2016年6月18日土曜日

町内シニアクラブの研修旅行

世は正に高齢社会に突入したというのに、老人クラブの会員数が減少の一途にあるという。
荒屋団地老人会は数年前からこの現状打開対策に乗り出した。

先ず、現状分析から始めたが、主な原因は次の4点。
①行事がマンネリ化している ②役員が高齢化している ③入会する魅力がない ④入会するのは私はまだそんな年ではない
確かに惰性で毎年行事が繰り返されている、役員のなり手がいないので世代交代が困難、入会したくなる程の魅力がない、老人会に入ると老人扱いされる、老人会の役員をやらされる
以上のような考えが大勢を占めた。

そこで、4年前になるが名称が旧態依然の組織イメージを引きずっているとの考えから、手始めに名称変更をすることになった。
ところが、総会で名称変更を提案したが、「こんないい名称を変える理由は一つもない」と反論があって見事に否決された。
反論者は前会長で十数年間会長を務めた人であった。

翌年、再度総会で名称変更の必要性を説き承認に至った。
当時の会長は80歳も後半ながら熱心に活動と取り組んでいたが、70歳前後の人にとりあえず老人会に入ってとお願いし、しばらくして会長職引き受けを強く依願した結果、首を縦に振っていただくことができた。前会長は副会長を引き受けられ協力していただくことになった。

次に、臨時の役員会を開き、どうすれば魅力のある組織にできるか意見交換をした。
まず、未加入者を対象に老人会加入促進キャンペーンをすることにした。高齢化社会は相互に助け合うことが必要となる、家にこもらず社会交流をしましょうと訴えた。
その結果、20数名から加入申し込みがあった。その中から、役員のなり手候補者をリストアップして協力を乞うた。60歳半ばの現役のホテル支配人が副会長、70歳そこそこの女性が会計を引き受けていただいた。
連絡業務を担当する理事クラスも若返った。

名称変更した初年度は、年2回のバス研修旅行を実施することにして、手始めに白山スーパー林道の紅葉鑑賞ツアーを企画。それ以降、のと水族館・能登演劇堂、永平寺等の研修旅行を実施した。金沢市からの補助金は参加者が25名以上が要件。どれもその要件をクリアーした。

今年度は「まれの里めぐり」と富山新湊方面(詳細未定)として、6月16日「まれの里」バスツアーを実施した。

朝市バス駐車場に到着

朝市会場へ

キリコ会館へ

旅行実施証明用の集合写真

キリコ会館に隣接するレストランで昼食会

千枚田道の駅で

すず塩田村で研修

塩汲み実演

大沢地区「間垣」見学
以上、荒屋団地シニアクラブ「まれの里めぐり」バスツアーの模様でした。なお、詳報は荒屋団地町会ブログをご覧ください。

2016年6月7日火曜日

柳橋町会が盆踊り大会中止の決定!

本日(6月7日)北國新聞朝刊に柳橋町会が盆踊り大会を中止することが報じられた。
旧盆では全国各地で繰り広げられていた盆踊りの文化が衰退しているが、とうとう柳橋町会も中止するという。
千坂校下において、盆踊り大会を開催している町会は福久南、法光寺、百坂、荒屋団地と柳橋の5町会で開催してきた。が、柳橋においては「担い手」がいないため中止を決断したという。
盆踊り大会の開催は町会にとって大きな負担であることは違いない。
町会役員の寄付集め、班長の会場設営、踊りの練習会、青壮年部、子供会、老人会等を総動員しなければならないが、その負担も大きい。何よりも肝心なのは「踊り手」の確保である。
近年、婦人会が解散した町会も増え、協力を仰ぐ相手がいなくなってしまったのが痛手である。
公民館の校下盆踊り大会でも参加者が減少傾向にあり、3年前に町連から「何とかしろ」と指示があったが、公民館の努力だけでは無理であった。
何せ若い世代の女性からそっぽを向かれた盆踊り大会は、最早衰退を辿る道しか残されていないと思われる。
とはいえ、残る4町会の盆踊り大会は末永く継続してほしいものだ。
昨年の盆踊り大会

もうこの賑わいがなくなるとは!



2016年6月5日日曜日

千坂の新たな産業にチャレンジ中!

