約の守秘義務があり、社員の大多数は月旅行の計画を知らされていなかったからだ。同社は米国での記者発表と合わせ、「当社代表・前澤友作が民間人初となる月周回計画を発表」というプレスリリースを出したが、「本プロジェクト開始によって、前澤の当社事業への関与が薄まることはなく、当社事業への影響もない」としている。 

およそ1週間の宇宙旅行スケジュール
個人的な費用負担がどれだけかは企業秘密だとか。
過去にNASAがロシアからソユーズへの搭乗を購入した際には、1席あたり7470万ドル(約84億円)から8170万ドル(約92億円)の費用を支払っている。
少なくともこれが最低価格ではないだろうか。ここから推測すると、最大9人の搭乗者の費用総額は756億円以上となる。これを全額負担できる前澤氏とは一体何者なんだろう。

御年41歳、ファッション関係の通販事業会社のオーナー。通販でファッション関係を取り扱うのは無謀といわれた。が、 「前澤は右脳と左脳の両方を使う。アイデアマンだが、思いつきで事業はやらない。これは10年前から同じ。自分でアイデアを出しつつ、数字に強いからきちんと採算を考えて、『あ、これは儲からない』と即座にわかる。だから結構、石橋をたたいて“壊す”」(栁澤氏)という。 

ある模様のついた採寸用の服を着用してスマホで撮影、それを送信するとオーダーメイドと同等の洋服が仕立てられるというのだ。これが大ヒット。瞬く間に株の時価総額が1兆円をこえたのだとか。何せ平成の成金富豪なのだ。あと10年したらこの人はどうなっているのか注視していきたい。


2018年9月19日水曜日

あの高級料亭がなくなるとは

時は平成7年、清算事業団の出資会社へ出向して、土地の売却方式によるホテル建設業務に従事していた時の出来事である。駅西口のホテル建設が進捗し、やがて発注者に建物引き渡しとなるに先立ってそのオーナー関係者4人をある高級料亭に接待した。接待する関係者は4人、計8人の宴会が始まった。

そのホテル関係者とは、金沢駅西のほか大垣駅前のホテル建設に関わりがあった。いわゆる「上得意様」であった。
高級料亭とは高岡町に店を構えた「つる幸」である。部屋の左手に立派な庭園があった。


この店は、慶事などに使われてきたほか、歌手の松任谷由実さんや元横綱の千代の富士ら、金沢を訪れた著名人にも愛されたという。オーナーでかつ料理長でもある河田さんは料理番組「料理の鉄人」に出演したほか、2016年には、レストランの格付け本「ミシュランガイド」で二つ星を獲得した。


だが、日本庭園を眺めながら個室で食べる懐石料理は、時代に合わないとも感じるようになったのだという。政治家や企業幹部らの宴席は減少。週末や夜間の勤務もいとわない厳しい仕事に2、3か月で辞める若手板前も多い。ピーク時には30人いた従業員は20人ほどに減った。

「これを機に原点に立ち返り、楽しく料理をしたい」。そう思い立った河田さんは、老舗の暖簾のれんを下ろす決断をした。「せつ理」という名のカウンター数席の小さな店を近くに開き、懐石料理の枠を外し、お客さんを前に料理を振る舞うことにした。河田さんは「料理と真剣に向き合っている姿を見て楽しんでもらいたい」と料理人として新たに出発する。

ということで、加賀百万石伝統の懐石料理を受け継ぐ金沢市の料亭「つる幸」が11月いっぱいで50年ほどの歴史に幕を閉じることになったという。金沢を訪れた各界の著名人にも愛された名店だが、時代の変化に対応できなくなったのが理由だ。2代目主人の河田康雄さん(52)は「今まで親しんでくれた人には感謝しかない」と感慨深げに振り返る。 


さて、この店での宴会をした請求書は20万円余であった。一人約3万円。ここに芸子さんでもを呼べばドカンと上乗せされただろう。
そういえば、この後の5,6年後、再びこの「つる幸」にやってきた。

転職して転勤のない業務機関に勤務していたのだが、職員が毎月一定額(給料の2%)を積み立てて送別会や、忘年会、暑気払いのために備えていた。忘年会は1泊の温泉旅館で行っていたのだが、若手職員の大多数が温泉へは行きたくないということになり、意見交換した結果、金沢の著名な料亭を毎年1回づつ巡ろうということに決まった。

そして「つる幸」に行ったのである。しかし、「つば甚」は建物が古くなったなぁ。

2018年9月18日火曜日

金沢駅地下広場に「黒板アート」

最近、TVで黒板アートが紹介されるのだが、黒板にチョークだけで実に見事な絵を描いている。
そんな中、小学校で不要になった黒板に金沢美大生が絵を描き、金沢駅もてなしドーム地下広場に展示する金沢市の「みんなの思い出黒板アート事業」で、日本画専攻の学生による第2弾の作品が17日までに完成した。海中に見立てた黒板一面に、魚が生き生きと泳ぐ様子が描かれており、観光客らに石川の豊かな海の魅力を伝えている。


