| 「全国自治体全国からキャンピングカー約30台が集結 職員宿泊場所設置プロジェクト」が始動したのだ。 |
2024年1月25日木曜日
応援職員の休息所はキャンピングカー
2024年1月24日水曜日
陸前高田の奇跡の一本松のような復興のシンボルになる
「イカの駅つくモール」では、正月休業中だった1日、地震を受けて50センチの津波が到達。店内は浸水し、テラスにあった一人がけの木のベンチは海に流されていた。
しかし、全長13メートル、繊維強化プラスチック製と頑丈なイカキングは健在。目立った傷もなかった。
20日に更新された公式Xでは「津波が迎えに来ましたが、海には帰らず、いつもの場所にいます。奥能登が好きだから」と地元への愛を込めて報告。「これからも奥能登を元気にするぞ」と結んだ。
モール運営会社の芳野欽之代表取締役も、2次避難や集団避難で地元を離れる人々が増える中、「能登の絆を確かめる象徴として人々を勇気づけたい」と強調。断水し道路の復旧のめども立たないため、モールは休業が続く。「何とかゴールデンウイークまでの再開を目指し、奥能登の観光業は健在とのメッセージを力強く発信したい」と語った。
2024年1月23日火曜日
全身の痒みに耐えかねて医科大へ
数か月前から近所のクリニックに通っているが、貰っている薬を飲んでも塗っても一向に改善しないので、医科大で診てもらうことを決断して今朝出発した。この度の地震で、いつも通行していた河北潟の道路橋と道路のジョイント部分が地震で陥没して通行止めとなった。仕方がないのでセイコ大橋経由で行ったのだが、交通渋滞が激しく40分と倍の時間を要した。
今回は数年かかっている泌尿器科とは科が違うので、ひょっとして初診料7000円を支払う必要があるかもしれないので、受付に行ったところ何の請求もなく、受付終了。伝票を皮膚科の受付に提出して呼び出しを待つこと10分、伝票をもらって皮膚科の待合室に行った。
診察を待つ受診者は十数人前後。30分は覚悟したが、3人の医師の診察が早く10分前後で受診してもらえた。医師がお薬手帳をめくって去年6月から通院されていますねと。もう半年以上もクリニックに通っていたとは・・・と驚いた。医師に全身の状況を見てもらった。処方箋をもらって診察終了となり、会計に移動して支払い終了した。
帰りは町内の薬局へ薬をもらいに行き、薬を受け取って帰宅した。意外と早く家に帰ることができた。痒みが収まるように・・・
2024年1月22日月曜日
善意と行動力に目頭が熱くなった
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| 北海道から届いた物資を手に笑顔を見せる住民や能登半島災害協議会のメンバーら=七尾市松本町で |
能登半島地震で被害を受けた能登地方に、北海道から支援物資が届いた。約1300キロの道のりを走り、4トントラックいっぱいの物資を届けたのは北海道の企業の社長ら有志でつくる「能登半島災害協議会」の4人。七尾市内に届けたほか、奥能登地方に向けては一般のドライバーに搬送の協力を呼びかけ、物資を託した。
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| 北海道で製作された看板を七尾市内に立てかけた |
2024年1月21日日曜日
地震時はどうしていたか皆さんの意見を聞いた
昨日は毎月1回開催される町内のサロンがあった。冒頭、能登半島地震発生時刻に一人づつその時の行動や状況についての話を発表してもらうことになった。
その意見を集約すると、揺れている時間が今まで経験したことがない長い時間だったという人が大半。棚から物が落ちたという人が大半だったが、何一つ落ちなかったという人もあった。結果的には被害が殆どなかったのである。
| 荒屋悠々サロン |
また、揺れている間の行動は、外に出たという人が半数、部屋にジッと揺れが収まるのを待ったという人もあった。また、津波が来るというので、高い場所に移動したという人も2,3人あった。移動手段はどうしたのかは聞かなかったが、マイカーで移動されたと思われる。
そんな話を聞いて、先ず、津波については、当町内は海岸から6km離れ、標高10m前後なのでその恐れはないだろうし、町内の特性としては、田んぼの埋め立て造成地なので、宅地や道路は液状化が必ず発生することを伝えた。かくいう自分はどうしたかというと、居間で揺れが収まるまでじっとしていたのだが、すみやかに外に出たほうが安全なのかもしれない。
避難グッズを揃えた筈だが、実際に地震が起こってもそこまで考えが及ばず、あとで気が付いただけだった。今後の森本・富樫活断層地震にはもう少し具体的に考え備えなければならない。
2024年1月20日土曜日
火野正平のこころ旅で思い出した網走
2024年1月19日金曜日
やはり壊れかけた家でも「自分の家」が一番という住民
室温10℃倒壊要注意”も珠洲市の自宅に住み続ける高齢者夫婦「崩れるまでここにいようかと」
能登半島を襲った地震により、大きな被害を受けた珠洲市。
集団避難が進む中で、「自宅に残り続ける」という決断をする人たちもいるという。
地震の影響で大きくゆがんでしまった自宅は、市の応急危険度判定で「要注意」の「黄色」の判定を受けた。
山下美恵子さん(79):
戸が外れてしまって…大変なんです。床も底落ちていますし。
この日の室温は約10℃。3日ほど前から電気が復旧し、ガスも使えるというが、戸口や窓が壊れているため、外の冷たい風が入り込んでくる。
今後の生活については…。
山下美恵子さん(79):
山下一二さん(84):
余震の大きいのが来たらつぶれるのは分かっているのだけど…どうしようもない。
山下美恵子さん(79):
とにかくトイレが大変で。学校の先生とかいろんな人がいろいろ良いように話しかけてくださるけど、それが余計、私ら気の毒とか、申し訳ないという気持ちで…。
設備の整ったホテルなどの2次避難についても、積極的ではないという。
山下美恵子さん(79):
私らはずっとここに珠洲から離れたことがないもんで、周りの皆さんと知らない土地に行ってなじめないかなと思ったり…。強情と言われればそれまでですけど。







