2020年7月17日金曜日

スカッとする話4題

昨日は久しぶりに青空が広がった。ほぼ快晴の一時もあった。夕刊には晴れ上がった青空の下、久しぶりの散歩を楽しむ写真があった。

爽やかな青空の下を散策する観光客=16日午前11時半、金沢21世紀美術館
今年の梅雨明けは8月1日になりそうだという。いつもより1週間くらい遅い。

次のスカッとする話
コロナ不況で日本全体が沈滞しているが、そんな不況を吹き飛ばす出来事があった。それはルビーロマンの初競りで史上最高値となった一房何と130万円。一粒42,000円だという。

落札者はホテル百楽荘。本店が九十九湾の高台にあって、洞窟風呂や釣り客で賑わっている。そのホテルが業績好調で湯涌温泉のホテルを買収している。
購入した「百楽荘」の坂本光隆取締役は、「ことしは新型コロナウイルスの影響で高級食材の価格が下がり、生産者から悲痛な声を聞きますが、ルビーロマンの初競りを明るいニュースとして発信できればうれしい」と話した。
このホテルには倒産風はゼロで余裕すら見える。コロナを吹っ飛ばす勢いが感じられる。

もう一つは看護師の咄嗟の行動が人命救助に繋がった話題。
5月21日夕、母親が運転する車に妹と乗っていた。金沢市の犀川に架かる新橋から女性が転落する瞬間を妹が見た。母親が119番し、三浦さんは靴のまま川に入った。
頭から血を流す女性。川の中は寒く「浅瀬に上げなくちゃ」と考えた。救助に加わった会社員の松井良行さん(47)=同市入江=の手を借り中州に移動させた。女性はパニック状態。三浦さんは救急隊の到着まで声を掛け続けた。「無事であってほしいと家族で願っていた」。三浦さんはそう当時を振り返り、「無事で本当に良かった」と笑顔を見せた。

金沢中署は6月、三浦さんと一緒に救助に当たった会社員松井良行さん(47)に署長感謝状と記念メダルを贈っている。松井さんの贈呈式の報道を契機に、救助した女性が三浦さんと分かった。

もう一つあった。
あの藤井聡太7段が史上最年少で棋聖戦を制した。
若き挑戦者の最後の手に、負けを確認した渡辺明棋聖(36)が頭を下げた。同時に礼を返す挑戦者。10時間を超す激闘の末、藤井聡太七段(17)がタイトルの最年少獲得記録を30年ぶりに塗り替えた瞬間だった。19日に18歳の誕生日を迎える高校生棋士は「今回の五番勝負で得たものがいろいろあったので成長につなげたい」と喜びを謙虚に表し、無限の可能性を感じさせた。
自分より60歳も年下の快挙は素晴らしい!
昨日はいい1日だった。

2020年7月16日木曜日

ブログのアクセス数を分析

このブログを始めたのは2013年1月だから、今年で7年半ほど経過した。そこで、投稿記事にアクセスした国別件数、投稿記事の主な件数を調べてみた。最近の傾向として、国内と海外がほぼ同数となっているのが不思議である。
ブログ開設して間もなく、ある役職をまかされることになったので、3年間ほど殆ど投稿しなかった。その役職が解かれてから、毎日投稿することを実践して今日に至っている。


これは今週の国別アクセス数の表である。どういうわけか、国内と海外が半数づつとなってきた。その大半がアメリカ。アクセスする人は全員海外在住の日本人の皆さんなのだろうか。

輪島塗りをアイヌ民族が使用していた記事や穴太衆の海外進出、能登空港開港18年目など均等に14件づつとなっている。ということから、ある学校等の施設から先生がアクセスを指導しているように感じられる。

不思議なのは「不明な地域」がかなりの数があることである。たとえばどんな国が不明としてカウントされるのか知りたいと思うが、何ともならないのだろう。
そんなデータを見て、これからも「今日も見てみたい」と思われるブログ作成を心がけることにしよう。


2020年7月15日水曜日

新盆と旧盆 お宅は?

一昨日(13日)から新盆である。これより少し前に、決まってかほく市役所から墓地公園の清掃についての案内文書が届く。能登にあった墓は兄弟姉妹の住まいと遠くなったので、母がなくなって1年後(10年ほど前)に市営墓地公園に移転した。かほく市や金沢市は新盆の風習なのだが、自分は習慣として旧盆の墓参が続いている。


墓の掃除は周りに迷惑にならないようにと、かほく市の墓と女房の戦死した父親の墓を能登から卯辰山墓地公園に移転したので、2か所の掃除を新盆入りの2,3日前にすることにしている。
かほく市宇野気墓地公園
奥卯辰山墓地公園
新盆と旧盆の習慣が根付いた理由を調べてみた。
明治5年、日本はそれまで800年以上もの間使っていた太陰太陽暦を止め、太陽暦へと暦を切り替えた。明治5年12月2日の次の日を1873年(明治6年)1月1日としたという。

