だが、まだ当時のままの風景に出会える場所もある。
NHK火野正平の「日本縦断こころ旅」という番組を欠かさず見ているが、来月は石川県を訪れるようだ。現在、「あなたの心に残る風景」の原稿を募集中となっている。
私の心に残る風景は、能登線建設で寒風吹きすさぶ中、測量作業をしていて宇出津田ノ浦海岸から眺めた立山連峰がある。来月15日が原稿締め切り。現在、応募しようか思案中である。
もう一つに金大附属病院前の用水に沿った細い道から旭町に至る鶴間坂の風景がある。
時は昭和30年に遡る。当時は中学1年、父が能登から生まれて間もないフクロウを持ってきて呉れた。早速鳥かごを造り育てることにした。丸い顔、大きな目、人が近づくと顔をゆっくり回す。そんな愛らしいフクロウではあったが、その餌の調達が大変だった。
1回にカエルを5,6匹も飲み込む。そのため、学校から帰るとすぐカエルの捕獲をしなければならなかった。
カエル捕りはどこへ行ったか。
大学病院前に住んでいたので、そこから大学病院の敷地沿いの市道をしばらく歩くと、煉瓦積みの高くて長い塀が続く道となる。塀は刑務所の施設であった。
刑務所の入り口は塀の手前で折れ曲がって4,50mの場所にあった。威厳に満ちた正門であった。位置は現在の美大正門付近であろう。この正門が何と明治村に復元されている。2年前にそこでしばらくぶりの佇まいを見て、60数年前の記憶が蘇って感激したものである。
明治村に移転復元された金沢刑務所正門 |
四高物理学教室の建物 |
階段教室 |
鶴間坂は樹木がうっそうと茂り薄暗い。現在もその風景は変わっていない。つづら折りの途中に水飲み場があった。
鶴間坂 |
遠くに浅野川の流れ、若松橋、山裾に数件の家が佇む田舎の風景そのものであった。
田んぼのあぜ道を走り回ってカエルを捕獲した記憶とともに、鶴間坂は心に残る風景なのだ。
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