2024年6月14日金曜日

不作だと思っていたが

昨日13日は例年通りにアンズの収穫をした。今年も去年に続いて不作だと思っていたのだが、収穫してみたら例年通りではなかったものの、まあまあの収穫だった。

例年の7割程度の出来か
例年はこの3個のバケツにてんこ盛りとなる。
以前、収穫時に町内在住の女性がお金払うから是非分けて欲しいと懇願されたことがあり、その何年後かにまた別の女性から、「私、アンズが好きなので少し譲ってもらいたい」と云われた。その人には今年もあげたら大喜びされた。

今年はこの程度だからジャムとジュース作りをやめ、梅干し風もほんの少しだけにした。僅かしか食べないのだが、熟したアンズはうまいとしかいいようがない。

2024年6月13日木曜日

河北潟干拓地でコウノトリに雄雌二羽の雛が成長中

河北潟干拓地 のコウノトリの愛称が決まったという。
その愛称名は「コウタ」と「コウリ」。 


津幡の
河北潟干拓地に生息する国の特別天然記念物コウノトリのペアの愛称を、雄は「コウタ」、雌は「コウリ」に決めた。11日の町議会全員協議会で発表したという。
町によると、ペアは海外生まれの雄と兵庫県豊岡市生まれの雌。河北潟干拓地には数年前から生息。2年連続でヒナが誕生し、巣塔で子育てをしている。
愛称は町民から募集し、84件の応募の中から決定した。コウタとコウリには特別住民票を発行し、定住促進事業のマスコットキャラクターとして「町定住促進特使」に委嘱した。

海外生まれの雄と豊岡生まれの雌の間に生まれた云々とあるが、それがどうして河北潟干拓地の巣にたどりついて生まれたのか不思議な物語のようだ。

豊岡には絶滅したコウノトリを繁殖させる育成施設があるが、もう10年前くらいになるが、金沢市北部地区公民館の視察旅行会でこの施設を訪れたことがあった。

豊岡市立コウノトリ文化館

コウノトリはこの施設で育成され今では全国に飛来している

河北潟干拓地のこの営巣の近くにメタセコイア並木道がある。この並木道は車の往来も殆どなく静か。巣を見てここにも行って見たい。

2024年6月12日水曜日

エエッ、かなや が?

 湯涌のかなやが昨日閉館したという。何のまえぶれもなく驚いた。ここは5年前に子供たちが金婚式のお祝いをしてくれた場所なので「なんでや?」という思いで記事を読んだ。

新聞の見出しは
湯涌温泉「かなや」閉館 
「金沢の奥座敷」支え、91年で幕・・・となっていた。
昭和初期から営業を続けてきた旅館「かなや」が11日、閉館した。加賀料理と露天風呂を売りに石川県内外の客に親しまれたが、将来的な後継者の不在と建物の老朽化を見越し、91年の歴史にピリオドを打った。今後、土地と建物を購入した大阪の企業が新たな宿泊施設をオープンする予定だが、「かなや」の名称はなくなる見通しで、「金沢の奥座敷」を支えた老舗の看板が消えることを惜しむ声も上がる。

これは全く知らなかったかなやの歴史。
かなやは明治期に「北陸の鹿鳴館」と評され、当時の財界人らが通った金沢市尾山町の社交クラブ「金谷館」が前身。1933(昭和8)年、同町から湯涌にのれんを移し、旅館として開業したという。

たたむ理由は
 近い将来、築50年が経過した本館建物の老朽化対策も必要になるため、喜代子さんは「旅館がつぶれて湯涌の景観を邪魔する事態は避けたいと思い、早めにたたむことにした」という。

いい温泉だった
ま、閉館は惜しまれるが、大阪の業者が後継者となるようだから、全く消滅することはないようなので安心した。

2024年6月11日火曜日

ハナショウブが満開(卯辰山公園)

卯辰山の花菖蒲園では今が見ごろを迎えているという。
昨日は梅雨入りのめやすとされる入梅だった。
梅雨入りは平年で6月11日、去年は6月9日だったが、今年は1週間ほど遅れる見込みだという。 卯辰山公園花菖蒲園ではおよそ50品種、10万本のハナショウブが見頃を迎え、訪れた人が散策したり写真を撮ったりしていたという。 