そのため改暦前の太陰太陽暦を「旧暦」、改暦後、つまり現在我々が使用している太陽暦を「新暦」と呼んでいるということだ。
本来なら、他の行事と同様、お盆も7月15日に行うべきところだが、しかし農家の人にとっては、7月はまだまだ農作業が一段落しておらず忙しい時期である。農家以外の人であっても7月では落ち着いてご先祖様のお迎えなどできない・・・・ということらしい。

こうした背景から、旧暦の頃と同じ時期(8月15日)にお盆を行う地域と、新暦にしたがって(7月15日)に行う地域に分かれたものと思われる。岐阜や名古屋にいる頃の職場の盆休みは殆ど旧盆だった。全国的にも旧盆が圧倒的に多いと思うが。

2020年7月14日火曜日

輪島塗りをアイヌ民族が使っていた!

 一昨年の北海道旅行で3泊目のホテルが阿寒湖のほとりにあった。夕食を済ませてオプションとして選んだアイヌシアターでのアトラクション観劇に出かけた。ホテルを出ると土産物の店舗が連なる道を10分ほど歩くと立派なモニュメントが見えてきた。
このモニュメントの奥にアイヌシアターがあった
ここがアイヌシアター「イコロ」
中は撮影禁止なので自分の写真はないが、ネットでさがしたら何枚かあった。
アイヌの踊り、歌や笛が演奏された
中学1年だったと思うが、だとしたら昭和30年、中学にアイヌの人たち十数人がやってきてマリモを見せてくれたり、踊りを披露してもらった。上の写真の衣装は派手なように感じてしまうのだが、当時、女性達が着ていた着物は裾に白模様の入った紺色の地味な感じがした。そして女性達は全て口の周りに刺青をしていた。
刺青はこんな感じだった
何せ六十数年前になるから、もう今ではすっかり刺青の女性はいないに違いない。「エホレン、エホレン、エホレンヨー」というかけ声が今も耳に残っている。なので、シアターで見たアイヌの踊りは全くの別物のように感じた。
雰囲気的にこのような踊りだった
昭和30年頃はこうだったのだろうか
昨日の中日新聞に次の記事が掲載されていた。
「輪島塗 アイヌ愛用だった 漆器の下地で産地など特定」
アイヌ民族が所持していたとされる江戸時代後期から昭和前期の漆器の産地や年代について、石川県輪島漆芸美術館名誉館長で漆器文化財科学研究所の四柳嘉章所長=同県穴水町=と上越教育大大学院の浅倉有子教授(近世史)が初めて特定した。この中で、アイヌ民族が「台盃(はい)」と呼び、祭礼や儀式に使われた輪島塗の特注品の存在も明らかになった。産地の輪島市でも現在は見られず、四柳所長は「地場産業の歴史を見直すもの」と意義を強調する。
苫小牧市美術博物館が所蔵するアイヌ民族特注の輪島塗の台盃。上がり藤の蒔絵が椀と天目台の両方に刻まれている
輪島塗の椀の内側に描かれた鳳凰の漆絵

明治中期の輪島塗と推定しているが、アイヌ民族も輪島塗の素晴らしさを理解して使用していたとは愉快なりである。
そんな記事に昔の記憶が掘り起こされた。

2020年7月13日月曜日

何度も足を運んだ能登空港が開業から18年目!

平成15年7月に開港した能登空港では、全日空が羽田便を1日2往復運航している。これまで利用者はおおむね15万人前後で推移し、開港16年目は過去最多の16万9840人を記録した。17年目も20年2月まで搭乗率73・1%と前年を上回るなど好調だったが、新型コロナの感染拡大で4月9日から日2便から1便に減便。搭乗率も4月が6・9%、5月も6・5%と大きく落ち込んだという。

今年7月7日は開港18年目を迎えた
東京の感染者数が連日200人を上回るようになった。そんな中、とても「皆さん、能登観光にどうぞいらっしゃい」とは言えない今日である。
能登空港が開業したのが平成15年7月だが、実はこの2ヶ月前に空港見学会が開催されたので孫を連れて見学に行った。

もうすぐ2歳になる初孫だが、今年大学生になった
この日は大勢の見学者が訪れていた
空港ビルには道の駅売店、レストランのほか、県の各種事務所が入居している。現職時代には輪島土木事務所の一部もここにあって、業務の打ち合わせも何度か行なった場所でもある。
そのほか、大会議室も併設されていて、各種講習会等も頻繁に開催されている。

