2024年6月7日金曜日

安原のスイカ出荷が始まった!

中学生の頃、内灘へ海水浴に行った際に、広大なスイカ畑にスプリンクラーが散水している光景を見て、スイカを育てる大規模なシステムに驚いたことがあった。
昨日のニュースで、市場に出荷されたスイカの仕分け作業がオートメ化されているのを見て、時代は変わったなぁと実感した。

JA金沢砂丘スイカ出荷場
昨日から「金沢すいか」の出荷が始まったという。
1玉8キロほどと大玉で、みずみずしい甘みが特徴の「金沢すいか」。
JAの集出荷場には、安原地区にある20軒の農家から6000玉の金沢すいかが持ち込まれ、生産者が画像診断で形や空洞がないかを調べたあと糖度を測るなどして4つの等級に分けていった。
一度、安原のスイカを食べると病みつきになる
能登半島地震の影響で一部の農家では、水を供給するパイプが破損する被害もあったが、修復が終わり昨年と同じ作付面積となった。
西瓜部会 清水大志部会長:
「夏場ってどうしても食欲が減退すると思うんですけどすいかは水分も栄養もあるので食事として食べて頂きたいと思います」と。

金沢すいかは、今日の朝競りにかけられ早ければ昼頃に店頭に並ぶという。食べたいなぁ。

2024年6月6日木曜日

超はや!昨日一日で121棟公費解体進捗

 いつまでもほったらかしだった朝市通りの無残な姿だったが、昨日から開始された公費解体で何と121棟が終了したという。すごく早いというイメージだが、ダンプ横づけで重機で解体積み込みだと何ということもないスピードなのかもしれない。

ようやく鎮火が終わった状況

これまでほったらかしのように思われたのだが、実は登記の問題で関係者のはんこが全て整わないと滅却登記はできなかった。それが代表者のハンコで取り壊しができるようになったという。輪島市の涙ぐましい努力が続いていたのだった。

更地になれば建物再建の機運が高まる

公費による解体や撤去の対象となるのは、能登半島地震で被害を受けた市内の「朝市通り」周辺にある約280棟のうち、申請のあった100棟余りです。
5日の作業は午前8時半すぎから始まり、市から委託を受けた業者が建物の解体に向け、辺りに散乱したがれきを重機で撤去する作業を行っていました。
輪島市朝市組合の冨水長毅組合長は、「地震後の景色がなかなか変わらず私も含めて組合の皆さんも見るたびにつらい思いをしていました。1日でも早く復活することに期待を寄せています」と話していました。

輪島市当局の事務処理に努力された皆さんにねぎらいの言葉を贈りたい。
「ご苦労様でした。これからも頑張ってください」と。


2024年6月5日水曜日

思い出がぎっしり詰まっている朝市通り

朝市通りの現状の姿を見ると涙がこみあげてくる。一面焼け野原、実はここにいろいろな思い出が詰まっている。

一面焼け野原 空襲のような無残な光景

5か月経過したが、一向に復興の兆しが見えない。やがて復旧工事がボチボチ始まるのだろうけど・・・・。
ストリートビューを見てみた。

ストリートビューから
この店の前でシニアクラブで記念写真を撮影した。記録を見ると平成28年だった。

 
8年前の朝市通り

実家の夏祭りには親父と一緒に輪島まで買い物に来た。サザエやアワビはこの通りではないが、この付近の魚屋で買い入れた。
復興したら朝市通りでフグの干物を買いたいと思っている。この日が来るのが1日でも早くなる日を待ちたい。

2024年6月4日火曜日

1日限定の友禅流し

昨日早朝の地震警報で外に飛び出したが、一向に揺れが感じなかったので家の中に入った。
輪島・能登町・珠洲で倒壊した建物があり、津幡では骨折した人があったという。震度5にしては損害が少なかったように思う。

百万石まつりは一昨日の2日が最終日だったが、浅野川では関連イベントとして友禅流しが1日限定で復活したという。
友禅流しは金沢の伝統工芸の一つ、「加賀友禅」の生地についたのりや余分な染料を川で洗い流す作業である。
浅野川の風物詩だったこの光景は担い手が不足し、いまでは見られなくなっていたが金沢百万石まつりに合わせて1日限定の体験会が開かれた。

訪れた人は:
「伝統的なものなので無くなってしまうのは寂しいから、ずっと続いたらいいなと思います」
イベントを企画した加賀友禅文化協会は、今後も加賀友禅の試着や販売などを行って魅力を広く伝えていく考えです。

川が汚染され友禅流しも新しい施設に移されて久しい。もう汚染はなくなったが、友禅流しは今後も浅野川に復活はないだろう。今後もこのような体験会を続けてもらいたいものだ。

2024年6月3日月曜日

腹内側前頭前野の老化?

