先日、NHKで北陸新幹線飯山トンネル建設の断層との格闘で難航した記録等を見た。飯山トンネルは何本もの断層が立ちはだかって半世紀にわたり格闘したという。かつて自分も山陽新幹線のトンネルで断層破砕帯にぶち当たって苦労した思い出が蘇った。
自分が携わっていた時代は、昭和44年から昭和50年の6年間だった。
飯山トンネルの大成建設の担当工区が破砕帯にぶち当たって相当長い期間に渡って工事中断を余儀なくされたのだが、自分の担当した大野トンネルでも断層破砕帯に遭遇して半年前後の工事中断を余儀なくされた。
| 左本坑の先端部にコンクリート壁を設け、右側に迂回坑を設けた |
苦労した分だけ貫通式は盛大に行われた。
| 貫通式は局長以下請負者(大林組)を含め大いに盛り上がった |
| 貫通の喜びを共有した同志たちは元気にいるだろうか |
飯山トンネルのTVを見て、自分の担当したトンネルを思い出した。あれからもう50年の年月が過ぎ去った。良きTV番組をみせてもらって、昔を思い出すことができた。
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