2026年6月5日金曜日

今年のパレードにはミス百万石はいない

今日のニュース記事で目を引いたのは「百万石まつりのパレードにいた“ミス百万石”はもういない 」という見出しだった。


47年連続で続いたミスコンテストが廃止されるという。
ジェンダーめぐる視点に加えSNS時代で「プライバシーがさらされる」心配からか応募が激減したという。もう「ミス」という考えが今の時代に合わないのでは・・・


1978年と1979年はミス1人に準ミス2人、1980年以降はミスが3人選ばれ、46代続いてきたミス百万石ですが、2025年を最後に廃止されることになったという。

金沢百万石まつり実行委員会・新保博之実行委員長(金沢市副市長)「年々応募者というのは少なくなってきていた。その中で、やはり時代の流れの中で、ジェンダーの問題でありますとか、そういうことが大きくクローズアップされる中で、多様性の時代ですので、“ミス”という考え方が今の時代に合わないのではないかということもあり、廃止とさせていただいた」


百万石まつりのパレードには「ミス百万石」3人が乗って手を振る車があるのは普通だと思っていたが、応募者が減り続けたりミスというのは今の時代にそぐわなくなったということで廃止されるという。時代の流れということでもあるので、やむをえないこととわりきって考えよう。

2026年6月4日木曜日

商店街の面影はあれど・・・

自分が7才の頃、母が3つ上の姉に「もうすぐ生まれそうだから産婆さんとこに行ってきて」と頼んだ。その時代はだいたい出産は産婆さんにお願いするのが極普通のことだった。旧柳田村では、複数の産婆さんがおられた。そして時代は変わり「今」は、病院で出産が普通になっているのだが、能登では出産が少数となって、新しく建設される総合病院は産婦人科は設けない方針が固まったという。

昔は活気のある柳田村商店街だったが
今はその見る影もなくなった

今朝の記事に
人口減少や医師不足などにより分娩や周産期医療体制が大きな課題となっている。
今月に出産を控える女性が3日、能登町役場を訪れ、安心して出産できる体制を整備するよう申し入れた。横浜市から能登町に移住した久手堅真登香さんは、6月に第5子の出産を控えている。

能登半島地震のあと、奥能登では分娩機能が備わった病院が無くなり、久手堅さんは自宅で出産することを選んだ。5月に行われた奥能登4つの公立病院の統合を話し合う検討会でも、新たな病院に分娩機能を設けない案が持ち上がり、奥能登の周産期医療の課題が改めて浮き彫りとなった。久手堅さんは妊婦の立場から、次の世代も安心して出産できる体制を構築するよう求め、新病院に分娩機能を整備するよう、提言書をまとめ、3日、能登町の吉田義法町長に手渡した。

それにしても最近は余りにも人口減が激しい。地震がそれに追い打ちをかけた。子供の頃に通った柳田村商店街はそれなりに賑わっていた。年末年始の大売り出しも大忙しだった。商店街の「くじ引き」は大いに賑わった景色が思い出される。地震直前に現地に行ったのだが、殆どの店舗の戸は固く閉ざされて、往時の見る影もなかった。そこに地震、気の毒になるくらい賑わいは消えていた。悔しいが昔の繁盛した景色はもう見られそうもない。

2026年6月3日水曜日

入院しなくて良かった!

今日は早くからかかりつけ医に赴き、紹介状を持参して浅ノ川病院という準大手の病院に行った。そこで再び血液検査をして、次は新たに超音波で腹部の検査を受けた。その後医師の質問に応答した。医師から今回の検査等について説明されたが、なぜ医科大で検査した結果で、許容値を大きく飛び出たデータが複数あるのかについての説明はなかった。医科大で血液検査結果の説明はあったのか聞かれたが、泌尿器科だったのでなかったと答えると首を傾げた。

浅ノ川病院

入院覚悟で行ったのだが、検査結果を調べた医師から、次回は7月2日再受診と医師から告げられた。どうやら入院の必要がなかったということだった。かつて70代に肺炎球菌で2週間弱も入院したことがあった。

久しぶりにこの病院で診てもらったが、相変わらずよく混んでいる。建物が古くなって建て替え云々の話が何度も出たのだが、うやうやで消えている。


上の写真は系列の循環器病院。この病院に隣接して高齢者施設があるのだが、我が家の親父が脳梗塞でお世話になったり、おふくろが認知症でお世話になった。その際には、この循環器病院に何度かお世話になった所である。

2026年6月2日火曜日

6か月検診で異常値

 今日は朝から夕方まで病院や薬局にくぎ付けとなった。今朝8時頃、医科大6か月検診、ついでに皮膚科に寄り、正午前に帰宅。午後から医科大で指摘のあった血液検査の異常値の検査をかかりつけ医へ。ここでベッドで仰向けになり触診。検診結果を聞き、明日、浅野川病院へ指定入院となった。医科大で血液検査した結果の異常値に対するかかりつけ医の判断だった。