旧金沢市材木町小の黒板3枚が活用され、学生5人は「海の中の宇宙(そら)」をテーマに、ブリやサワラ、甘エビなど石川県沖で取れる魚介類を表現した。
昨日の17日は公開プレゼンテーションが行われ、学生が黒板中央に同小の校章を仕上げて作品を完成させた。同大大学院1年戸田伸英さん(25)は「日本画特有の細かなタッチを黒板でも表現できたと思う。多くの人に石川の海の魅力を感じてほしい」と話した。

この黒板アートなのだが、ネットで検索してみるとこれが本当にチョークで描かれた絵?と驚く作品が多くある。

静岡県立富士宮東高校生の作品
チョークでこんな繊細な絵が描けるとは!
ある高校の卒業式に自分の教室に入ってみると、ワーッと驚いた。黒板に自分の顔が写真もどきに。

実にリアル!
そしてこんな絵も。

これは大作だ
好評なのでこんなイベントも企画されている。

消すのがもったいない
町内には3人の女性画家がおられるのだが、一度、チョークで絵が描けるものなのか聞いてみたい。

2018年9月17日月曜日

老人クラブ社会奉仕の日

今日9月17日は国民の祝日「敬老の日」である。10日ほど前に、町内のシニアクラブ会長から、社会奉仕の日に参加してもらいたいと依頼があったので快く同意した。今日がその日、AM7;00、法光寺町の線路横にある公園に集合した。
千坂校下老人クラブ連合会が主催する社会奉仕の日、各老人会から5~6名前後、トータル40名前後が集結した。そこで連合会長からあいさつがあって、ももさかプラザを境としてAグループが森本方、Bグループが柳橋方面に分かれて、道路のごみ拾い、除草を実施した。

吾々の班はAグループ、道路左右の歩道に分散して清掃・除草を担った。
約40分の作業時間で終了、公園に戻りお茶と弁当が配付され帰路についた。


調べてみると老人クラブでは、昭和31年より老人週間を契機に地域 社会に対する感謝と高齢者の活力を示す全国一斉「社会 奉仕の日」に取り組んでいる。
この運動は、昭和59年に神奈川県、横浜市、川崎市老連 が「敬老の日」に感謝する取り組みとして行った一斉奉 仕活動が各地に波及し、全国運動につながったものである。





現在は、“きれいな地球を子どもたちへ”をスローガンに、 「花のあるまち、ゴミのないまち」を目指した美化活動、 環境活動に取り組んでいる。
ちなみに、石川県老人会のホームページを調べると


今日は敬老の日だが、老人の日でもあるのだ。


敬老の日は若者が老人を敬う日であり、老人の日は主役が老人、今日の奉仕の日のように老人を連れ出して運動させるのだという。フーン、知らなんだ。

昨日の新聞に年金70歳から支給もという見出しの記事が掲載された。
今朝、奉仕活動に参集した老人会の皆さん、本当にまだまだ現役並みの仕事が十分こなせる方ばかりだった。その一員となって奉仕できたことに満足している自分がいる。


2018年9月16日日曜日

信じられないがしかし・・・

昭和58年、金沢駅連続立体交差化工事の前段として乙丸地内から森本駅まで、上り下りの貨物通路線の新設工事が開始された。この工事に関連して、三池地内に現在もある日吉神社の移転が必要であった。移転と云っても若干の移動でOKなのだが、そこに大きなクスノキがあった。その伐採にあたって、本来、石川県金沢鉄道高架事務所が措置すべきところ、国鉄側に伐採してほしいと依頼があった。工区担当助役であった私めは、渉外担当助役に対応方を依頼した。

現地で高架事務所と立ち合いが行われた。渉外担当助役曰く、「国鉄としては神木の伐採は絶対しません。都市側(県・市をいう)で措置されたい」と固くお断りした。

三池町地内日吉神社
工事関係者はジンクスを不思議なほど重要視する。トンネル工事現場には山の神の怒りに触れるので女性は絶対入場厳禁だとか、口笛を吹くと「ヤマが来る」とこれも厳禁だった。何も知らない新卒者がこっぴどく怒られたものである。

羽田空港にもそれに共通する話が伝わるという。
羽田空港は、87年前の1931年8月25日に正式に開港した。今でこそ世界4位、国内最大の旅客数を誇る羽田空港だが、歴史を紐解くと興味深い歴史が横たわっている。

羽田は、江戸時代中期に埋め立てられ、新田開拓が行われてきた場所である。当然塩害や水害に悩まされ続けたが、やがてこれらの被害から開拓地を守ってもらいたいと、伊勢神宮から外宮の神さま・豊受姫命(とようけびめのみこと)を勧請して神社が作られることになった。それが現在に続く「穴守稲荷神社」の始まりである。“堤防に空く穴がもたらす害から土地を守る”という意味を持つ社名だったが、江戸時代、性病に苦しんでいた遊女たちから、自分たちの体を守るご利益があるとして、大変に信仰を集めることにもなった。

