2020年3月21日土曜日

昨日のように思える25年前の出来事

今から25年前の平成7年は国鉄清算事業団名古屋支社に勤務し、住まいは岐阜駅から700m位の場所にあったJR東海と看板が塗り替えられた独身寮にいた。この1月17日未明にいきなりグラグラッと揺れて目が覚め、TVのスイッチを入れると阪神淡路大地震の大惨状発生を告げていた。

山陽新幹線が復旧した頃、大阪へ出張した際に現場視察に行ったことがあった。神戸の埋め立て地の新交通システムに乗って1周したのだが、道路の至る所が憤泥現象を起こしており道路復旧はまだまだ時間がかかると感じた。この新交通システムの橋台が80cmもズレたと聞き、復旧したのが不思議に思った。

さて、上の写真だが淡路島北淡町の北淡震災記念公園開設20周年を迎えたという。
実は地震発生3年後に現地を訪れたことがあった。この年4月に県の社団法人石川県建設技術センターに転職し、全国建設技術協会が主催した現場研修に参加したのである。

この年4月に完成したばかりの明石海峡大橋
明石大橋の巨大な橋台や大橋の桁の中を見学してから北淡町に向かった。


淡路島のインターを降りて野島断層保存館を目指した。

断層部分を保存するため上屋で覆った
見学デッキはまだ完成していなかった
これも後で整備されたものだろう
この付近に断層上にある民家も見学した。

この民家も保存されている
翌日、しまなみ海道来島大橋の建設状況を視察した
東日本大震災から9年、まだ復興途上にあるがそれを知らない世代がやがて10歳になる。25年も経過するとそんなことがあった記憶も薄れるのが心配だ。


2020年3月20日金曜日

白山と三方岩

昨日、BSでグレートトラバース3を見ていたら、白山から三方岩を縦走する記録だった。この番組は、「日本三百名山全山人力踏破」と銘うって、アドベンチャーレーサー田中陽希が、これまでの百名山、二百名山に百座を加えた、三百名山全ての山の完全人力踏破に挑戦する様子を追ったドキュメンタリーである。



屋久島を出発して利尻岳まで、人力走破1万キロを優に超える田中陽希の超人的行動力に眼が離せないのだ。で、この番組で初めて知ったのだが、あの三方岩が三百名山に数えられていることだった。
平成15年の夏、女房と二女の3人で白山登山をした。室堂に到着してビールを飲んだら高山病とあいまって体調がみるみる悪くなって回復までかなりの時間を要した。そんなことを思い起こしながら番組を楽しんだ。




ドローン撮影
白山頂上到着

同じ場所で

頂上は結構寒かった


白山比咩神社の宮司は毎日頂上でご来光を遙拝する これには恐れ入った
田中陽希は御前峰から6時間かけて三方岩に向かった。
実は吾等も翌平成16年に三方岩に登った。この時はスーパー林道三方岩駐車場から40分で頂上に行くことが出来た。


三方岩は絶壁となっていて眺望絶佳である
田中陽希も到着
上の写真と比べると現在の頂上ポストが随分倒れかけているようだ
田中陽希が縦走してきた白山連峰の山並みが見える
三方岩駐車場ができて散歩気分で三方岩に行ける
月日の過ぎ去るのが何と早いもんかと感じる。あれから十数年余も経過しているとはだ。




2020年3月19日木曜日

吾が家の春第2弾

今年の桜開花は10日ほど早めの予想となっている。自分が高校の入学式の日、石引から笠舞に降りる道路の両側は桜が満開で今でもその情景が目に浮かんでくる。確か4月8日だと思う。金沢の桜はだいたい5日~10日に満開となる場合が多い。それに関係なく昨日は再び吾が家にサクラサクが訪れた。

昨日は高校の合格発表日だった。上の孫は先だって合格して一足早い春を満喫していたが、昨日は下の孫が発表の日を迎えた。11時に発表だということで、娘と一緒に高校に向かった。定員40人に86人が受験したという。願書を書くときに親は「そんなとこダメ、普通科でいいがいね」と云ったが、孫の判断は「併願の方が受かりやすい」と理屈不明の自分の考えを貫いて合格した。

娘からLINEで合格の連絡が入った
 吾が家の受験生二人とも合格という快挙を挙げた。これは、 学問の神様、金沢神社の合格祈願がきいたに違いない。

1時間以上も並んで祈願した
絵馬に二人の名前と受験校を記した
合格を記念して家族で写真館に行って写真を撮ろうと云ったら、上の孫が28日に名古屋に行くので制服が間に合わないというので断念した。
夜に祝杯を上げ、これ以上旨いケーキはないという気分でケーキを食べながら家族全員で合格を祝った。



2020年3月18日水曜日

マイカー遍歴(その3)

山陽新幹線建設のため、広島県の宮島の対岸である大野町に住んで2年半が経過する頃、建設された高架橋に試運転列車が行き交うまでになった。で、3月には出身母体である岐阜工事局へ原隊復帰が決まった。迷った次の車種選びはトヨタスターレットに決め、茶色の新車が事務所の駐車場に止まった。(借家には駐車場がなかった)

バンパーは鋼鉄メッキで頑丈、燃費5km/ℓのベレットを処分した
購入した実際の色は茶 
3月中旬、担当していた工区の設計変更等の事務処理で深夜勤務が続いていたが、引っ越し当日朝もまだ荷物の梱包していない段ボールがいくつかあった。荷物運搬用のトラックが到着しても段ボール箱の未梱包があり、油断していると1歳半の二女がその中に入って遊んでいたりしていた。