8年前左腎臓がん切除

異常値は血液検査のうち、肝臓に関する4項目の異常値だった。自覚症状はゼロ。何なんだろう。主治医がこれまでの検査記録を丹念に調べておられたが、該当するものはなかった。触診でも痛みはゼロだった。数値だけが妙にバカ高い。あれやこれやと心配してもらちは明かないので、なるようになれ・・・と開き直るしかない。


医科大泌尿器科の担当医によると、腎臓がん手術8年経過となったので、次回から1年後に検診すると通告があった。思えば、手術直後は3か月ごとで年4回、5年後に年2回となり3年経過した。もう再発の心配はないと自分では確信している。ダビンチというロボット手術のおかげなんだろう。

2026年6月1日月曜日

トキスーパーバイザー

トキ保護活動家といえば羽咋の村本義雄さんである。現在101才の高齢なのだが、昨日のトキ放鳥でも元気な姿が見られたという。
国の特別天然機難物トキの保護活動に70年以上取り組み、トキスーパーバイザーを務める村本義雄さんだが、若い頃、トキは能登地域にもいた。保護活動をしたが、1981年に国内で野生は絶滅。その後見つかった中国の野生のトキを守ろうと、60歳を過ぎてから20回以上訪中してきた。
去年は100才を祈念して、中国でトキ保護に関わる人たちが祝辞を書いた巻紙なども贈られた。村本さんは「感謝している。トキが縁を持ってくれた」と話した。

101才で迎えた放鳥式


元気な姿にあやかりたいものだ

保護活動に70年以上取り組んできた第一人者は、夢にまで見た瞬間に「すがすがしい。どんな気持ちで能登の空気を吸っているだろう」と万感の思いを込め、木箱から飛び立つ姿を細めた目で追った。

自分と18歳も年上の村本さんにあやかりたいと願うばかりである。

2026年5月31日日曜日

トキが放鳥される日が到来

今日(31日)は、本州では初めて国の特別天然記念物のトキが羽咋市で放鳥される日だが、1年を通して餌となる生き物が生息できる環境づくりが課題となっているという。

国の特別天然記念物トキが本州で最後に生息していた能登半島。再び羽ばたく姿を見たい―。そんな願いが間もなく実現する。人工的に飼育されたトキが31日、本州で初めて羽咋市で放鳥される。能登半島は2024年、地震と豪雨で甚大な被害が出た。住民は「トキは地元を勇気づけ、復興の象徴になる」と期待を寄せ、その日を待ちわびている。

こうしたなか、地元の小学生が放鳥場所の近くの田んぼを訪れ、そばにある水辺でトキの餌を増やそうとドジョウの放流を行った。

優雅に飛んでいるトキ

佐渡市を30日に出発した18羽のトキが
31日午前4時10分頃、羽咋市に到着した。

放鳥場所の近くにある田んぼを訪れたのは、羽咋市立瑞穂小学校の6年生15人。
はじめに、田んぼを所有する農事組合法人の濱田栄治代表などから田んぼの隣に水をためておくビオトープや「江」と呼ばれる溝をつくり、トキの餌となる生き物が1年中、生息できる環境づくりに取り組んでいることを学んだ。

  小学生が田んぼで餌のドジョウ放流

そして「江」や田んぼの回りの水路に生息するトキの餌となるザリガニやタニシを観察した。子どもたちは、去年11月からトキの餌となるドジョウを飼育していて、4センチから8センチまでに育った28匹を「バイバイ」などと言いながら「江」に放流していた。

羽咋で放鳥しても、羽咋に定住するとは言えないが、かつて能登にもトキが住んでいた場所なので定住の地としてくれると思いたい。いつか飛んでいる様子を見てみたい。

2026年5月30日土曜日

いざ発生したら円滑に動けるか? 

 「災害は忘れた頃にやって来る」という聞きなれた言葉がある。しかし、常にそういう時の心構えを持てと言われても、なかなか難しい。
今朝の新聞に、「金沢市の地域防災計画改定 県の被害想定受け避難所運営見直し」という記事があった。それによると、金沢市役所で28日開かれた防災会議では、県が去年新たに示した「森本・富樫断層帯」を震源とする大地震が起きた場合の被害想定などを受け、地域防災計画が改定されたという。


森本・富樫断層、何回も何回も聞いた言葉だが、常時その言葉が頭に残っているとは限らない。新聞を見て、あぁ、そうだったなぁ・・・と思い出す程度である。

新聞ではこう綴られている。新たな被害想定に基づいた場合、市内で避難所が不足することから、市の指定避難所とは別に、集会所や企業の施設などを「届出避難所」として登録し、住民が避難できる場所を増やすとしている。

さらに、広い駐車場を併設した市内の2か所の運動公園を一時避難場所に指定し、車の中でやむを得ず寝泊まりする避難者を受け入れ食料などの備蓄品を配布するという。また、大地震が発生した場合に建物の倒壊に巻き込まれて亡くなる人が相次ぐと想定されていることから、旧耐震基準の建物が多い中心市街地で耐震化に向けた周知や啓発を行うとしている。

村山市長は「県の被害想定を受け具体的な取り組みが盛り込まれた大きな改定となった。災害時に実践できるように訓練を重ねていきたい」と話している。

現実にそんな災害が発生したらどうすればいいのか、想定することは難しい。