県内市町村の建設技術者の研修会も開催され、自分も主催者側として参加した
平成16年5月能登線乗り納め会の帰りに空港に寄った
そーか、こんな立派な空港ができて東京まで1時間、これでは鉄道は出る幕がないわなぁ・・と
平成22年9月町内老人会の研修旅行でも訪れた
このほか、5月の連休には能登キリシマツツジ展示即売会が開催されるようになって苗木を購入したこともある。そんなお世話になっている空港なので、コロナが早急に収束し益々の繁盛発展を祈念したい。

2020年7月12日日曜日

責任を追及するとすれば行政機関だ

特別給付金の振り込みがあったのを確認して、ほくそ笑んだであろう森容疑者。この事件は被害者に寸分の落ち度もないのである。では、どうして詐取できたのか?
この事件にはこの文書は当てはまらないのだ
能登町に住む男性が申請した国民1人あたり10万円の特別定額給付金が何者かにだまし取られた事件。警察は、8日、男性名義の申請書を偽造して給付金をだまし取ったとして、名古屋市の男を逮捕したという。 有印私文書偽造・行使と詐欺の疑いで逮捕されたのは、名古屋市守山区の無職・森進一容疑者(50)だ。森容疑者はことし5月下旬ごろ、能登町に住む60代の男性名義の特別定額給付金の申請書を不正に入手して偽造し、自身の口座に男性の家族の給付金あわせて40万円を振り込ませてだまし取った疑いがもたれている。
男性が給付金を申請したもののなかなか支給されず町に確認したところ被害が発覚した。


5,6人が書類チェックしたという能登町役場
森容疑者は男性が提出した申請書を何らかの方法で入手し、口座番号などを書き換えて再び役場に提出したということです。調べに対し「覚えがない」と否認していて、警察が申請書を入手した方法などを詳しく調べている。

 そこで、ない知恵を絞り推測すれば、この犯人は「同姓同名」の名簿を片っ端から地元の商工会などが発行した電話帳などで調べたのだろう。そして能登町在住の被害者をターゲットに絞った・・・。が、申請書をいつどのように入手したかが事件の核心になる。役場に出向いて役場職員に、「申請書の記入にミスがあるので訂正したいので書類を返して貰いたい」とでも云ったか?
再提出された書類は数人でチェックしたが不正はなかったと役場の説明があったようだが・・・。

本人にTV記者がインタビューしていた。本人曰く、「こんなことがまかり通ること自体馬鹿げている」と怒り心頭だった。本当に馬鹿げた話である。
しかし、この事件は振り込み口座番号で本人が特定できる。犯人は完全犯罪だと考えたのだろうか。犯人は取り調べで、「覚えがない」と答えたようだが。そりゃぁそういうだろう。ことの顛末を知りたいものである。

2020年7月11日土曜日

トンネル貫通の万歳三唱

昨日(10日)、新北陸トンネル(19.8km)が貫通したという。そんなニュースに接すると、自分の経験した数々の貫通式が思い出される。
貫通式では必ず万歳三唱が行なわれる
2023年春に開業する予定の北陸新幹線・金沢―敦賀間の新北陸トンネル(全長19.8キロ)が10日、貫通した。同区間の最長のトンネルで、北陸新幹線全線では2番目に長い。想定より地盤が軟弱だったため、掘削工事は予定より3カ月ほど遅れた。鉄道建設・運輸施設整備支援機構によると、工事に新型コロナウイルスの感染拡大の影響はないという。

軟弱地盤の補強工事で貫通が3ヶ月間遅れが生じた
時は1973年(昭和48年)1月31日、自分は山陽新幹線大野トンネル貫通式に臨んでいた。
広島新幹線工事局長が最後の発破スイッチを押した瞬間
施主側と請負業者が鏡割りした樽酒で乾杯し貫通を祝った
自分の担当現場だったので感慨ひとしおのものがあった
地元が新幹線建設反対運動をしていたので広島県内で最も遅い貫通式だった
これは大野トンネル貫通の1年前に貫通した廿日市トンネル貫通式で
さらに遡り、中央本線多治見・土岐津間新虎渓トンネル貫通式(昭和39年)
実は高校3年の学園祭で北陸トンネルの記録映画を見て、「俺もあんな仕事をしたい」と思った。
当時の記録写真
その頃、トンネル掘削工法で「大型ドリルジャンボ方式」が導入され、掘削スピードが格段にアップしたのであった。
しかし、技術革新が凄まじくNATM(ナトム)工法が採用され支保工なしで掘削可能になったため、掘削スピードはさらにアップ、最近では大口径ボーリングマシンが大活躍しているところである。

残すところ開業まで2年半、かなりハードな工程管理が求められる。国鉄から分離したのが昭和40年4月、鉄道建設・施設整備支援
機構の担当される皆さんにエールを送ろう。