宇品港から大阪南港まで車ごとフェリーに乗った。船室はちょっと張り込んで操舵室の隣に位置した1等客室にした。大阪都市高速に入るとき、入り口がわからず2~3回行き過ぎた。吹田から名神に入り大垣で降りて国道22号線に乗って岐阜市に向かった。
岐南インター付近
昭和44年から6年経った岐阜市内の道路はどこを走っているのか検討が付かなかった。
岐大バイパスという言葉さえ初めて知った浦島太郎だった。そして岐阜県庁がとんでもない田舎に移転したことに驚いた。新居は完成した直後の国鉄アパートだったので、入居第1号となった。

5月の連休に能登まで家族全員で車で行った。母の実家である宇出津で悔しい思いをすることになった。狭い場所に駐車しようとバックしたところ、中々動かないので変だなぁと思って右側の窓を見たところ、何と電柱が車体に密着しているではないか。
運転席側ドアが大きく凹んだ。岐阜へ帰ってから悔しい思いで5万円の修理費を支払った。

そんな思い出があるスターレットも8年経過したころ、子ども達も成長して上が中学生になったのでもっと大きな車にしようと乗り換えることにした。
次の車は「トヨタコロナ5ドア」にした。
コロナ5ドア
コロナは低燃費、高速は18km/ℓ前後だった。

2020年3月17日火曜日

ラッキー!マスクが買えた・・が、しかし

吾が家のマスクの在庫もやがて底がつくので、手分けして柳橋の「キリン堂」や疋田の「青木薬局」それに「ムサシ」やイオンへ足を運んでいるのだがどこもかしこも商品棚は空っぽ。平日に入荷がないか2,3度行ってみるしかない。
今月末に名古屋に行くという孫がいるのだが、名古屋は大変なことになっていて、とてもマスクなしでは1日足りとて生活は不可能だろう。
情報を検索してもどこにもない
先週木曜日だが、天気も良かったのでウオーキングに出かけた。いつものルートになっていないドンキホーテでマスクがないか見て来て欲しいという。2階の売り場のトイレットペーパーがある裏側にマスク売り場があるというので、うずたかく天井まで積み上がった商品の森の中を歩いて探した。

で、マスク売り場の棚を見つけた。だが、スカスカ。エッ、これ何?と3箱くらい片隅にぶら下がっている箱を見つけた。普通のマスクではなく、蒸気が発生する何かが入っているマスクだった。Lサイズ3枚入り384円。余分なものが付いていて不満だが、ま、いいか・・と3箱持ってレジへ行った。するとレジ打ちのお姉さんが「1箱だけです」と。やっぱりそーか、「はい、わかりました」と2箱返した。

家に帰って戦利品を渡すと、おカミは大喜びした。しかし、たった3枚。6人家族の吾が家には瞬く間になくなる。
政府は5千万枚を確保して関係機関に配布するという。一般市民にはまだまだ行き渡らないだろう。フリマの通販が禁止された。で、普通の通販はどんな状況かを調べてみた。
これはいいかも!
1回でポイは余りにももったいないではないか。これなら1600円で買えるという。
楽天のHPである。
それに、こんなものが。
これが何とたったの690円だという
これはマスクより効果があるかも。一つ買っておくか。

2020年3月16日月曜日

森本駅前1年前と1年後の変貌

晴れていればウオーキングを日課としているが、その経路に森本駅がある。駅の階段を2段越しに駆け上がるとかなりきついが、筋トレになればと思い必ず実行している。
その途中で去年と今年の2月に、駅2階からスマホで写真を撮った。駅前広場は去年から整備事業が着手されている。
森本駅広場整備計画完成予想図
 去年2月、まだ着工前の写真と今年2月の写真を比較してみよう。

まだ更地の状態
上の写真の右側
それが今年2月になってどう変化したか。

舗装されタクシー乗り場となった
その右側 右下の屋根らしきものは?
通路の屋根のようだ
で、駅前広場に降りてみた。

駅正面の状況
新設された通路はかなり長い
通路金沢方端部はこうなっていた
この通路はバスの待合には都合が良い。いつから共用されるのかは残念ながら不明。
今日は天候不良のためウオーキングは見合わせだなぁ。

2020年3月15日日曜日

開業6年目を迎えた新幹線

昨日(14日)で新幹線開業6年目となった。関東方面や外国人がドッと観光に来てくれるようになったが、2月に入っていきなり新幹線ならぬコロナ感染が、日本どころか世界中に広がって観光客はおろか国内観光客が途絶えてしまった。1日も早い収束を祈るのみである。

開業5年記念モニュメント(金沢駅)
JR西日本は、北陸新幹線(金沢~長野駅間)の開業5周年を記念して、2020年3月14日に関係5駅(金沢駅、新高岡駅、富山駅、黒部宇奈月温泉駅、糸魚川駅)で式典の実施を計画していたが、新型コロナウイルスの影響により中止とした。
なお開業5周年を記念したモニュメントは2020年3月14日から約1カ月、上記の5駅に設置している。

記念行事が中止され残念に思うのだが、「土木屋」として長年鉄道建設に従事してきた身として、この北陸新幹線工事現場に立つ機会があった。開業の2年前、城北地区開発協議会の一員として見学会に出席した。それは北陸新幹線構想が発表された昭和49年以来の念願であった。

何十年ぶりかに線路上にヘルメットを被り工事現場を眺めた
また、それより6年前の平成20年に金沢駅開業100周年記念として新幹線高架橋を歩く会が開催されたので、小学2年の孫と高架橋に登って歩いたことがあった。
もう二度とこんなことはできない貴重な経験となった。
4月から大学生になる小2の孫と歩いた
まだ金沢駅が高架化される前の昭和60年2月、金沢~森本間の貨物通路線開通試運転の電気機関車にも試乗した。
金沢市職員と試運転機関車到着を待つ
もう35年も前の出来事になってしまった。