2019年7月7日日曜日

子供の頃の生活

金沢くらしの博物館となっている建物は旧紫錦台中学校の校舎の一部である。戦前は金沢二中でもあった。自分は昭和30年入学、33年卒業であった。
今、そこで「昭和の台所 懐かしい家電 金沢くらしの博物館で展示」という催しをしているという。

昭和の台所用品や食卓の風景を紹介する展示=金沢くらしの博物館で
戦前から戦後にかけての家庭の台所の移り変わりを伝える企画展「昭和の台所」が、金沢市飛梅町の金沢くらしの博物館で開かれている。調理器具や家電製品など約百点を展示している。九月一日まで。
お釜、おひつから電気釜、保温ジャーに変わるご飯の炊き方や保存方法をはじめ、脚のついたまな板やかつお節削り箱、すり鉢、石臼など、時代を感じさせるさまざまな道具を紹介している。食品を虫から守る「ハエ帳」や、氷と塩を入れてハンドルを回す「アイスクリーマー」といったユニークなものもある。

子どもでも分かりやすいようにと、学芸員の東條さやかさん(42)が実際に器具を使って調理をし、その様子や料理の写真を併せて掲示した。東條さんは「昔の道具は長い年月をかけて進歩していて、使うのは大変な分おいしいものができる。親子で見てもらい、会話の種になれば」と話した。入場料は高校生以下無料、一般三百円、六十五歳以上二百円。 

自分の子供の頃の台所だが、その頃の台所は「へっつい」と呼んだかまどに釜を載せてご飯を炊いた。火を付けるのは子供の役目だった。かますに入った鉋屑をへっついに入れ点火してからミカンやリンゴが入っていた木箱を壊して焚き木にしていた。雑貨屋を営んでいたので木箱はふんだんにあったのである。やがて釜のふたが動き出して盛んに湯気が上がってくる。しばらくするとふたが動かなくなると火を落とす。そんな一連の動作を思い出した。

当時の一般的な食卓
まだTVがなくラジオの時代 小学生の頃で当時の生活が懐かしい
これは県外の施設だが、時代は昭和40年代前半くらいか
駄菓子屋の店もあった。

昔のわが家も雑貨屋だったので雰囲気がよく出ている
ミルキーのぺこちゃんんもいるなぁ
このころはどこの家庭にも子供は5,6人が普通だった。嫌いなものは知らんふりして姉や弟の皿にのせた。好きなものがあると、油断をついてサッと横取りする熾烈な戦いもあった。そんな時代を思い起こす写真だった。

2019年7月6日土曜日

祭りにかける意気込み

能登のキリコ祭りの序章、宇出津のあばれ祭りが昨日から始まった。
役場前に集結した50基前後のキリコが、笛・鉦・太鼓・子供たちのはやし・担ぎ手の渾身の姿が混然一体となって、紅蓮の炎を上げ燃え盛る松明の火の粉を浴びながら練り歩く様は、観客も酔いしれるのである。

日本遺産「能登のキリコ祭り」の開幕を告げる石川県無形民俗文化財「あばれ祭(まつり)」は5日、能登町宇出津で2日間の日程で幕を開けた。初日はキリコ42基が大たいまつの火の粉を浴びながら乱舞し、港町を熱狂の渦に包んだ。


燃え盛る大たいまつのそばで乱舞するキリコ=能登町宇出津の宇出津港いやさか広場
あばれ祭の祭神「須佐(すさ)之(の)男命(おのみこと)」をまつる八坂神社で神事が営まれ、白山、酒(さか)垂(たる)両神社の氏子が神輿(みこし)2基を担いで町内を巡行した。
各町を出発したキリコは太鼓やかね、笛の音を各地で響かせながら、町役場前の宇出津港いやさか広場に集結。周囲が暗くなり、高さ約7メートルの大たいまつ5本が点火されると、若衆が「イヤサカヤッサイ」と声を張り上げ、キリコを上下に揺らしながら燃え盛るたいまつの周りを練った。