戦前までは東京随一の行楽地に  明治時代になるとこれに加え、羽田に温泉が湧き潮干狩りなども楽しめるようになったため、行楽地としても発展していく。穴守稲荷神社の門前町の賑わいを見て、京浜電気鉄道(現・京浜急行電鉄)が蒲田からの支線の運用を始めたくらいの人気ぶりだった。



ところが、第2次世界大戦の敗戦直後の1945年9月、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は軍事基地拡張のために羽田空港を接収(強制的に没収)し、同時に羽田一帯の土地も軍用地とした。「穴守稲荷神社」と羽田の住民たちには、24時間の撤収時間しか与えられず、ほとんど着の身着のまま荷車を引いて家を後にしたのだという。
この時、社殿や鳥居なども撤去されたのだが、門前に建った赤鳥居だけは撤去できなかった。最初はロープで引き倒そうとしたが、ロープが切れ作業員が怪我をした。続いて工事責任者が病死するなど変事が続いたことから、「穴守さまのたたり」といううわさが流れ、撤去を断念した経緯がある。

羽田空港の大鳥居
結局、1952年にGHQから空港が返還されたのちも、この鳥居は1999(平成11)年までの半世紀以上にわたり羽田空港の真ん中に立ちつづけた。羽田空港は1998年に暫定的ではあるが国際空港としての役割が加わったこともあり、空港全体としての開発が急務となっていたのである。空港駐車場の真ん中にそびえる鳥居は、移転の必要に迫られていたのだ。時代の要請もあり、氏子たちによる丁重な祈願ののち、ようよう鳥居は現地に移された。

とはいえ、現在地も羽田空港の敷地の中であり、穴守稲荷神社と関係があるような位置関係にはない。今でもこの地を訪れた人は「どこにお宮があるの?」と疑問に思われることだろう。なにしろ鳥居の向こう側には、飛行機の離着陸場が見えるだけである。  この「のろいの鳥居」の移転が完了してから、羽田空港は大きく飛躍した。2004年に第2旅客ターミナルビルが、2010年には国際旅客ターミナルビルの運用も始まっている。

こんな話、あなたは信じますか?

2018年9月15日土曜日

7年という歳月

昨日は週2回開催しているカラオケ同好会があった。参加者は4人。久しぶり4カ月ほど休んでいた81歳の女性が顔を見せてくれた。その人の近くに住んでいる80代後半の女性が「家ばかりにいたらおかしくなるからカラオケに行こうよ」と半強制的に連れてきたのだという。その連れに行った女性も3カ月ほど休んでいた。その理由はがんの治療のためであった。

平成22年春に竣功した会館を有効利用するために、各種同好会を立ち上げたその一つがカラオケ同好会であるが、発足時には十数名が会員となって大にぎわいの同好会となった。その同好会の会員もいろいろ事情があって大半が辞めてしまった。辞めたというより高齢のため体調が良くないためやむを得ず辞めた人なのである。

91歳の男性は認知症が進んだということで介護施設に入所された。それまで、週2回の定例会は皆出席、それでも物足りなく思い、近所のカラオケ店に1人で通ったり、かなり遠方のカラオケ店にも足を伸ばして、新曲を次から次に覚えてきて同好会で歌ってくれた。
近所のカラオケ店 道路を挟んで2店舗ある
また、裕次郎の唄を本人そっくりに歌う男性は、胃がんの手術をして家に療養中となってしまい同好会には参加されなくなってしまった。
その他、亡くなられた人が二人、ケガで歩行困難になった人、ご主人と一緒に参加していた女性はご主人が亡くなられたため欠席されるようになった。

カラオケ同好会の発足にあたり、テレビに接続すればすぐ歌えるという触れこみのカラオケマイクを備え付けたり、youtubeから3千曲をPCに保存したりして要望に応えられるようにした。新曲はyoutubeに直接接続してほぼ要望に応えられる選曲となっている。

2カ月前に町会がカラオケ大会を開催した際には、15人ほど参加してくれた。だが、平日開催のカラオケ同好会にはどうしても都合のつかない人が多い。
如何にして多くの会員を勧誘できるか、思案六法中である。

今日の朝刊に100歳以上の統計が発表された。
厚生労働省は15日、100歳以上の高齢者が全国に6万7824人いると発表した。前年から2132人増え、47年連続の増加だという。今年度中に100歳になる人も3万2097人と過去最多だった。厚労省は「医療技術の進歩などが影響している」とみている。

同省によると、国内最高齢は鹿児島県喜界町の田島ナビさんで117歳。男性の最高齢は北海道足寄町の野中正造さんで112歳。

在宅というのが素晴しい
今日は9月15日だが、老人福祉法は9月15日を「老人の日」と定め、厚労省は毎年この時期に100歳以上の人口をまとめている。住民基本台帳に基づき、15日時点で100歳以上となる高齢者の数を1日現在で集計。大半は女性で、5万9627人と87.9%を占めた。
100歳以上の男性が占める割合が10%余、聖路加病院の日野原さんは確か105歳、そんな中、野中正造さんは112歳とは素晴らしい!