2025年1月4日土曜日

新山の神の快走は素晴らしかった

正月の一大イベントといえば箱根駅伝。今年の青学は果たしてどんな走りを見せてくれるのか楽しみだった。スタート直後から中央大がトップとなり、5区半ばまでダントツだった。往路は中央大が優勝・・・かと思わせる快走ぶりを見せたが、青学若林があっという間に追い越して、2分以上の大差をつけて往路優勝を果たした。

若林宏樹 新山の神爆誕

復路も順調な走りを見せ、青学が8回目の優勝を果たした。


▽原晋 監督の談話
「能登半島地震から1年、被災地の皆さんに走りを通して少しでも元気をと思っていた。最後、若林が『ワカの神』が光臨してくれた。1年間努力してきた成果だ。1区、3区がもう少し楽にしてくれたらと思うが、駅伝はトータルで戦うモノ、みんながよくやってくれた。復路は、まずは山下りから7、8、9、10区とつないで帰ってきたい」

原監督はNHKのインタビューで能登半島地震の被災者に走りを通して元気を取り戻してほしいと答えた。新山の神となった若林宏樹選手の走りで元気をもらった人もおられるだろうと思った。

2025年1月3日金曜日

能登空港で開催された首相出席の追悼式で大学生がナイフ所持で逮捕

能登空港駐車場で追悼式典が執行中、ナイフを所持していた大学生を逮捕したという。
警戒中の警察官が職務質問し、果物ナイフ2本、折り畳み式のこぎり、カッターナイフ、はさみが入っていた手提げかばんを押収した。その機会をうかがっていたと考えられる。

新旧首相等出席の追悼式
能登半島地震と豪雨の追悼式で、地震発生時刻に合わせて黙とうする
(手前左から)岸田前首相、石破首相、馳浩石川県知事ら=1日午後4時10分
以下記事参照
能登空港でナイフ所持疑い、大学生逮捕 石破首相も参列の追悼会場
石川県警輪島署は1日、輪島市の能登空港駐車場でナイフを所持したとして、銃刀法違反の疑いで、兵庫県西宮市高須町1の大学生佐藤瑞起(さとう・みずき)容疑者(20)を現行犯逮捕した。空港近くではこの日、石破茂首相らが出席して能登半島地震の犠牲者追悼式が開催されていた。署は経緯や背景を慎重に調べる。
 逮捕容疑では1日午後2時20分ごろ、輪島市の能登空港駐車場で、正当な理由なく果物ナイフ1本を携帯したとされる。
 署によると、追悼式会場付近で警戒に当たっていた警察官が職務質問。容疑者が所持していた手提げかばんには果物ナイフ2本と折り畳み式のこぎり、カッターナイフ、はさみが入っていた。

重大な事件が未然に防止された。凶器数本を鞄に詰めそのチャンスを伺っていた。大事件を未然に防止できて安堵した。トランプが銃で撃たれ負傷した事件を思いだした。わけのわからん奴が日本にもいるということが分かった。

2025年1月2日木曜日

被災2年目が始まった

あれから1年が経過した。依然として倒壊した建物は殆どそのままとなっている。懸命のボランティア作業にも関わらず見える景色に殆ど変わりがない。特に水害のあった地域の復興は全く手つかずの状況にある。
それでも一時避難所に身を寄せていた人は減少した。半壊して傾いている家に帰られた人も多いと聞く。

 全半壊が3万棟前後に登った

令和6年能登半島地震は1月1日16時10分、半島北端にあたる珠洲市の深さ16kmを震源として発生。輪島市と志賀町で震度7、周辺各地で震度6強など、震度1以上の揺れが北海道から九州地方にかけて観測された。
内閣府などのまとめによると、11月26日までの死者・行方不明者は462人(うち災害関連死235人)、負傷者は1345人に上る。住家の被害は全壊6437戸、半壊2万3086戸で、停電は最大約4万戸、断水は最大約13万6440戸に及んだ。

道路も路面の損壊や土砂崩れなどによって各所で寸断され、救援活動に大きな障害をもたらした。
復興を目指すなかで、再び大きな自然災害に襲われた。9月20日から22日にかけての「令和6年奥能登豪雨」では、石川県内の多い所で総降水量が500mmを超えた。これは9月の月間降水量の2倍を超える数値である。

朝市通り付近の焼け野原だった地域にようやく重機が稼働を始めた。他の地域もまずがれきの始末から始めないと復興の槌音は響かない。

2025年1月1日水曜日

お陰様で元気で82回目の新年を迎えた

昨日と打って変わって今日は新年にふさわしい朝日が差し込んでいる。うっとうしい冬だが、太陽が拝める日は稀である。
さて、お陰様ですこぶる元気な新年を迎えることができた。男性の健康寿命は72.57歳だという。やがてそれに10年プラスの年齢となる。そして平均寿命は81.41歳となっている。これも超えることができた。