あばれ祭は八坂神社の祭礼で、約350年前から続くとされる。6日も神輿とキリコが巡行し、神輿は川や火の中に投げ込まれる。

あばれ祭りのクライマックス
先日の新聞によると、町内の人口が減少したため、キリコの修繕ができない町があるという。2日間にわたって担ぎまわるためキリコの傷みは激しい。昨日に続いて今日もキリコが担ぎ出されるが、終わる頃になると疲労困憊してキリコを担ぐというより引きずる状態になる。そんなことで傷みが大きくなる。その修繕費が世帯数減少のため捻出が困難になったという。

新町通りに勢ぞろい 壮観である
宇出津のキリコは近郷のそれとは大きな違いがある。キリコの高さや図体はコンパクトに作られている。そのかわり、子供たちが大勢乗れるように台座部分が頑強に作られるため重量が大きくなる。そして自分が子供の頃には胴体やぼんぼりの灯りはバッテリーが備え付けられていた。石崎のキリコと比較すれば違いが明白である。

台座が頑丈でなおかつ大きい
石崎のキリコ
石崎と比較して大きな違いはキリコの大きさであるが、写真のように石崎の担ぎ手がとても多い。それに整然として担がれるのが特徴である。ただ、本数は宇出津が6倍ほど多い。やはり宇出津は「あばれる」祭りなのだ。
「祭りのカネは惜しまない」という地元の総意がないと祭りは続かない。
だから能登のキリコ祭りは凄い祭りといえる。




2019年7月5日金曜日

孫に届いた2通の郵便物

昨日と一昨日、孫あてに2通の郵便物が届いた。
1通目が自衛官募集、2通目が参議院選挙投票所入場券だった。
高3の孫は5月に18才の誕生日を迎えた。自衛官募集案内は全国の高校3年生にあてたものだろう。


本人は開封してチラッと数枚の資料に目を通して封筒に戻した。感想は特になさそうである。
そして、もう一通は参議院選挙投票所入場券だった。エエッ、もう投票?と思った。「20才で成人」がこれまで当たり前だった。そーか、そういえば去年法令が変わったなぁ・・・と。

投票所入場券サンプル
選挙には関心があるようで、立ち合い演説を聞いてみたいという。まわりからいらん情報を入れずに純粋な気持ちで誰に投票するか決める、言われてみれば至極当然なことではある。振り返って自分が最初に選挙を迎えたときはどうだったかといえば、労組が推す社会党なら誰でも良かったのである。組合資料がどんどん来た。自民党の政権を奪わないと明るい明日はない・・・と。

34歳の時、現場助役に任命され組合員を離れた時があった。工事で支障する電気ケーブルの埋設位置確認の立ち合いを電気所助役に申し込んだ。そうしたら電気所助役曰く「作業の計画は1週間前に組合に現場協議をしなければならないので立ち合いは無理」と返答された。立ち合いは組合に無関係だからすぐやってもらいたいと話したが拒否された。
現業機関の労組の横車が幅を利かせていた。ストライキをしてその結果牛乳1本を当局からせしめたと喜んでいる組合員を見て情けなくなった。そんなことがあった以降、組合が嫌いになった。

孫にはいろんな人の話を聞き、資料を読んで自分の確固たる意志で投票する人を決めてもらいたいと思う。

2019年7月4日木曜日

三谷公民館前で朝市開催(7日)

先だってアジサイ3千株が咲き誇る本興寺についてこのブログで取り上げたが、今日は森本ICから東へ2.5kmほどの場所に三谷小学校や三谷公民館がある地区の話題である。
このほど、その付近に朝市が7日に開催されるという。


新聞見出しは「朝市 三谷活性化の夜明け 金沢の中山間地で7日開催」となっている。
住民「地元知る機会に」
金沢市東部の中山間地にある三谷地区で、住民らが地域のにぎわいにつなげようと、初の「みたに朝市」を七日午前八~十一時、三谷公民館(同市宮野町)前で開く。住民の高齢化や減少が進む中、農家以外からも広く出荷者を募り、地元の魅力を発信しようと準備を進めている。(本安幸則)

