2024年3月20日水曜日

町内の根性よし「おたすけ隊」

町内の「おたすけ隊」が広域のおたすけ隊になって8年目になるが、先だって北國朝刊に大きく記事が掲載された。隊長の中山さんは町会長歴7年のベテランだが、現在も1月から副会長として活躍されている。

その記事をコピーしA4印画紙にプリントして本人にお渡しするために手元にあるが、天候が回復次第お渡ししようと思っている。

この記事で隊長と副隊長のかけあいが面白く紹介されているが、この二人はどこへ行っても掛け合い漫才的にやりあっている仲間である。

そして昨日の夕刊に再び中山さんの記事が掲載された。


中山さんと一緒に校下町連発足50周年記念誌を編纂する作業をしたことがあるが、校下内の一般企業の調査を依頼した際に400社を2,3日で訪問された。これには驚いたのだが、町会長をやられている際には、盆踊り大会の寄付金募集を一人で200か所を回られたという。そのパワーに驚くばかりである。

おたすけ隊は校下内を活動範囲としているが、隊員は殆ど吾が町内の住民である。正に根性よしの住民たちである。

2024年3月19日火曜日

金沢イオン裏手の住宅で火事

 昨日の午後、国道8号線からやたらと消防者のサイレン音が鳴っていた。どこが火事なのかは見当がつかなかった。が、今朝の新聞で、隣町の福久だということが分かった。そして今朝、通院している外科クリニックへ向かう途中、金沢イオンの裏手付近に写真に掲載されていた家がチラッと見えた。なんでも、87歳の女性が一人暮らしをしていたようだ。

消火作業中の住宅

18日午後0時半ごろ、金沢市福久町の大﨑静子さん(87)方から出火、木造平屋建ての天井や壁などを燃やし、約1時間後に消し止めた。焼け跡から1人の遺体が見つかり、金沢東署は連絡が取れていない大﨑さんの可能性があるとみて身元の確認を急ぐ。

署と市消防局によると、大﨑さんは1人暮らし。隣家の外壁に延焼しており、署などは19日に実況見分して出火原因を調べる。119番通報した付近の70代男性は「煙が見え、家の中から火が出ていた。呼び掛けたが誰の返事もなかった」と話した。

福久町はわが家の隣町に位置する。どうしたら緊急的な情報が得られるのか不安を覚えた。


2024年3月18日月曜日

今朝の外科クリニックも混んでいた

今朝8時半過ぎに外科医に向かった。実は一昨日の深夜に、トイレに行こうと起き上がろうとしたときに事件が起きた。足が滑って転倒し、後頭部を何かにぶつけてしまった。夜明けを待って外科医に行った。後頭部を打ち付けた際に浅い穴が開き、出血もしていたが間もなくして止まり、かつ痛みもなかった。

早く治してウオーキングしたい

土、日を過ごし今朝また診てもらった。ガーゼを取って手当の後に再びガーゼを当てて「明日また来なさい」と指示を受けた。これくらいの傷でちょっと大げさ・・・と思うのだが、そうではないようだ。いつものパターンと違うことは、診察後に薬局で藥を貰う必要がなかったこと。

それにしても最近は医者通いが増えた。今週中に再び医科大へ薬を貰いに行かねばならない。いっこうに全身の痒みがなくならない。白内障の手術も1か月後に両眼とも受けなければならない。ま、それなりの「年」になっているので「シャーナイ」か。

2024年3月17日日曜日

各県応援職員用の宿泊施設が能登空港に

能登半島地震の各都道府県の応援派遣職員が県内各市町村の復旧業務に当たっているが、旅館やホテルが全壊となっているため、宿泊用の施設を能登空港に設置するという。これは素晴らしいアイディアだと思われる。
広い駐車場もあり、遠方の職員には羽田まで直通の交通手段も利用できるので好条件である。

能登空港で、復旧作業にあたる人たちの宿泊場所を確保しようと県が、宿泊施設の建設を進めている。 能登半島では多くのホテルや旅館が被災し、復旧や復興を支援する全国の自治体職員らの宿泊場所が不足している。今回、設けられる仮設の宿泊施設は、プレハブとコンテナの2つのタイプで、合わせて16棟に134人が宿泊できるようになるという。

敷地は有り余るほど十分だ

平成15年5月 孫を連れて能登空港の見学に行った思い出の場所である

各市町職員は多忙を極めており、応援職員におんぶにだっこの状態である。応援の職員の皆さんに職務の疲労回復を少しでも早く快適に過ごしていただく場所として、早期完成を願うばかりだ。

2024年3月16日土曜日

「しらさぎ」と「サンダーバード」のラストラン

 泣いても笑っても昨日限りの、サンダーバードとしらさぎの写真を撮影しに、金沢駅に行ってきた。森本駅から金沢駅まで電車で往復した。今日からはJRの駅員がいなくなるという話だったが、実際はどうなのか確認していない。

さて、話を本題に戻そう。昨日はホームで写真を撮る人が非常に多かった。この案内板もこの日を以て大幅変更となる。

いつも見慣れた改札口 今日から表示板が大幅に変更された

平日なのにコンコースでは人の波

米原行きしらさぎ号間もなく発車

ホームは写真マニアの群れ

しらさぎが行っちゃった

続いてサンダーバード入線

やがて発車していった

和倉温泉駅ではサンダーバードのお別れ出発式が行われた。

新幹線開通で関西方面の客には不便になった例だろう

しかし、福井では観光客が3割増だという。まぁ、よしとするか。

2024年3月15日金曜日

今日で見納めのため金沢駅に

明日から金沢・敦賀間の新幹線開通に伴い、金沢発着のサンダーバードやしらさぎが本日をもって廃止となる。そんなことから、ラストランの記録写真を残そうと思い立ち、午後からカメラを下げて金沢駅に行くことにした。先日発売されたサンダーバードとしらさぎの特急券はあっという間に完売となった。

本日の特急券を手にしたマニア

しらさぎについては先日ブログで思いを綴ったが、サンダーバードは七尾線に乗り入れ和倉温泉まで運転する列車が1本あった。敦賀で乗り降りして金沢で乗り換えとなる客にとっては不便が増す。新幹線が大阪まで開通すればそんな問題はあくなるのだが、果たして全通はいつのことやら・・・・


午後から金沢駅へ行くことにした。
いつの日か撮った写真を眺め、「あの時は便利だったなぁ」と思うだろう。

2024年3月14日木曜日

今年の花見は町内会主催の近くの公園で

昭和30年、中1の頃だが、近所のおばさんに夜桜見物に連れて行ってもらった。行先は兼六公園だった。当時は霞が池南側の曲水の桜が最盛期だったのか、樹勢の良い桜並木の眺めが最高に美しい夜桜だった。

あれから六十数年後の現在、樹勢が衰え枝ぶりも小さくなった

昭和39年からの花見は職場の課で毎年行われた岐阜公園での花見だった。もちろん兼六園には到底比較にならない花見だったが、平成初期に金沢の職場に転勤したことがあって、1度だけ金沢城石川門の石垣下で場所取りで苦労したが、そこでも花見をしたことがあった。
平成に入ると職場が名古屋市に移り、花見も鶴舞公園に変わった。

岐阜公園の花見

町内会の花見

退職してウン十年、町内会の花見で楽しもう。