2026年1月2日金曜日

朗希の人柄に惚れた

先月7日に佐々木朗希が、珠洲市蛸島の野球場で野球少年たちの指導教室を開催したことは
記したが、その朗希が高校時代に遊学館と泉丘と試合をしたという記事があったので、大いに驚いた。
当時、孫が泉丘に通学していたが、そんな話は聞いたこともなかった。孫は野球部に無関心だったこともあって、話題にも上らなかったのだった。

岩手県出身の佐々木投手は小学3年生の時に東日本大震災を経験。当時、プロ野球選手やOBが被災地で開いてくれた野球教室が佐々木投手にとって忘れられない思い出になったことから今回、能登の子どもたちのために教室を開いたのだという。アメリカからわざわざ能登に来たのだ。佐々木投手は参加した能登の小中学生約190人にボールの投げ方などについてアドバイスを送った。
そんな記事を見て、佐々木朗希の能登の少年たちの思いやりに感動した。


●泉丘と対戦の思い出
石川県に来たのは人生で2度目だという。最初は大船渡高野球部時代に練習試合で滞在した。「対戦相手は遊学館と、頭のいい学校、確か泉丘だったと思います」。当時は観光もしなかったそうで「いつかゆっくり金沢も見て回りたい」と語った。

戦いの舞台は日本から米国に移った。WS制覇に貢献したが、「うまくいかなかった1年」ときっぱり。自身はレギュラーシーズン途中にけがで一時離脱した後、ポストシーズンでは「抑えのエース」を任されて活躍。「最後はチームの力に少しでもなれてよかったけど、個人的にはまだまだ」と浮かれず反省ばかりだった。

佐々木朗希の人間性というか人柄に、改めて惚れてしまったではないか。

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