2020年9月14日月曜日

パンドラの箱

集会所改築事業は開けてはいけないパンドラの箱だった。なぜなら、通常の町会業務の他に改築関係の業務がドカーンと加わる為だった。前任者は自分がやらなくても次の町会長が・・・と逃げのスタンスを取ったのである。全世帯毎月500円の積立金は全額が定額貯金になっていた。引き継ぎ資料に郵便貯金通帳が10冊前後もあった。当時の金利は夢のような8%!10年で倍増したのだ。で、平成19年時点で1,800万円前後だった。そこでパンドラの箱を開けてみようと思い立った。建築規模を既存建物と同等として改築費用を試算したのである。

その結果、銀行から1,000万円程度の借り入れをすれば改築可能と判断した。町内の信金で相談してみたのだが、町会という組織には融資できないと断られてしまった。そういえば、隣の町会長が会館新築の際には、それぞれの役員が個人的に融資を受ける形を採ったという話しを聞いた。いざという場合はそうしようと腹をくくって改築業務を進めることにした。
第1回集会所改築プロジェクト検討委員会
そこで、改築を全住民の総意とするため、集会所改築プロジェクト検討委員会を発足させ、計画を煮詰めることにした。その委員の一人に金沢市内でも著名な建築設計会社の社長がおられた。その社長には完成まで面倒を見ていただいたのだが、パースの作成を依頼したところ、無料で成果物を頂いたのである。町会長歴2年目の平成19年秋のことだった。

2020年9月13日日曜日

あぁ、10年ひとむかし!

10年前、個人的な自分史でも特筆される出来事があった。それは、町内住民の長年に亘る悲願が達成した日である。2010年4月4日、前年8月に着工した町会集会所「荒屋会館」の竣工祝賀会が行なわれた。

竣工祝賀会町会長挨拶
地元の馳浩衆議院議員の祝辞
そして、この日の「はせ日記」は町会として永久保存すべきことが記されたのである。
この日記に会館完成までのいきさつが詰まっているのである。
祝賀会前日の荒屋会館
前年8月まで44年間町会の活動拠点として機能した集会所
総経費4,800万円、平成4年から積み立てた資金と県、市からの補助金、及び、寄付金で賄うことができた。
その記録は次回としたい。

2020年9月12日土曜日

百寿1人、傘寿143人の同窓生にお祝いの会で祝福

昭和38年12月に発足した金沢市の高砂大学同窓会で、百寿と傘寿の同窓生をお祝いする会が開催されたという。
高砂大学校は、金沢市の老人連合会の呼びかけによって金沢市教育委員会、金沢市社会福祉協議会、金沢市老人連合会共済(翌39年からは金沢市教育委員会単独)で始まったものであり、昭和40年度には、老人福祉法」が施工されたのに伴い、文部省から高齢者学級に委嘱され今日に至っている。

こうした歴史のある高砂大学校であるが、同窓会の総員が2,500人在籍しているという。その同窓会において、百寿、傘寿のお祝い会が開かれた。
百寿は満99歳を迎える山尾俊子さん(98)=同市金石下本町。満80歳を迎えるのは143人の皆さんである。
百寿のお祝いの答辞を述べられる山尾俊子さん(98)
答辞を述べられる姿は実に若々しい。人生100年時代の到来を彷彿させるのに十分である。
吾が町内にも今月、満100歳になられる女性がおられる。その人は手押し車を押しながら散歩されているのだが、驚くことに「一人暮らし」なのである。毎月1回開催されていたサロンにも皆出席されている。だが、天涯孤独ではない。3kmくらい離れた場所に長男がおられる。が、通院、買い物は一人で行なっておられる。誰にも頼らないというスタンスが健康の秘訣よ!と示しておられる。まねの出来ることはしたい。

2020年9月11日金曜日

10日ぶりに自分のパソコンと再会

先月31日に不具合が生じたパソコンを日通が引き取りに来て、手元に戻ってくる日を首を長くして待っていたのだが、それがようやく昨日返送されてきた。大きな箱に入れられて、それも4重の分厚い段ボール箱で、下部にクッションとなる仕切り部材の上に乗せられ、周囲はスチロール球の入った袋がギッシリ詰められていた。

修理内容が記述された印刷紙が入れられていた。

修理依頼内容として「画面に線」としてあった。診断内容として、申告のあった「画面の中央部に紫色の縦線」を確認して、LCDの故障を確認したとあった。
LCDとは液晶画面のこと。amazonで価格を確認したところ、17,000円だった。
だが、1年未満の使用で故障する製品が今時あること自体驚きである。
キーボード、マウスともワイヤレス 一体型で省スペース 使い勝手は満点なのだが
先月はスマホが故障した。手元に届くまで1ヶ月以上もかかった。このスマホだが、昨日朝から「カードの取得ができません」という表示があって、ネットが不通になった。
で、10時過ぎイオンのドコモへ行ったのだが、臨時休業という札がぶら下がっていた。
家に帰って自分でやってみようと思い、SIMカードを取り出してカードを部材の枠にしっかり入れて本体に戻した。そうしたらネット接続OKとなった。同時に購入した女房の
スマホが1ヶ月前に同じトラブルがあった。これは孫がカードを取り出して入れ直して復旧したことがあった。この機種、大型画面で見やすいのだが、粗悪品のような気がしてならない。