7日のみたに朝市開催に向けて準備を進める松田優樹さん(左)と森潔さん=金沢市東原町で
 地区では「304水芭蕉(みずばしょう)市」(東原町)や「ごんでん朝市」(北方町)、「松根青空市場」(松根町)といった朝市が毎週日曜早朝に開かれ、地元で取れた新鮮な野菜や農産加工品を求めて市内外から客が訪れている。
ただ、近年は住民の高齢化で、出荷する人や品物の数が減少傾向にある。新たな参加者に加わってもらうことで活性化につなげ、地元で続く朝市を残したい考え。当日は農家以外も含め、計四十~五十人が出店する見込みという。

みたに朝市のプロジェクトの代表を務める森潔さん(72)は「新たな朝市が大きくなってほしい。多くの人に三谷を知ってもらうチャンスにしたい」と力を込める。十一月には二回目を開く予定。

朝市開催場所の三谷公民館付近
三谷公民館のすぐ隣に三谷小学校がある。もう二十数年前の出来事なのだが、三谷小学校は忘れることができない学校なのだ。
下の娘が大学卒業の年に二回目の教採試験に合格してすぐに、教委から三谷小学校の代用教員の打診があってそこにしばらくの間務めることになったので、日曜日に女房と二人でどんなところなのか見に行ったのである。

統廃合されて何年も経っていない校舎は真新しい建物に見えた。
2,3か月後、娘は内灘町に新設開校した西湖小学校に晴れて正教員としてスタートを切った。
自分は現職バリバリの時代だった。新聞記事を見てあの頃が懐かしく思い出される。戻れるものならもう一度あの頃に戻りたい。

2019年7月3日水曜日

高齢者に卒業証書授与

免許自主返納者に「卒業証書」授与式のイベントがあった。 
このイベントは、警視庁田園調布警察署で行われたもので、2018年、免許証を自主返納した高齢者30人に、運転経歴年数が書かれた卒業証書が渡されたという。

運転卒業証書授与式
自主返納した人は、「(免許証を)返納したら、すっきりしました」、「事故も起きないし、(返納できて)ほっとしている」などと話した。
高齢ドライバーの事故が相次ぐ中、東京都内の免許返納は、5月、過去最多の5,759件にのぼった。
池袋暴走事故以降、面鏡返納者急増
あの杉良太郎氏も74才と後期高齢者前だが返納したという。



日本の芸能界において、「ここ一番で一肌脱ぐ大物」といえば、杉良太郎だ。
先日、75歳の誕生日を前に、運転免許証を返納。多くのマスコミが集まる中で、高齢者ドライバーによる事故についても語った。また、6月25日には、15歳のときから、実に60年も刑務所・拘置所の訪問を続けたことで、「法務大臣顕彰状」を授与されたことも話題に。

そのほか、ベトナムでのボランティアや震災への支援など、一肌どころか、何枚脱いでるのというくらい、さまざまな活動を積極的に行っている。
近年はドラマでも『よろず占い処 陰陽屋へようこそ』で元ホストのあやしい陰陽屋(錦戸亮)が通う居酒屋「狐火」の主人役で出演。常連にしか出さない絶品の油揚げを陰陽屋に出して渋い味を出した。また、『下町ロケット』では、大企業「帝国重工」の社長として、重要シーンにのしのしと現れ、社内の不穏な空気をひとにらみで押さえてしまう。大物感は絶大だ
。

ふと我に返れば、後期高齢者に突入して1年半が経過した。返納は一度も考えたこともない。
この返納率をまとめたデータがあった。


石川県は47の27位にランク付けされている。良くもなく悪くもなくというところか。
隣の富山県は6位。何でだろう。理由が分からない。よっぽど優遇策が充実しているのだろうか。なことないと思うが・・・
ただ、いいかっこうして返納した後で、こんなことになりそうだから返納を思いとどまるのだ。

何で返納したのかわからなくなる
バス無料乗車券が毎年何枚かもらえるとか、もう少し自主返納者に対するメリットを増やしてもらいたいものである。

2019年7月2日火曜日

山開き

昨日(1日)は毎年恒例の白山の山開きが行われた。
以下、新聞記事から
霊峰に届いた御来光の輝きは、風雨に耐えて頂に立った登山者たちへのご褒美のようだった。1日午前4時38分、令和最初の夏山開きを迎えた白山の最高峰・御前峰(ごぜんがみね)(2702メートル)では、日の出とともに濃い霧が消え、雲間にほんの一瞬、荘厳な光が差し、空一面を赤く染めた。奇跡的な天候の回復が出合わせてくれた絶景に心が震えた。

