2018年4月21日土曜日

5日ぶりPC復旧

17日にパソコンを修理屋に持ち込んで修理を依頼したのだが、今日午後、修理完了の連絡があり早速受け取りに行ってきた。
店頭でスイッチオンし、作動状況を確認した。
1.Outlook作動OK
2.エクセル完全復旧
3.ウイルスバスターをアンインストール、KCTVの無料ソフトインストール
4.ランダム表示の広告ソフト等削除
5.ハードディスク診断結果→破損は認められない
6.ネット受信状況→良好

修理費は15,000円+5000円(KCTVアンチウイルスソフトインストール手間代)=20,000円
結果的に意外と安く直ったという感じである。
ただ残念なのは、メールアドレスが消えた、送信記録が消えた、受信記録も3月以前のものが消えた。

一時は「ファイルが破損しました、初期化しますか」と表示され、パニック状態だったが数時間後初期化したのだがoffice欠落、DVD不作動が確認されたので、悪戦苦闘の末これで全て復旧したと思ったのだが、Outlookがどうしても接続できなかったので修理専門店に救いを求めた。

修理屋のおやじ曰く、「ハードデスクは車のタイヤに例えると、使えば当然すり減る。いつかはパンクしてタイヤ交換が必要になるかもしれない。だが、このパソコンのHDDは今のところは壊れていない。」という診断であった。
明日中にはメールアドレスを作ってしまいたい。

2018年4月16日月曜日

やがて破損と予告あり

パソコン初期化の事後処理で丸二日過ぎた。最後に残ったOutlook2010の回復を何度となく試みても接続が不可だった。自分の知識ではお手上げ状態なので、精通されている人に相談してみることにした。
その人はブログで悪戦苦闘していることをアップしたのを見ておられたようで、電話すると「大変ですね」と陣中見舞いの言葉を頂いた。

大変厚かましいお願いなのだが、パソコンを集会所へ持っていくので見てほしいとお願いしたら快諾してもらった。
パソコン一式を抱えて集会所3Fで据え付け、メール接続のトライをしていただいたのだが、やはりダメだった。webメールのアクセス方法を伝授してもらったのだが、パスワード等の通知書がどこにあるか探さなければならない。

「いずれ、このパソコンのハードディスクは破損する。このタイプ(一体型)のPCは同様の不都合が多く発生している。早めにハードディスクを交換したした方がいい」と云われた。夕方、紹介された電気屋さんにPCの状況を説明したら、やはりやがてハードデスクが破損すると予告され、修理を依頼した場合は6,7万円はかかると宣告された。

その話の内容を集会所で見てもらった人に電話で伝えた。東芝製なので金沢サービスセンターで聞いてみるか、森山町のパソコン救急業にも相談してみなさい、とアドバイスをいただいた。
机の引き出しを入念に点検してプロバイダからの通知書を探した。結果、見つかったので早速アクセスにチャレンジした。繋がった!が、昨日と今日のメールのみ。どうでもいいメールが何と多いことか。肝心の添付書類を見たかったのだが、制限数を超えているため不可だった。

このパソコンを購入して6,7年過ぎた。ハードディスクはいつまで持ってくれるか?

2018年4月14日土曜日

ファイル破損→さぁどうする→初期化だぁ

昨日の朝の出来事なのだが、インターネットが接続できなくなって、何度も修復を試みたがダメだった。どうするか迷いあぐねていたが、ファイル復元しかないという思いに行きついた。
2カ月ほど前の復元ポイントがあったので、ポチッと押したが4時間も復元中という画面。おかしいなぁと思っていた矢先、「ファイルの復元に失敗しました。ファイルが破損しました、初期化しますか」という画面がでた。なんじゃこりゃ、このPCでは初期化はやったことがなかったので思案していたのだが、どうにも埒が開かないので初期化に踏み切ることにした。

個人的ファイルを残すという設定でポチッと。これもかなり長い時間がかかった。ようやく初期化に成功。だが、エクセル、ワード等のオフィスが無いではないか。
メールソフトもなくなってまたまた思案六法。そーか、オフィスのソフトがあったはずだ、それをインストールしようとソフトを隅々探しまくってようやく見つけ出した。Win7からバージョンアップのときは、こんなことは無かったのにと腹が立った。