パソコンも故障が再発しないよう祈るのみである。

2020年9月10日木曜日

新年度初!公民館行事の開催案内

2月に旅行社企画のツアー(5月九州地方)に参加の申し込みをしたが、3月中旬頃からコロナ騒動が広がってキャンセルするかどうか迷った。周りからの反対の声が大きくなって、とうとう3月下旬にキャンセルした。その頃は5月になれば収束するだろうと甘く見ていたが、収束どころか足元まで来てしまった。

で、新年度からの町会や校下の行事が全て取りやめとなって現在に至っている。だが、今月から町内のシニアクラブ活動を再開することにして、グラウンドゴルフ大会を開催することになった。
そんな中、昨日、公民館行事の開催案内が配られた。千坂探訪ウォークラリーという今までやったことのない行事である。

開催日は10月25日、コースが2コース設けられている。

Aコースは「血の川コース」
恐ろしい名称だが、戦国時代の末期、織田信長が「百姓の持ちたる国」を撃破した際、このあたりで壮絶な戦いが繰り広げられ、多くの僧兵が命を落とした。
その僧兵たちの血でこの川の流れが真っ赤に染まったという 。

この戦で100年に亘る「百姓の持ちたる国」は終わりを告げた。
木越交差点近く
Bコースは「もっこり井戸コース」
千坂校下の山手一帯では、モコモコと湧き上がる井戸が随所に見られた。今は一つだけ市杵嶋神社横に昔の形を止めて残る。


8月初旬の盆踊り大会や9月中旬の社会体育大会、10月下旬の校下文化祭は残念ながら中止となった模様である。そんな中、今回の「千坂探訪ウォークラリー」の開催は地域住民のコミュニティー強化策としてとても良い企画である。
こぞって参加してください。

2020年9月9日水曜日

小坂レンコンの収穫始まる

つい先日、孫を車に乗せて東部自動車学校まで行ったのだが、学校の近くの蓮田でもうレンコンの収穫作業をし始めたのを見た。
家からほど近い蓮根田は横枕町一帯に地平線の果てまでもという感じで広がっている。
千坂小学校の一角にもレンコンを栽培する田が設けられている。4年生の夏休みの宿題に、このレンコン田で成長の観察が課せられている。

独特の鍬が用いられている
千坂校下や小坂校下のレンコンは伝統の「鍬掘り」で行われ、泥付きレンコンといわれる。田の地質は粘り気の強い粘土なのだが、これが独特の風味を持つ加賀レンコンを産むのである。もっちりとした食感はどこのレンコンより旨い。
泥付きレンコン
千坂校下の文化祭に横枕町のレンコン農家が格安で販売していた。それを購入する希望者はオープン前から長蛇の列ができていた。が、数年前から規格外のレンコンであっても高額で取引できるようになった理由から、文化祭の出品は中止となってしまって寂しいという人が多くある。
河北潟でもレンコンを栽培して同じブランド名「加賀レンコン」となっているが、味は全く違うのである。

蓮根農家に、「鍬でレンコンを掘るのは重労働で大変でしょう」と話しかけたら、「大変は大変だが、ほかの農作業と違ったメリットがある」とおっしゃったので、それは何かと問うたら、「収穫せず来年4月ごろまで手をつけなくてもいいというメリットだ」とおっしゃった。一般的に農産物の収穫時期は一時期に集中するものだが、レンコンに限って長くても品質の低下がないらしい。

箱詰めのレンコンをお歳暮や贈り物に使う人が多くあるのだが、もらった人は必ず「またあの蓮根送ってもらえんか」と贈り主が打診されるという。

我が家の食卓に乗るのも間もなくだ。

2020年9月8日火曜日

台風10号の「特別警報」はなぜ出なかったのか?

台風10号の「特別警報」を出すかも・・・と気象庁が繰り返し警告していたのだが、結果は特別警報は出されなかった。なーんでか?

気象庁は5日夜、奄美地方を除く鹿児島県に「特別警報」を発表する可能性があると予告した。10号は中心気圧920ヘクト・パスカルという強い勢力を保ったまま九州に近づき、発表の条件である「同930ヘクト・パスカル以下で接近または上陸」を満たすと見込んでいたためだ。

台風10号が当初の予想よりも勢力を弱めた理由について、専門家は、直近に同じようなコースをたどった台風9号の影響で海面水温が下がり、「動力源」となる水蒸気を十分に取り込めなかったためとみている。

10号は6日午前に奄美地方へ接近しながら急速に衰退。同945ヘクト・パスカルに上がり、特別警報の発表は見送られた。
勢力が弱まった主な要因として、海面水温の低下が挙げられる。同庁によると、8月の九州近海の海面水温は熱帯並みに高かったが、9号が通過した9月2日頃を境に低下したとみている。

海上を台風が進むと、海面近くの温かい水と深い場所の冷たい水が強風でかき混ぜられたり、雨雲に日光が遮られたりして水温が下がる。慶応大の宮本佳明専任講師(気象学)は「勢力が少し弱まったタイミングで水温の低い海域を通ったことで、衰退が加速したのではないか」と話す。

琉球大の伊藤耕介准教授(気象学)は「水温低下に加え、上空の気流が影響し、台風の構造が崩れやすくなったことも一因になった可能性がある」と指摘した。

9号がなかった場合、10号の被害が極めて甚大になったと想定できる。
9号様々なのだ。