2017年7月13日木曜日

小木港所属のイカ釣り船団が大和堆を捨て北海道沖へ

昨年10月頃から能登半島300kmに位置する好漁場「大和堆」に北朝鮮、韓国、それに中国が加わって違法操業しているという。
ところが、水産庁の取締り船が大和堆付近を巡視中、北朝鮮の船が近づき銃口を向けたというニュースが今朝の朝刊に掲載された。


北朝鮮からみれば、何も攻撃しない日本、何も怖くない日本なのである。ジャイアンの乱暴を伸太が我慢して耐えている図式そっくりである。何とふがいない日本!。
吾が石川県民が横暴に堪えきれず、北海道沖に漁場を移したという。県人としてもっと関心を持ち、応援すべきではないかと思うのである。
EEZ内の〇印の点群が違法操業の漁船
かつて小木港から出港したサケマス船団が北方海域でソ連に次々と拿捕された。それは長期間拘留された。そんな歴史がある小木港の船団だが、まさに踏んだり蹴ったりの痛い目に遭っているのである。今回、北海道沖に変更したことにより、イカの水揚げは小木港ではなく函館港になるという。これにより、昨年まで大盛況であった「イカす会」は、開催不能に陥ることであろう。
小木港で開催された昨年の「イカす会」



小木港から漁場に向かう漁船
小木漁業組合は政府に取り締まりの厳格化を申し入れたという。
だが、拿捕するというような強硬策は恐らく期待しても執れないであろう。
尖閣水域でも中国漁船に巡視艇が体当たりを食わされ、その事実さえ国民に隠ぺいしたのである。
昨年、韓国沿岸の漁場に中国から大挙して漁船群が押し寄せてきた。韓国はどうしたか。機銃掃射で追っ払ったのである。
日本もそれくらいは「やれ!」といいたい。
※追記
夕方のNHKニュースによると、海上保安庁の巡視船でパトロールを強化する方針が示されたことにより、小木の船団は北海道沖から大和堆に今晩中にも移動するという。素早い対応に感謝!

2017年7月12日水曜日

秘境露天風呂「親谷の湯」4年ぶりに再開!

昨日(7月12日)の朝刊各紙に白山ホワイトロード沿道付近にある露天風呂「親谷の湯」が4年ぶりに再開されたと報じられた。
蛇谷園地駐車場から急で長い階段を下り、川沿いにある歩道を歩くこと約10分でそこに至る。
日本の滝100選に入っている「姥ケ滝」を目前にした素晴らしいロケーションに、その露天風呂「親谷の湯」がある。


位置図
ガイド
この温泉は無料開放されているが、脱衣所やトイレは整備されていない。
これまで大人気だったが、温泉湯量が枯渇したため4年間閉鎖されていたが、湯量が回復したので再開された。
絶景の露天風呂には40人は入れる
露天上部には足湯の施設がある
ここへは2度訪れた。しかし、残念なことに温泉にはまだ入ったことがない。それなりの準備を忘れたのである。次回に行くときはゆっくり楽しんで来ようと思う。
紅葉見物で
通行料金も半額になったとか。皆さんも一度如何でしょうか。


2017年7月11日火曜日

極悪非情!線状降水帯という化け物

先週木曜日に発生した北九州地方の豪雨は今日まで治まること知らず、その被害の全容は今もって不明である。
山という山が崩落し、大量の樹木と土砂が低地をめがけて流れ、家屋を直撃し農地を埋め川を堰き止めた。流出する過程で樹木の樹皮が剝け、丸太の山が堆積した風景は異様である。
至る所の道路が寸断されているため、今もって安否確認が取れない地区がいくつもあるという。
命だけは助かった!と喜んだものの、茫然と立ち尽くしこれからどうすればいいのか不安のいろが消えなかった。
慰めの言葉も出ない。
大量の流木が押し寄せた
この地区の住民も茫然自失であろう
鉄橋も流失した久大線
豪雨の原因は「線状降水帯」という聞きなれない言葉が躍り出た。
しかし、3年前の広島豪雨、昨年の鬼怒川堤防決壊は、この線上降水帯による原因だという。


降雨レーダーの推移を見ると、ある位置から帯状に赤色の部分は、時間が経過しても連続して赤色を示し、衰えることがなかった。
先日金沢で豪雨があった時雨量が61.5mmだという。カーボネート張りの物置がけたたましい音を立てていたが、その倍ちかくの雨量というから、滝の直下で修業する僧が体験する雨量なのだろう。
死者や行方不明の方はこれからも増えるのだろうが、幼子をかばうように亡くなった若い女性が報道された。
8月に出産を控えて実家に帰っている時に母親と共に不幸に見舞われた。ご主人の心痛を思うといたたまれない気持でいっぱいである。