ところが、である。DVDをプレーヤーに入れても作動しないではないか。ネットで調べるとWin10をインストールすると作動ソフトがないのがノーマルで動かないということが分かった。そのソフトを探したら殆どが有料、ようやく無料にたどり着いてインストールした。
そしてメニューのDVDという項目をポチッと。そうすると動いてくれて胸をなで下ろした。

ワードとエクセルを開いて動作を確認した。次にOutlook。これはまだ機能するまでに至っていない。

パソコンが壊れて動かなくなるということは、実に一大事件だということが身に染みた。
そんなわけで、昨日はブログをパスせざるを得なかった。   やれやれ

2018年4月12日木曜日

水芭蕉のある里

朝から雨模様で、あれっ、天気予報が外れた?と思っていたら10時を過ぎるころから青空が広がってきた。今日は学童下校ボランティアの当番日、11時50分の予定時間通り3人の新入生が同行の先生と一緒に帰って来た。先生に同行されるのはいつまでと聞いたら、今週までと答えられた。明日まで同行されるということである。新入生に学校は楽しい?と聞いたらウンと答えてくれた。

今年の町内の新入生は9人と昨年より5人も増えた。あと6人が来るのを待っていたら、ボランティアメンバーのある人が、「もう来ないよ」というので「何で」と聞いた。
答えは「学童に行った」と聞いて納得して当番を切り上げた。

午後1時半、予定どおりミズバショウを見に行くため家を出発した。私も連れてってと云われていたので途中一人を乗せて現地に向かった。
最高のドライブ日和であった。およそ20分くらい走って国道沿いに設置してある駐車場に車を止めた。既に数台の車が駐車していた。

人がぞろぞろ歩いている方向を見たら、ミズバショウの群生地が特定できた。


国道から斜路を降りて田んぼ道を30mほど進むと群生地に着いた。少し時期が遅れたのかなと思ったのだが、かなり花より葉が生い茂っていた。整備された観賞用歩道の終端まで歩き、花の香りが充満した空気がおいしかった。


葉が大きいかな?
水が滲み出てくる斜面にも群生していた
スケッチをしている人に「ここまで何時間かかりましたか?」と聞いたところ、「3時間くらいです」と答えられた。雰囲気の出ている水彩画だった。
日曜朝市の場所を見て、「まだ一度も来たことがないから、今度来てみよう」と同乗の女性と相槌を打った。

駐車場の少し登ったところにレストランがあったので、その駐車場で降りてコーヒーを飲もうと思ったのだが、「定休日」という札がかけられていた。Uターンして喫茶店に入ろうとキョロキョロしながらとうとう森本駅前に着いたのでコーヒーは断念した。
そういえば最近「喫茶店」が少なくなったと思った。
ようやく念願が叶ったいい日だった。

2018年4月11日水曜日

5時間待ちの診察

先週に医科大泌尿器科で受診した際に10日に予約となった日が昨日だったので、8時40分ごろ家を出発した。前日までの悪天候がうそのように青空が広がっていた。
総合受付をしてかなり離れたところにある泌尿器科の受付を終えて、診察室の前のイスに腰かけたのが9時10分。
イスが足りないくらい受診を待つ人、人、人。

前回の受診時に担当医師から「次回の受診はロボット執刀医の教授になります。教授の担当する患者が多いのでかなりお待ちしてもらうかも知れません」と予め聞いていた。
2時間後、担当医の受診室へ入室の案内表示があったので診察室に入った。
「この後、教授の診察になりますが、私が話したことと違ったことを云うかも知れませんが、ご承知ください。しばらく待合室でお待ちください」と云われて再び診察室前のイスに掛けた。
それからが長かった。12時、1時を回ってもまだ。2時半過ぎ、ようやく受診室へ入ることが出来た。