去る6月1日、北國新聞朝刊にドジョウ養殖にチャレンジしている千坂校下百坂町会長(出島敏則氏)と、元法光寺町会長(松田多賀志氏)の二人の奮闘模様が掲載された。
掲載された新聞記事
昨年の夏、ドジョウ養殖の話を聞いて現場に訪れた。北陸本線沿いの蓮田1枚を半分利用して養殖中であった。養殖池には鳥類から守るためネットを張り巡らしてあり、朝晩2回の餌やりは二人で分担して行っているが、水の管理、ザリガニの退治が大変な作業であることを話された。
作業小屋には日誌が備えられ、水温、餌の量が細かく記録されている。
先月に竹林ビアガーデンでそのドジョウの唐揚げを食べさせていただいた。
今までの実績から、「ドジョウの養殖は事業として十分採算が合う」と話された。
昨年は町連50周年記念誌の編集と取り組んでいたが、この二人とも編集委員として活躍された。
私は編集委員長の立場で、この養殖について原稿作成を依頼した。
「いずれは千坂の新産業になればいい」と話されていたが、その原稿の一部を紹介します。
記念誌から一部抜粋
十分に成長したドジョウの「蒲焼」のご相伴を期待したい。

2016年5月6日金曜日

竹林のビアガーデン

百坂山の中腹に竹林を切り開いたビアガーデンができた。
山のオーナーは退職金の一部をこの竹林の購入に充てたそうだ。
竹林に隣接して長芋を栽培している。イノシシに荒らされるので厳重に柵を設けた。
先月、その竹林にビアガーデンを設けた。何でも新幹線を見下ろしてビールを飲もうと飲み友達3人が一念発起。民家の廃材を運搬して現場で切断加工しテーブルを設置した。
天板はムサシで足場板を購入しはめ込み式に仕上げた。
そして昨日(5月5日)、気心の合った8人がこの竹林で盛大にパーティを行った。
贅沢な環境で一杯!
焼きそば
作る人、飲む人、食べる人
極めつけはドジョウ
メインディッシュはドジョウのから揚げ
ドジョウは昨年、法光寺地内の蓮根田の一部をつぶして養殖したもの。お蔭様で二人のご尽力の結果、御馳走にありつけた。
発電機据え付けによりビールサーバー、ラジカセが稼働した。

ビアガーデンの後方は竹藪
このビアガーデンはご希望により貸付可能と聞きました。どうぞご利用ください。

2015年8月5日水曜日

1,650人が中村勲氏の就任を祝う 第97代県議会議長就任祝賀会が開催さる

昨日(8月4日)午後6時30分から、ホテル金沢において中村勲石川県議会議長就任祝賀会が開催された。
会場前は入場を待つ参列者で超満員。新聞記事によると、1,650人がお祝いに駆けつけたようである。
既に会場内は超満員。人をかき分け最前列へ。すぐ目の前で「炎太鼓」の女性3人の勇ましい太鼓打ちが始まっていた。
炎太鼓熱演中
太鼓が終わると「ありがとう」の唄が流れる中、中村議長ご夫妻が入場された。
次にあでやかな日本舞踊が披露された。

後援会長のあいさつの後、谷本県知事の祝辞。
知事の祝辞では、「議長就任祝賀会でこれだけ多人数が参列するのは経験がない。議会質問で中村議員が質問されるときは傍聴席が常に満員。熱心な支持者が多いということは誠実な人柄がそうさせている・・・・・」と述べられた。
後援会長のあいさつ
知事の祝辞
国会議員、北國新聞社飛田会長等の祝辞が続いた
奥様に感謝のことばが述べられた
続いて来賓の方々が壇上に登り、9樽の鏡割りが行われた。
乾杯は山野之義金沢市長の発声で会場一杯に「カンパーイ」の声が響き渡った。

盛大な祝賀会が始まった
小坂・千坂地区関係者
千坂校下町連関係者



吾が千坂校下にあっては、中村勲氏が市議時代を通して今日まで、地域の代表としてお世話になっているところであり、今回の栄えある議長就任を心からお祝いするものであります。
今後益々のご活躍を期待したい。