50品種10万株あるハナショウブが先週から咲き始め、訪れた人を楽しませている。
おととしイノシシによる被害を受けハナショウブは最盛期の半分ほどに減ってしまったと言う。そこでイノシシが侵入しないよう対策を施し、今年の開花にこぎつけた。


イノシシがショウブの花を食い荒らすということを初めて知った。
卯辰山公園は2,3回訪れたことがあるが、かなり広大な敷地である。今年も行って見ようか。

2024年6月10日月曜日

万里の長城と北京市内をとらえた写真は珍しい

万里の長城と北京一の高さを誇る高層ビル「中国尊」の「ツーショット」が最近、中国のソーシャルメディアで話題となっているという。
この写真には、北京市延慶区四海鎮の九眼楼長城(万里の長城)の向こう側に、北京市朝陽区にある超高層ビルの「中国尊」が写っている。


山地にある古代に建設された万里の長城と、平原にある現代に建設された「中国尊」という、時代を超えたコラボレーションにネットユーザーは思わず息をのんでいるだけでなく、かつては煙霧に悩まされていた北京の空気が今は澄み切っていることに感動しているのだという。

21年も前の出来事になってしまったが、北京と万里の長城には旅行したことがあった。その頃は北京でも停電が当たり前だったし、道路もやたら混んでいた。

ここで写真を撮ってからフリー見学となった
写真の6人はたまたま旅行社が企画募集し、名古屋からの夫婦4人と上海で合流して上海・西安・北京を旅行した。
総延長6千kmとこんなものを良く造ったものである

中国の休日と重なったためこの込み様になった

この頃の日中関係は全く問題がなく旅行を楽しめた。

2024年6月9日日曜日

北鉄能登線柴垣駅

中学1年生の頃だからやがて70年前になるのだが、当時汽車遠足というものがあって、金沢駅からかつてあった北鉄能登線の柴垣駅まで汽車に乗って妙成寺に行ったことがあった。北鉄能登線は羽咋駅から三明までの路線だったが、羽咋駅からダイレクトに能登線に入り柴垣駅で下車した。北鉄線はどういうわけかカーブになるとキーンと軋んだ。

鉄道写真家が写した柴垣駅

ここから妙成寺まで徒歩だった。その途中に写真を撮った。

妙成寺五重塔の前で記念写真
モノクロをカラーにしたがカラーになっていない部分が

この写真の中で、私はどこにいるのだろう・・・
ヒントは学生服で帽子を冠っていない。冠っていない理由は分からない。
ついこの間のように思い出した。

2024年6月8日土曜日

金沢城石垣復旧に15年も?

金沢城の石垣は多種多様な積み方があり、専門家は金沢城の石垣は博物館だという。その石垣について、県が調査中だった頃、その調査にほんの少しだけ関わったことがあった。
その石垣が能登半島地震で一部崩落した。その復旧に何と15年も要するというニュースに接した。
この石垣を含め5か所も崩落した
7日、県議会本会議を再開し、馳浩知事は一般質問の答弁で、能登半島地震で被災した金沢城の石垣復旧に15年程度かかるとの認識を示した。石垣の被害は28カ所で、このうち崩落した5カ所は3~5年程度を要する見込み。馳知事は文化庁と協議して復旧作業を進めるとし、「石垣は金沢城の大きな魅力。現場見学会の開催も検討していく」と説いた。
馳知事は、まず崩落した石垣の復旧から進め、今月から作業の支障となる樹木の整理を始めるとした。今夏には崩れた石材を取り除き、文化財調査に使う足場を設置すると説明した。

金沢城の石垣は博物館といわれるだけに学術的にも貴重なものである。
地震前に写した写真が保存されていた。


玉泉院丸改築における石垣調査中
石垣は文化財であることから、4月に設けた専門家会議で価値の保全と強度の確保を両立する復旧工法を検討していくという。

実際にグルっと一周して現場の状況をこの目で確かめてみたい。