初対面の教授は物静かな学者タイプのように思えた。診察台に上がるよう指示され、腹部の触診があった。あらかじめ私のデータに目を通しておられたようで、再び「手術を受けられますか」と意思確認。yesと答えると、「泌尿器科のロボット治療は2年前からやるようになりました。手術は最先端の技術を要するので、大阪から医師を呼ぶことになります。また、医療器具の進歩が著しく、高価なのでリース品を使用している。現在、手術は予定で埋まっていて5月下旬か6月となります。大阪の医師の都合や機器のリースの関係もあるので、予定の目途が立ったら電話で連絡します」という話で受診は終わった。時計は3時を回っていた。そして、まだまだ待機の患者が多数いた。
それにしても、医師の休憩や昼食タイムはどうなっているのだろう。

さて、今日の朝刊に水芭蕉が見ごろを迎えたという記事が掲載された。


東原町に水芭蕉が咲くというのは数年前から知っていたのだが、いつも行かずじまいで終っていた。尾瀬まで出かけなくても車で20分ほどで行けるところである。
明日は晴れの予報なので、明日行ってみよう!

2018年4月10日火曜日

一昨日から気温が急低下

昨日も一日中荒れ模様となり、気温も低くなって冬に逆戻りしたようだった。
桜は思わぬ陽気でパッと咲いたが、満開間もなく強い風雨で散ってしまった。
キゴ山で道に迷った60歳の男性が凍死しているのが発見された。
金沢地方気象台によると、8日は強い寒気が流れ込み、最高気温は金沢9・3度、輪島9・5度と平年を5~6度下回った。山間部では雪が降り、金沢でみぞれを観測した。

金沢市の山間部に立地する医王山スポーツセンターでは、8日の強い冷え込みで降った雪がうっすらと残り、桜の木の下が白く染まった。

強い冷え込みで桜の木の下に積もった雪=9日午前8時20分
(北國新聞記事から)
町会の花見は日曜日としていたが、雨の予報もあって中止となった。先週の日曜日、ぼんぼりを張り巡らして準備万端ではあったがやむを得ない。
花見が中止となったことから、町会は先の豪雪で除雪に貢献された8名の皆さんの表彰式を執り行った。班長やシニアクラブ会長等が出席しお祝いした。

表彰式
町内に「おたすけ隊」が立ち上がって1周年を迎えた。そんなこともあって、除雪に協力される方が8人もあったということは素晴らしいことだと思う。


町会長から、元町会長という立場で来賓として祝辞を、と依頼されたのでお祝いの言葉を述べさせていただいた。
おたすけ隊の現状について22日にその模様をテレビで放送されるという。高齢化の地域に新しい試みとして全国発信されることはとても喜ばしいことである。

2018年4月9日月曜日

150年前、オーストリアの少年が写した日本の風景

2日前の読売新聞に、150年前(明治5年)にある少年が写したという日本の風景写真の銀板が発見され、8000万画素のデジタルカメラで撮影したところ、鮮明に蘇ったという記事が掲載された。
早速その写真を眺めた。
先ずは「お江戸日本橋七ツ立ち」と謳われる日本橋から


銀板写真の精度は驚きである。8000万画素のデジカメで撮影してその写真が復元されたという。
撮影した少年の写真も掲載された。
           日本滞在中の和服姿のミヒャエル・モーザー(1872年)

この少年は どの様な人物かというと、江戸から明治に変わって間もない1869年(明治2年)10月2日、横浜港に到着したオーストリア・ハンガリー帝国の軍艦フリードリヒ大公号に一人の少年が乗船していた。日本と修好通商条約を結ぶため派遣された使節団(東アジア遠征隊)に随行していた写真家ヴィルヘルム・ブルガーの助手で、ミヒャエル・モーザーという16歳のオーストリア人少年だったという。


16歳と云えば藤井聡太君と同年代、やはり写真の才能はぴか一だったのだろう。
明治時代の写真を調べていたら面白いものが何枚かあった。

長崎造船所の工事写真
五代友厚所管の長崎造船所
ここが築地とは!
眉唾だが文政4年撮影の兼六園だと
正面は石川門に至る橋?
道路造成に埋め立てする以前の写真。この写真は見たことがあると記憶している。

金沢市電線路建設模様の写真は大正前期
いろいろ調べていて、古くはないが懐かしい写真があった。

ダイエーの駐車場

この駐車場はスロープが狭かった。壁に擦り傷の跡が沢山あったから多くの車が損傷しただろうと思ったものである。なくなってまだ10年くらいだろうか。この道路からバスが発着していて便利だったのになぁ。