2015年7月30日木曜日

金沢城河北門・橋爪門・玉泉院丸公園の散策

ブラタモリで金沢城の石垣が紹介されて自分の眼で確かめに行った。
玉泉院丸公園は外国人を含め観光客が意外に多かった。
園内通路は立ち入り禁止
素晴らしい眺め
短冊積み石垣という
石積みの方法は常識を覆した縦長。藩主のこだわりがみてとれる。粋だねぇ。
城内につながる通路 木陰が涼しげ
この通路の趣きが深い。おすすめコースだ。
藩主が舟遊びをした舟を再現 さすが100万石大名だ
埋蔵文化財発掘調査中
仮囲いの中では鼠多門整備計画に先だって、埋蔵文化財の発掘調査が行われている。
案内看板
整備構想
復元計画検討中
金沢城の石垣は多種多様な積み方がされていることから石積みの博物館であると云われる。
平成16年から金沢城石垣の実態調査が進められた。石垣1個づつ測量して平面図、横断図、展開図が作成された。
平成18年、玉泉院丸公園築造計画に先だって、その周辺の石垣調査が行われた。

尾山神社に面した石垣(現在)
次の写真はその調査中の状況である。1個1個外して石積み状況が図面化された。
平成18年、その石垣をはずして調査した
平成18年はこのほか河北門整備計画に先だって埋蔵文化財発掘調査が実施された。
河北門建設予定地調査

調査地全景
完成した河北門の雄姿
河北門内部の軸組
そして、今年3月完成した橋爪門へ。
装飾金具が素晴らしい
築城技術の粋がある
江戸時代にタイムスリップしたかのよう
明治初期までわが国の主な都市人口で金沢が5位。徳川にとっては金沢はいつまでも脅威だったに違いないと感じた散策であった。

2015年7月12日日曜日

千坂町連50周年記念誌表紙を飾る新幹線の写真撮影を実施

千坂町連は設立50周年を迎えた記念として記念誌を発刊することを決定し、現在、各町会長や諸団体長から提出された原稿を編集委員会で鋭意校正作業を進めている。
昨年、この記念誌表紙を、今年開業する新幹線が千坂校下を走行している写真とすることで意見が一致し、昨年秋に2か所の撮影ポイントを選定して、千坂の名産品「小坂レンコン」の花が咲く7月に撮影することとしていた。
その蓮根の花が咲いたという知らせを受け、昨日(7月11日)午前9時、編集委員4名が百坂山の中腹にある百坂町会長の作業小屋に集合して、写真撮影の準備を行った。あらかじめ、金沢駅発と金沢駅到着時刻表により、撮影箇所(法光寺・百坂地内)通過時間表を作成して円滑に撮影できるよう備えた。
カメラ2台で撮影することにして、作業小屋の薄い塩ビスレート葺きの屋根に2人が登った。
2人のカメラマンから下で待機しているふたりに、柿の木の枝がじゃまだから切ってくれと指示が出され、土地所有者の百坂町会長は何のためらいもなく二つ返事で枝を切り落とした。
カメラ1台はデジタル1眼フリーハンド撮影、もう1台はユニバーサルフイルム仕様のプロ専用カメラを三脚に固定した。
撮影条件
新幹線走行写真に
1.千坂の地理的特性である交通の要衝を強調
2.千坂の特産品「れんこん」の農地を入れる
3.海側方向を撮影するため、撮影時間は午前中に限定
この3点をクリアできる撮影に腐心した。
約1時間かけて撮影を行った。
デジカメデータの一部を紹介しますが、どの写真を採用するか編集委員会で最終決定が行われます。
背景に県庁を入れた
北陸自動車道、れんこん田を取り込んだ

左に千坂小、右に金沢東IC料金所
走行列車をアップすると全体の地形が不明となる
変貌著しい疋田地内方向、右に千坂小
撮影を終え下に降りて作業小屋の中を見学。まきストーブ、3台のチェンソー、その他用具がぎっしり。所有者に、「この山のお守りや畑仕事量から推定すると、年がら年中ここにいることになるが・・・・と聞いたところ、「全くその通り」と答えられました。
それに、元法光寺町会長と二人で蓮根田をドジョウ養殖地にして、7月からドジョウ養殖にも取り組まれている。
作業小屋隣にイス・テーブルを据え、新幹線を眺めながらみんなで蒲焼を食べようという話もあって楽しみである。