電車の中で高齢の男性が泣いている赤ん坊に「うるさいな」と声を荒げているのをみかけたことがある。そこまで言わんでも・・・と思ったものであるが。
今日の記事で、
上沼恵美子(69)が2日、テレビで、キレる老人に苦言を呈したという。
この日はキレる高齢男性が多いという話題に。医学博士の吉田たかよし氏は「男性は感情を抑え込む腹内側前頭前野の老化が早く、女性より70代で暴走しちゃうことも」と説明した。「レジで店員にキレる」「電車の中で泣く子どもにキレる」など実例も挙げられた。

へぇそうなのか・・・と。


これに上沼は「泣く子どもにキレるっていうのは、もう人間性の問題になってこないかな?脳のホルモンが足らんからだけじゃなくて」と指摘。
「こいつの生きてきた人生みたいなものが…こんなことばっかりで怒ってたんでしょうね。子どもに当たってもしゃあないのね」と切り捨てた。
「子供が泣いてお母さんはもだえてるねんから。一緒にあやしてあげてくださいよ。“大丈夫ですか?”“大変ですねえ。今、一番カワイイ時だけど、電車では泣くから”とか言えんのか!人生の先輩やろ!」と語気を強め、「こんなん最低ですやん!」とあきれていた。

鋭いご意見!そんな光景に出くわしたことが何度かあった。腹内側前頭前野の老化ということを初めて知ることができた。

2024年6月2日日曜日

行列見物は41万人!やっぱりTV見物が最高

百万石まつりは、前田利家が天正11(1583)年6月14日、金沢城に入城し、金沢の礎を築いた偉業をしのんで開催されている。6月14日の日付は尾山神社誌に基づいているという。
百万石まつりは、昭和27年に金沢市と金沢商工会議所が中心となって開催した商工まつりが第1回目となるのだとか。
昭和59年に初めて、百万石行列の主役である利家役に俳優を起用して以降、全国に発信できる初夏の一大イベントに成長した。

開会セレモニーの太鼓競演は圧巻だった

自分の中高時代のパレードといえば、商工会の工夫を凝らしたトラックの行列だった。

こんな行列でも見物人は多かった
それが現在では全国的にも有数のパレードに成長した。娘が小六の時、百万石パレードで小学校音楽隊の先頭に立ち、指揮棒を振ることになっていたのだが、途中雨が降ってきたため歌劇座(旧観光会館)で披露することに変更になった。そんなこととはつゆ知らず、武蔵の交差点付近でいつまでも待ち続けた。パレードが終わり不思議に思っていたのだが、娘から経緯を聞いて「そんなアホな」と腹が立った思い出もある。

2024年6月1日土曜日

ちょうちん行列

昨日から百万石まつりが始まった。今朝の朝刊によると、昨日は金沢市子ども会連合会が主催のちょうちん行列が開催され、同市長町の緑地では松ケ枝、芳斎、長土塀、長町の4団体から約400人が集まる開会式があったという。通常は旧県庁裏手の広場で数千人規模で行われるのだが、昨日は能登半島地震の災害に鑑み、各校下で開催となったようである。

雨が降らなくてよかった

こんなニュースに接すると、平成26年のちょうちん行列に参加したことを思い出した。

子供たちで溢れた

先頭に立ち、千坂小の校長と並んで歩いた

この時はセレモニーの後、千坂小のこどもたちの先頭に立ちちょうちんを持って、延々3kmも歩いた。
今日は百万石行列が行われるが、この行列にも参加したことがあり、駅前から金沢城にゴールまで歩いたが、途中、わらじが切れて大変な目にあったことも思い出される。