| 小学生が田んぼで餌のドジョウ放流 |
羽咋で放鳥しても、羽咋に定住するとは言えないが、かつて能登にもトキが住んでいた場所なので定住の地としてくれると思いたい。いつか飛んでいる様子を見てみたい。
| 小学生が田んぼで餌のドジョウ放流 |
羽咋で放鳥しても、羽咋に定住するとは言えないが、かつて能登にもトキが住んでいた場所なので定住の地としてくれると思いたい。いつか飛んでいる様子を見てみたい。
「災害は忘れた頃にやって来る」という聞きなれた言葉がある。しかし、常にそういう時の心構えを持てと言われても、なかなか難しい。
今朝の新聞に、「金沢市の地域防災計画改定 県の被害想定受け避難所運営見直し」という記事があった。それによると、金沢市役所で28日開かれた防災会議では、県が去年新たに示した「森本・富樫断層帯」を震源とする大地震が起きた場合の被害想定などを受け、地域防災計画が改定されたという。
新聞ではこう綴られている。新たな被害想定に基づいた場合、市内で避難所が不足することから、市の指定避難所とは別に、集会所や企業の施設などを「届出避難所」として登録し、住民が避難できる場所を増やすとしている。
さらに、広い駐車場を併設した市内の2か所の運動公園を一時避難場所に指定し、車の中でやむを得ず寝泊まりする避難者を受け入れ食料などの備蓄品を配布するという。また、大地震が発生した場合に建物の倒壊に巻き込まれて亡くなる人が相次ぐと想定されていることから、旧耐震基準の建物が多い中心市街地で耐震化に向けた周知や啓発を行うとしている。
村山市長は「県の被害想定を受け具体的な取り組みが盛り込まれた大きな改定となった。災害時に実践できるように訓練を重ねていきたい」と話している。現実にそんな災害が発生したらどうすればいいのか、想定することは難しい。
5月も残すところあと1日になった。いつもだが、月末にはやらなければならない仕事がある。それは何かというと、小学生下校時の安全誘導の旗振り当番表の作成と配布である。
この仕事を始めたのが平成18年だから、やがて20年目となる。もう随分前のことになったが、ウチの二人の孫の下校時にも当番をやった。長男の孫は今年大学院を卒業して4月から就職した。
この仕事は下校してくる際に、子供たちと交わす短い会話が楽しい。当番は毎週1回を基本として、曜日を指定するようにしているが、人によっては何曜日でもいいよといわれるので、月2回の希望者と交互に任務にあたることにしている。
誘導員が最も多かった頃は、金市交差点と金信前の横断歩道の2か所で誘導したが、十名前後になってからは金市交差点の1か所のみとなった。
昨日は当番表を作成して町会会館でプリントし、それから徒歩で配布した。誘導時に着用するチョッキが金沢市から配布されることになったので、それも配布した。
3年前に80を回ったが、できることは可能な限り続けたいと思う。
子供の頃、夏になると3才上の姉に連れられて曽々木まで歩いて海水浴に行った。その頃は曽々木~仁江は険しい海岸づたいの1本道しかなかった。それでも、このトンネルから続く細いいくつかのトンネル群を潜り抜けて滝まで行った。
| ここが最初のトンネル入り口 |
| 福ケ穴 |
| この穴の中間部に自動車道のトンネルができたので景観が激変した |
| 突き当りに地蔵尊が祭られている |
| 福ケ穴につながるトンネル入り口 |
| この松の木のある峠を下ると垂水の滝となり、仁江方面となる。 |
隣なのに知らないところばかりの福井県。これまで全国通津浦々の観光地巡りをしたが、福井県は灯台下暗し的な意外と知らない場所が多い。最近になって行ってみたいなぁと思うようになった観光地がある。小浜~京都の鯖街道といわれるルートで、熊川宿である。
| 行ってみたくなった町並み |
| 大内宿の町並み光景には大いに驚いた |
近世中期以降、街道最大の中継地となった熊川宿では問屋たちが、小浜の仲買が送り出した大量の物資を馬借や背負に取り次ぎ、京都などに運ばせた。一日千頭の牛馬が通ったとも言われる宿場町は馬借や背負で大いに賑わった。現在も塗り壁の商家や土蔵など多数の伝統的建造物がのこる旧街道筋では、神社の祭りには豪勢な山車が繰り出し、盆には京都から伝わった盆踊りが踊られるなど当時の宿場の賑わいを伝えている。
そのうち行ってみよう!