しかし、これは千に一つの奇跡的な出来事があったからに他ならない。前にも記したことがあったが、市の健やか検診で60歳まで、毎年近くのクリニックで受診してきた。60歳を回ると受診できなくなる項目が出てくる。胃カメラ健診も受検できなくなる一つである。そして数年経過したのだが、5年も胃カメラ検査をしていないので、ひょっとして何か有るかもしれないと不安になり胃カメラ検査を病院でしてもらうことにした。胃カメラ検査の結果、医師から「先ず異常がないと思われるが、念のためCT検査をしましょうということで検査した。

CT検査中はかなり大きな音が出ていた

その検査結果を胃腸科の先生から「全く異常はありませんでした」と言われ胸をなでおろした。ところが放射線科の担当医が胃腸科の先生に胃腸以外の腹部に異常があると連絡があり、電話で病院へ来てくださいと指示された。

胃腸科の先生からCT検査の画像を見せられ、左の腎臓に2cm大の影が認められるので、泌尿器科で話を聞いてくださいと・・・3か月後、ロボットで手術した。左腎臓の約1/4を切除したという。手術に伴う痛みも全くなかったし実際に何か支障があったのかと聞かれれば、全くなかったのである。尿や血液を検査しても1度も数値に異常は発生したことがない。

ということで6年前に命拾いして今日の新年を迎えることができた。
偶然にステージⅠの腎がんで何事も発生しなかった。この奇跡的偶然を喜びたい。



2024年12月31日火曜日

孫の帰省いろいろ

名古屋と京都に住んでいる孫二人が帰省した。敦賀まで新幹線が開通したので、従来の交通手段とは大きく変わったという。孫の長男は名古屋からしらさぎに乗車し敦賀で新幹線に乗り換え、次男は京都から普通電車で湖西線経由で敦賀まで、敦賀から普通電車で福井まで、福井で乗り換え金沢までだという。学割も効かないというから割高らしい。

帰省客で溢れた金沢駅(28日)

新幹線は米原に繋ぐべしと強く思った。

まだ現役だった頃、3歳になる娘とゼロ歳の二女を連れて広島から能登へ里帰りしたことを思い出した。所要時間9時間、おむつ、ミルク持参だから荷物も多かった。七尾線は指定席がない場合もあったから非常に疲労が大きかった。
岡山駅で新幹線に乗り換えしようとした時だった。手を引いていた娘と手が離れたとき、混んでいるから違う人の手を握った。大声で違うよと叫んだらべそをかいていた。

広島から岐阜市に転勤になり少しは楽になった。そのうちマイカーで帰省するようになった。毎年欠かさず正月、5月の連休、盆休みの3回は子供を連れて帰省した。
その娘たちも50代。時間の経過が早すぎだ。

2024年12月30日月曜日

窓岩がないストリートビュー

グーグルマップのストリートビューで曽々木の窓岩がどうなっているのかみて見た。今年の8月に再撮影したことになっているから、震災から8カ月経過した状況の写真を見ることができる。
それは愕然とするものだった。見なければ良かったと思った。窓岩があったなんて嘘といわれてもどう答えていいのか迷う写真である。

あの存在感があった窓岩の影かたちがない!

本当に情けない姿に変貌しているではないか。あの窓岩に登って写真を撮ったことなんて夢まぼろしとなってしまった。
去年の投稿写真で夕日が窓から輝いている風景が瞼に残っているというのにだ。

ついでにもう人手に渡った住み慣れた家も見た。

人が住んでいる気配があった。隣の家は取り壊され更地になっていた

家を買ってくれた人はアメリカ人だった。民宿をしたいと購入されたが、修理するところが何か所もあるということも漏れ聞こえてきた。何だかお気の毒に思う。民宿開業には泊まりにきてもらいたいと話されていた。気長にその日が来るのを待ちたい。

2024年12月29日日曜日

石川さゆりが能登町の復興応援特命大使に就任

今年も残り2日となった。今年中にしなければならない仕事が残っている。児童の下校時安全誘導員の当番表作成と町内協力者である誘導員12人のお礼の粗品を配りに回らなければならない。

さて、今朝の新聞によると、石川さゆりが、能登半島地震や豪雨で大きな被害を受けた能登町の「復興応援特命大使」に本日(29日)付で就任するという。
任期は3年。ヒット曲「能登半島」で知られる石川さゆりが、歌で被災者を励まし、復興へ向かう地域の魅力を発信する。

今日から能登町の応援特命大使となった

東京都内で25日に委嘱状を受け取った石川さんは「日本中の皆さんに、自分にできることは何だろうと思ってもらい、心をつないでいくことができたらいい」と語った。

1977年、19歳の時に「能登半島」を発売して以来、地域との縁を深めてきた。地震後もたびたび能登を訪れて仮設住宅で暮らす人たちの声に耳を傾けながら、生活を復旧する困難さも目の当たりにした。「おいしい魚介があり、美しい景色もありました。また皆さんが行けるような状況になれば、いっぱい旅行もしてほしい」と述べた。

能登はいらんかいねを歌った坂本ゆふみや輪島朝市を歌った水森かおりも頼めば応援してくれるだろう。