空一面を色鮮やかに染める御来光=1日午前4時35分、白山の御前峰(三上聡一撮影)
御前峰の頂で待っているうち、登山者が続々と到着し、日の出までに17人が集まった。東の方角をじっと見詰め、霧が消えることをひたすら祈る。
すると、祈りが通じたのか、一帯が明るくなり始め、眼前からサーと霧が消えた。雲の隙間から陽光が差し、みるみる空を染めていく。赤やオレンジ、眼下の雲海は薄ピンク色に照らされ、美しいグラデーションを描いた。山頂から一緒に御来光を拝んだ「登山仲間」からは、感嘆の声と拍手が沸き上がった。

夏山開き初日に御来光が見えたのは3年ぶり。20年ほど前からほぼ毎年登っているという石川県自然解説員の宮下由美子さん(52)=加賀市動橋町=は「初日にこれほど神々しい御来光を見たのはあまり記憶にない。どきどきする日の出だった」と声を弾ませた。

主要登山口の別当出合に続く県道白山公園線は、6月30日午前から7月1日午前まで、大雨に伴う通行止めが続いた。多くの愛好家が登頂を断念せざるを得なかった中、御来光を拝めた幸運をかみしめた。


そういえば自分も女房と次女の3人で白山に登った。H15年8月2日AM4;00、室堂を出発した。およそ40分位で頂上に到着した。
白山は信仰の山だといわれていたのだが、頂上に宮司が立ちご来光を待つ姿を見て、さすが白山、さすが白山比咩神社だと感動した。


宮司がご来光を待つ
そしてその時が来た 厳かにご来光を拝み万歳の声が上がった
頂上に足跡を残した
ご来光を拝んでからお池巡り。確か3か所だったかな?
登りは砂防新道、帰りは観光新道を下った。
観光新道は距離が長く急こう配だったが、そこは至る所に高山植物の花々が迎えてくれた。

山の稜線までニッコウキスゲが満開
あれから15年も経過した。もう一度チャレンジする気力は失せてしまった。だが、記憶はしっかり残っている。

2019年7月1日月曜日

SNSで歴史が動いた

一昨日の僅か数行のツイッターを発信したトランプ大統領、それを読んだ金正恩委員長がビックリしたという。そして昨日、電撃的に板門店に行き現職大統領が初めて南北軍事境界線を越えた。

トランプ大統領はスタスタと境界線を越えて行った
休戦協定から66年たった昨日の出来事だった。今朝の各TV局はこの話題でしきりである。
トランプ米大統領は29日、韓国訪問時に北朝鮮との軍事境界線がある非武装地帯(DMZ)を訪問する計画を明らかにし、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長にDMZでの面会を呼び掛けた。ツイッターに「もし金委員長がこれを見ているなら、会って、握手してあいさつするだろう(?)!」と書き込んだ。

金正恩にあてたツイッター
北朝鮮の崔善姫第1外務次官は29日、米側から公式の提案を受けていないとしながらも、実現すれば両国関係改善のきっかけになると歓迎する談話を発表した。北朝鮮の朝鮮中央通信が報じた。韓国大統領府は両氏の面会に関し「決まっているものはない」としている。

そのまさかの出来事は昨日起こったのである。ごくわずかな人間しか知らない会談だったため、政府関係者や報道関係者は右往左往するのみだったという。

お互い相性がいいみたい

大統領選からツイッターを多用していたが、去年はこんなツイッターを発信して米朝が険悪になったこともある。

金正恩委員長をロケットマンと揶揄した
「昨夜韓国の文大統領と話した。ロケットマンの調子はどうだと尋ねた。
北朝鮮ではガソリン目当ての長い行列ができつつある。ひどい話だ!」と投稿した。

トランプ大統領の思いがけない板門店会談は選挙戦を有利にするための行動だという。
それにしてもSNSという代物は、あらためてその威力を見せつけた。
この頃のfacebookにしても急激に選挙関係の投稿が増えた。
たった数行で世界の歴史が動く!凄い時代になったものだ。