2025年4月4日金曜日

千両役者・翔平!

見せ場で活躍している男がまた見せた。9回裏、初球を振りぬいた。打球はどんどん伸びてホームラン!さよなら勝ちだ!
昨日の球場は溢れんばかりの人々で埋まった。そして大歓声が沸き起こった。

手ごたえあり!打球を目で確かめた

ホームを踏んで水・水・水だ

ロバーツ監督ねぎらいの抱擁

球場は割れんばかりの大歓声。チャンスを確実に生かせる男。アメリカ人が惚れ々々する気持ちが分かる!
ほんとにすごい男だ。桁外れの契約金、なるほどドジャーズはこうなることを読んでいたか。


ファンが注目したのは劇的アーチが飛び込んだ場所だ。中堅フェンスには日系企業の「ANA」と半導体製造装置大手の「東京エレクトロン(TEL)」の看板が掲出されており、この間に吸い込まれるように着弾した。

SNS上では「大谷さんがサヨナラホームランを打った場所にANAと東エレの広告があった 良い場所の広告掲示できたね」「ちゃんとANAと東京エレクトロンの広告の間に運ぶ大谷さん流石」「俺たちの大谷さん、数ある看板の中でも、ちゃんと「東京エレクトロン」と「ANA」の看板がある位置に放り込んで神」「大谷さんさよならホームラン、ANAもにっこり。広告としてバッチリ映り込み」などと反響が寄せられた。

ますますの活躍を祈念しよう!

2025年4月3日木曜日

灯油がいつの間にか113円に

もうストーブは不要かと思いきや、また冬に逆戻りで灯油が欠かせない。いつも5缶ほど買うのだが、昨日は空の2缶を持ってムサシへ買いに行った。この季節になると、いつも行列ができていたのに、昨日はガラガラだった。そして、驚いたことに1カ月前に100円前後だったのに、113円に急騰していた。

最近、物の値段が次々と上がっていく。米は倍の値段となった。備蓄米を放出するので値下がりという見方もあったが、その期待は見事に裏切られた。年金頼りの身としては、恐怖感を覚える今日この頃である。20年12月に1ドル103円だった為替レートが、24年6月には1ドル160円を超えた。同じものを輸入するために、1.5倍以上の円が必要になった。このため、急速に輸入品の価格が上昇した。その原因は新型コロナや人手不足も絡み合いだという。

支給される年金は水平線だ

他の原因もある。世界的なコロナ禍の収束も影響しているという。コロナ禍明けで消費が回復したため、需要が拡大した。加えて政府は給付金や補助金を支給したので、消費者はお金に余裕があったため、経済のバランスが崩れた。

人手不足や少子化も原因の一つらしい。人手不足で倒産や閉店が見られるような状況なので、賃金を上げなければ人が集まらない。人件費を上げると、製品の価格も上げなければならず、結果的に物価が上がる。これらの要因が重なり、物価高が進む状況になったという。

先行きが暗いのだ。さぁ我々はどうするかだが打つ手はない。

2025年4月2日水曜日

震災以降、能登に移住してきた人が43人!

震災後、能登を離れる人が後を絶たない。そのため人口が急減している。が、世の中捨てたものではない。
何と43人が移住し「力になりたい」という。
何と奇特な人達だろうか。そんな人の話を聞いたり、姿を見れば、萎えた気持ちにエネルギーが蘇ってくると感じる。

              地元の子どもと交流する、珠洲市へ移住した
              北村さん(中)と笠原さん(左)=珠洲市飯田町

昨年の能登半島地震発生後、奥能登4市町へ移住した人は少なくとも43人に上ることが1日、北國新聞社のまとめで分かった。震災と豪雨の二重被災に苦しむ奥能登の「力になりたい」という人が多く、ゆかりのない土地で起業を目指す若者もいる。人口流出が続く被災地に居場所を見いだした人々は、貴重な働き手や復旧・復興の担い手として地域で存在感を放ち始めている。

震災後の移住者数を市町別でみると、能登町が20人(3月末時点)、珠洲市が16人(2月末時点)、穴水町は7人(3月末時点)だった。輪島市は移住者を把握できていない。
能登町によると、移住者の多くは、町内を拠点として活動する災害復旧ボランティア団体の関係者だ。町定住促進協議会の担当者は「住民票を能登町に置き、地域に根付いて復興を手伝いたいという人が多いのではないか」と推測した。

市内企業への就職を移住支援の条件とする輪島市では震災後、制度利用者がおらず、移住者を集計できていない。震災前は例年30人前後が利用していた。県立輪島漆芸技術研修所の研修生は移住者集計の対象外で、市の担当者は「住民票を移さずに輪島へ移った人なども考えられ、実際には移住者がいるだろう」(まちづくり推進課)とみている。

県民はそんな移住者に深く感謝の意を表せねばならない。

2025年4月1日火曜日

もうすぐ始まる場所取り合戦

東京は桜が満開だという。ここでも花見のグループが宴を開くために陣取り合戦が行われるという。実際に所用で東京で宿泊したニューオータニから四ツ谷駅に向かう途中、上智大キャンパス西側の道路沿いの桜並木道は陣取り合戦の真最中だった。

自分も金沢在勤中に2回ほど陣取り合戦に参戦したことがあった。場所は石川門下だった。花見の宴はpm5時位からなのだが、ブルーシートを広げる時間は午前中の早い時間でないとほかの人の陣で埋まってしまう。

陣取りはすでにブルーシートで埋まっている(時代は不明)
あれからもう40年が過ぎた。その20年後に再び金沢勤務となったが、そこの職場では花見という慣例はなかった。
兼六園の曲水に沿った桜だが、吾々が中学生時代の桜が実に見事だった。去年、そこの桜を見たのだが、老木のため枝が随分切り取られていて、淋しく思った。

今年は毎年見に行っている犀川橋から桜橋間の堤防沿いの桜が最高!これ以上の桜はないといっていいだろう。
兼六園内にはこんな大木は1本もない

近場では北部公園の桜。ここは人込みもなく静かに満開桜を堪能できる。
あと数日が待ち遠しい。