その日本橋の現況は首都高が負いかぶさり、往時の風情が無くなってしまった。
日本橋の現況 |
江戸時代の日本橋 |
明治44年の日本橋 |
五街道の起点だった名橋・日本橋を覆う首都高の撤去は、景観改善の面で地元の要望が強かった。一方、首都高会社は老朽化が進む竹橋―江戸橋JCTの2.9キロメートルで大規模更新を計画。更新にあわせ、日本橋区間の地下化を検討していた。17年7月には国と都が検討開始で一致。11月に検討会を設置し、地下を通るルートの具体的な検討を進めていた。
七ツ立ちとは何時? |
今回のルートは当初検討していた地下の道路を減らし、周辺の民間再開発への影響を減らした。カギとなったのが首都高・八重洲線や東京高速道路(KK線)など既存の道路の活用だ。
50年以上も首都高がかぶさっていて、首都高も傷みが大きくなって取り換え時期に来ているのだという。完成は東京オリンピック後だというが、すきっとした景観の日本橋を眺めてみたいものである。
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