ご冥福を祈りたい。

2017年7月10日月曜日

虚脱感漂う「祭りごも」

能登の方言に「ごも」という言葉がある。標準語なら「バカ」、金沢方言で言い換えれば「だら」となる。
去る7日、8日の2日間に亘りあばれ祭りが宇出津で開催された。宇出津出身の「祭りごも」が東京、大阪から大勢駆けつけてきた。年休を願い出て企業がNOといえば、「退職願」を出す「祭りごも」なのである。

そんな祭りは、私とも無縁ではない。幼いころ、母が叔父に「この子をキリコに乗せてやって」と頼んでくれた。窮屈な台の上に乗り、最初は見よう見まねで鉦や太鼓に合わせて、「ワーイヤサカサッサ」と声を張り上げた。そうしている内に幼い心にも祭りの楽しさが芽生えた。
乗っていると休憩時間に桃が配られた。まだ時期的にちょっと早いので、完熟にほど遠い桃をかじった。それでも「うまいなぁ」と思ったものである。

そんな思いがあるあばれ祭りであるが、何十年ぶりかに女房と宇出津へ見に行った。
幼かった頃の祭りの記憶、そして二十歳前後の能登線建設で宇出津にいた時に見物した祭り、どれも懐かしい思い出である。
あばれ神輿の安全祈願?
役場前の広場で火の粉を浴びながらクライマックス
昨日の新聞各紙は次のように伝えた。

昨日1日骨休みした「祭りごも」たちは、祭りに全身全霊打ち込んだエネルギーの完全燃焼に伴い、しばらくは虚脱感が漂うことだろう。


2017年7月9日日曜日

清宮選手宣誓、都知事始球式、兵庫では女子柔道選手が始球式

夏の甲子園出場を目指した高校野球が全国各地で始まった。
チーム数の少ない石川県大会は1週間後から予定されている。
※新聞記事から
全国高校野球選手権大会の東西東京大会開会式が8日、東京・神宮球場で行われ、小池百合子東京都知事が祝辞を贈り、開幕試合の始球式にも登場した。


小池都知事は、炎天下の壇上で、「3年後の東京五輪では野球も正式種目となります。野球を世界に発信するまたとない機会。ここにいる皆さんにはその大切な担い手になっていただきたい」などとエール。また、祝辞の中に江戸時代の剣豪・柳生宗矩の「われ人に勝つ道を知らず、われに勝つ道を知る」の言葉を用いて選手を鼓舞した。

さらに小池都知事は、開会式直後の東東京大会1回戦、立教池袋-九段中等戦に先立ち、始球式にも登場。投球は左打者の後方をツーバウンドして捕手がミットに収めた。記念のボールを受け取った小池都知事はそれを一塁側スタンドの観客席に投げ入れた。
その後の囲み会見では次のように語った。

-感触は。

「第99回夏の高校野球東西東京大会のスタートを飾るにふさわしいワンバウンド(実際はツーバウンド)でした」。(一堂笑い)

-その後スタンドにボールを投げ入れていた。

「はい、皆さんと共有できればと、熱い戦いを。あの知事が始球式のピッチャーを務めるのは18年ぶりだそうでございます。知事になってから今回が2回目。ほとんど練習はなし、ぶっつけ本番でした。おかしいですね。ストライク入るはずだったんですけどね。はい。また精進します」

-できとしては。

「いやいや、もう、お恥ずかしいです。こんなはずじゃないのにと。これも想定外です」

-注目の清宮選手の選手宣誓も。どのように。

「誇らしく思いました。内容といい、声の張りといい、本当にすばらしい高校生、最近は将棋の藤井君も頑張って、中学生、そして今日の清宮君をはじめとする高校野球の選手の皆さん、高校生、非常に東京の未来は、日本の未来は明るいなと思いました」

-高校球児に対するメッセージをあらためて。

「練習の成果を存分に発揮して、そしてチームの皆さんのチーム力を発揮していただきたいと思います。それから野球がこうやって続けられるのもご家族とか監督コーチの皆さんのおかげだというのを胸に刻みながら、いい成果を出していただきたいと思います。いい試合ぶり、想定外のさまざまな物語を展開してくれると思っている。夏の戦いが一人一人の記憶に残る、そしてまたいい記録を出してほしい」

一方、兵庫大会ではドイツで開催された世界柔道選手権大会で、優勝者として最年少者という記録を打ち立てた高校2年の女子高生が始球式に登場したという。
投球がホームベース前に落ちたことの感想を求められたとき、球を投げるより人を投げる方が良いと大物ぶりを彷彿させる発言を披露したという。

各界に若い世代の活躍が輝いている。将来の日本は明るい!


2017年7月8日土曜日

1粒3万7千円!ルビーロマン初競り

中央卸売市場で昨日(7日)ルビーロマンの初競りが行われ、1房30粒に111万円の値が付いた。去年より1万円高かった。
加賀屋が創業111年にあたることから指値としたものだった。
赤い・大きい・甘いが売りのルビーロマン、一昨年、一粒食べる機会があった。確かに他のブドウと大きな違いはあると思った。が、いま1粒3万7千円と聞けば食べてもあまり感動しないだろう。高級レストランでフルコースの料理を選ぶだろう。
だが、人間はいろいろな価値観を持った人が大勢いらっしゃるのだ。自分の物差しで決めつけるのは良くないことではある。

こんな値が付くブドウに育てた農業試験場の皆さんや、農家の努力に敬意を表すべきだろう。
昨日は能登からブルーベリーが送られてきた。これも大粒で美味しい。ブルーベリーが能登に植えられて20年くらい経ったのだろうか。ブルーベリーワインも好評と聞く。

だが、今年でもうやめるという海産物がある。知人が長年続けてきた「岩ノリ」なのだが、高齢化のため仕事ができなくなったという。この風味は幼い郷愁をも連れてくる。

県外の人から三崎のワカメと指定して買って欲しいと頼まれたことがあった。鮮やかな緑色と香り高い風味は他の追随を許さない。だが、三崎もきっと高齢化しているだろうなぁと思う。

隠れた石川ブランド、陽の目を見る日が来ることを願うものである。

2017年7月7日金曜日

新幹線工事監理業務3年目(その3)

昭和48年10月20日、この日は早めに退庁し瀬戸内海の海岸線を走り、国立大竹病院に向かった。駐車場から2歳の長女の手を引いて病院入り口に向かった。
快晴であったこの日もやがて日没、今日は次女の誕生予定日であった。車を降り病院の入口まで、長女の履いている草履は歩くたびに「ペコチュー」と鳴り響き渡った。
妻は分娩室に入っていた。30分ほど待っていただろうか、「オギャー」という声が聞こえた。それから2,30分して看護婦に抱かれた次女が吾が前に来た。「こんにちわ赤ちゃん、私はパパよ」と口ずさんだ。

次女誕生2か月目
インフレ対応業務で超繁忙ではあったが、月に1度はドライブすることにした。
音頭の瀬戸へ
長女3歳、宮島さんへ初詣
昭和49年を迎え、私は31歳、長女3歳、次女3か月となった。この頃、現場では大騒動が起きた。
高架橋工事が進捗したある日、私の担当する高架橋工事の主任技術者を呼び、次のように指示した。
「もう一度高架橋の基準高さを再測量し、隣接工区の業者とも高さを再確認すること」。
2,3日後、主任技術者が息を切らせて事務所に駆け込んできた。
「主任、大変なことになった。隣接工区とすり合わせたら床板の高さが40cm違う」という。
2,300mのトンネルの基準も違うことになるから、施工ミスであれば業者倒産では済まない!工期が大幅に遅れることになり、広島新幹線工事局の責任問題になるであろう。
「隣の工区の測量担当者と即刻再確認せよ」と指示し、隣の工事事務所長に直ちに再確認するよう依頼した。

翌日、原因が判明した。隣接する工区の軌道構造はバラスト軌道からスラブ軌道に変わる2タイプ方式、一方の当工区の軌道構造は直結式スラブ軌道構造であるため、高架橋床板仕上げ高さは40cmの違いがある。隣接の測量担当者が勘違いをしていて、スラブ式となる区間をバラスト区間と同じ取り扱いで床板高さを決定していたのである。
隣接工区の測量担当者は即配置換えでほかの現場へと消えていた。そしてその業者は、スラブ式高架橋部分の橋脚を全て40cmかさ上げし、桁もジャッキアップして据え付け直した。

そうこうしている内に、試運転列車が走行するようになった。そのため、試運転列車の走行しない夜間に工事をしなければならなくなった。
事務所内では、東北新幹線建設要員を確保するため、仙台から顔見知りの課長が勧誘に来たのである。